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「ルルーシュ、それは僕がやるよ」 「あ、いいよ。君は座ってて」 「はい、これ使うんだよね?」 「どこに行くの?僕も一緒に行くから、ちょっと待ってて」 いそいそと動きまわっている枢木スザクは、全身からお花とハートマークをまき散らしているのでは?と、錯覚してしまうほど、幸せいっぱいな笑顔でルルーシュ、ルルーシュ、ルルーシュと、ひたすらルルーシュに纏わりついていた。 まるで飼い主に褒めて欲しくて、尻尾を振りながら纏わりついている犬にも見えてくる。 今までもルルーシュと一緒だったが、今まで以上にべったりとくっついている。傍にいるのは今までと変わらないが、何だろう、何かが違う。 クロヴィスでさえそう思って見ていたのだから、朝比奈はそれ以上に感じていただろう。ものすごく不愉快そうにスザクを睨みつけていた。仙波は、「きっとルルーシュ君は今日無理をしていて、スザク君が心配しているのだろう」と考えていた。 スザクは自分を見ている視線に気づき、その中の一人である朝比奈には、それはもういい笑顔を向けた。皆には秘密だけど、僕はルルーシュの騎士なんだ。貴方は危険だからルルーシュには近付かないでくださいね。と、無言の笑顔で牽制する。当然朝比奈は喧嘩を売られたのだと即座に気づき、眉を釣り上げた。 これは名前だけのごっこ遊び。 庶民で只の学生の親友兼幼なじみと、現役騎士の秘密の戯れ言。 それは十分解っているが、スザクは自分の中の何かが吹っ切れた気がして、今まで以上にルルーシュを構い倒していた。ルルーシュはゼロだから、その言動を疑い、騙し騙され、憎み憎まれる関係なのだと思っていたところに、この場所限定ではあるが、ルルーシュを守るための免罪符を手に入れたことで、いままで無意識に抑えていた部分が開放されたのだろう。ブリタニアの思想を教えこまれた軍人であるスザクだから、騎士である自分は主であるルーシュの言動を疑ってはいけない、ゼロだと疑ってはいけないと無意識に思っているのかもしれない。 日時計に視線を移せば、間もなく藤堂達が戻ってくる時間を指していた。 仮設の小屋は無事完成し、洞窟前に運び終え、重石も置いたので台風などの強風でも吹かない限り動く事はないだろう。後片付けも無事に終え、温泉で汗と汚れを落とし、時間は遅くなってしまったが、作業で汚れた服も全て洗濯し、干し終わっている。 5人分の服やタオル類が物干し竿に並べて干され、パタパタと風に揺れている様子を見ながら、ここは一昨日までいた場所と同じ島なのに、全くの別世界だと仙波は椅子の背もたれに体重をかけながら思っていた。 ふと香りにつられて視線を向ければ、美味しそうな匂いのする鍋がグツグツと音を立てており、そろそろ一度火から降ろした方がいいだろうと、ルルーシュはスザクに鍋の移動をお願いしていた。魚は皆がそろってから焼くというし、サラダにする野菜は今川の水で冷やされており、これも食べる時に切るという。 今日すべきことは既に終わり、藤堂が戻るまで特にやることもなく、まったりとした空気の中、仙波は手慰みにドングリやクルミの殻を剥いている。鍋をおろし終えたルルーシュは、まだ何か用事があるのか、スザクと共に洞窟へ向かって歩いていた。 「ルルーシュが気になるのかね?」 こちらも用事を終え、手慰みに竹を加工していたクロヴィスは、ナイフを置き、水の入ったカップを手に訪ねてきた。 「・・・っ、俺はそんな」 同じく、こちらも手慰みに竹を加工(と言ってもクロヴィスは食器、朝比奈は罠だが)していた朝比奈は頬を赤らめ、首を横に振った。 その反応に、ブリタニア人であるルルーシュを心配している事が恥ずかしいのだろうか、あるいは何か考え事をしている時に声をかけ得られたから慌てているのか。それとも・・・。まあ、その場合はスザクがいるから大丈夫だろう。害虫からルルーシュを守るにはうってつけの人物だ。と、クロヴィスは朝比奈よりは精神的な余裕が有るため、冷静に分析していた。 「クロヴィスさん、聞いていいだろうか」 「仙波、私を呼ぶときは、クロさんと呼んでくれたまえ」 藤堂もそう呼んでいる。 そんな事を皇族らしく堂々と胸を張って言うものだから、思わず仙波は苦笑した。属国となった日本人に対し、愛称で呼べという皇族がいるとは驚くしか無い。 日本人をイレブンと呼び迫害してきた元総督とはとても思えない。 「ではクロさん、ルルーシュ君の事なんだが」 「仙波はルルーシュの体調を、ずっと気にしてくれているのだね」 途端に、クロヴィスは嬉しそうに破顔した。キラキラと、それこそ周りに豪華は花を背負っているかのような、派手やかな印象を前面に押し出しているクロヴィスに、ブリタニア皇族はやはり普通とは違うのだと感じた。 藤堂の話では、クロヴィスにはルルーシュという名の弟がいたという。既に鬼籍に入っているその弟と、名前だけではなく髪の色も同じだったため、死んだ弟が戻ってきたような気持ちになり、偽りとはいえ兄弟として接するように命じたのだとか。ルルーシュの方も溺愛している弟がいるため、その気持ちはわからなくもないと、その命令に従っている。この平穏な環境は、その擬似兄弟がうまく作用した結果もたらされたもの。だから仙波はそこを追求することはしなかった。 「ルルーシュ君が体調を崩している話は藤堂さんからも聞いているが、やはりここは共に暮らしていた経験者にも教えてもらいたい」 「・・・あの子の体のことか。私が言える事はそう多くはないのだよ。そうだね、今のルルーシュは痛みだけではなく、暑さも寒さも感じる事の出来ない体だという事だけは、覚えていて欲しい」 「足を挫いても、何も感じないとか」 「以前、枝を腕に刺しても気づかなかったのだから、挫いた程度では何も感じないだろうね。傷つき血が流れても、あの子にはそれが解らないのだよ」 血が流れるような怪我でも、体は何も信号を発しない。 完全に何かが麻痺していることだけは、間違いないようだった。 「では、もし体の内部に深刻な症状が現れたとしたら」 「・・・解らないだろうね。痛覚マヒは体の外側だけの話ではないのだから」 「頭痛や腹痛などの症状も無いと」 「そうだね。・・・仙波、お前は一体何を考えている?」 何かに気づいたのか?と、クロヴィスは真剣な表情で尋ねた。 その必死さは、何か回復の糸口がほしいという必死な思いか、あるいは・・・。仙波は藤堂達ほどクロヴィスという存在を信用してはいなかった。そもそもクロヴィスは自分たちが倒すべき敵であるブリタニアの皇族。なにより死者という、自分たちにとっては未知の存在。実はここは死の国の入り口で、こちらを懐柔し、地の底へ引きずり込もうとしている可能性だってある。ルルーシュの体調不良も、クロヴィスが仕掛けたものだという可能性は否定しきれない。 「・・・いや、何でもない。ただ気になっていただけだ」 「昔から、年寄りは子供を過保護なまでに心配しますからね。仙波さんもいい年ですし」 朝比奈の軽口に反応し仙波が睨みつけると、朝比奈は目をそらした。 「そうか、それならばいいが。何か気になる事があるなら、教えてほしい」 「そうですな、何か解ったらその時には」 仙波はそこで話を終わらせた。 ルルーシュの事で気になる事があるようなのだが、それを口にしなかった仙波に、クロヴィスは僅かに眉を寄せた。今の会話、クロヴィスの言葉で仙波は話を打ち切ったようにも感じられる。 年寄りだから心配する。過保護だと思われた事を恥じたのか? いや、違う気がする。 気になるが、今聞くべきではないのだろう。 もし重大な内容なら、藤堂を通して伝えてくる可能性もある。 今の会話は覚えておけばいいと、クロヴィスは再び竹とナイフを手にした。 体の外も、体の中もマヒしている。 鋭い枝で傷を負っても、足を挫いても体は痛みを伝えない。 臓器に損傷があっても、身体は異常を伝える事はしない。 暑さも、寒さも感じられない異常な状態。 ゼロの手により死亡したにもかかわらず、こうして生きているかのように振る舞うクロヴィスという奇怪な存在は、皆の言うとおりルルーシュの体の異常とは別物で、本当にルルーシュを心配している、無害な死者だという前提が真実だとしよう。 ブラックリベリオンで怪我をしたことが原因だという話もまた事実ならば、この島に来る前からの症状ということになり、当然医者にかかっているだろう。記憶の混濁の話もあったのだから、当然そこで精密た検査は受けているだろう。 だから、今思い浮かんだ想像はあくまでも想像でしかない。 藤堂達が、幽霊を平然と受け入れている姿を異様に感じ、皆が盲信するならば、自分は全てを疑ったほうがいいという思いが産みだした妄想にすぎない。目にした情報、耳にした情報、そのすべてを疑う前提で生み出されたそれに、ここまで自分は想像力豊だったのかと驚き、同時に笑ってしまう。 この若さでと驚かされるほど豊富な知識と、卓越した思考、そしてリーダーとしての資質。 周りをよく見ており、皆の性格や行動力を短期間で把握し、地位も年齢も自分より上の者達に臆すること無く堂々と胸を張り、的確な指示を次々と飛ばす姿。 人を・・・我々を使うことに慣れすぎている。 細身の体と、手足の長さ。身長は僅かに低いが、それは靴でどうにでもなるだろう。なにより歩き方と表現方法、語られる言葉とその発音。 日本人では無いなら、ブリタニア人である可能性も十分ありえる。そしてブリタニア人ならば、素性は絶対に誰にも知られてはいけない。知られれば、誰もついてなど行かないだろう。その特徴がわかるものはすべて隠す必要があるだろう。 ・・・これだけ多くの共通点と、素性を、いや、自分を頑なに隠す理由。 そう、もしルルーシュという名の少年がゼロであったならば。 ブラックリベリオンで捕えられ、死んだとされたゼロならば。 藤堂はゼロの正体を知っており、だからこそ彼に従っているのではないだろうか。 もしそうだったのだとしたなら・・・。 だが、可能性はゼロだろう。 ありえない話だ。 それに、どう考えてもこのような状態で、医者にかからないはずがない。 家族も心配し、必ず検査を受けているはず。 だが、念のためにラクシャータには話をしてみよう。 これ以上考えても仕方がないと、仙波はその思考を頭から追い出し、黙々と胡桃を割った。 この拠点は平和すぎるので、適当に爆弾を投下。 (この爆弾の存在忘れそうで怖い) 未来の自分、頑張れ(小声) |