いのちのせんたく 第104話


この島が、現実ではあり得ない奇妙な島だと皆は言うが、私はそんな事こそがあり得ないと考えていた。
季節を無視した植物、ほぼ変化の無い異常な天気、僅かな時間で実る果実や野菜、逃げるそぶりも見せないカエルやウサギ。唯一入手が困難なのは魚ぐらいだというが、それらの情報の何処までが真実かはわからない。
黒の騎士団と共に行動していたセシルからもたらされた情報だ。軍人とはいえ技術者だから、どこか抜けているのだろう。騎士団の連中にからかわれていても、そうとは気づかずに鵜呑みにしている可能性だってある。
だが、もしこの島が本当に奇妙な生態系を持っているのだとすれば、それは超自然的な力でも、ましてや人外の存在が生み出した箱庭などでは無い。
そんなモノは存在しない。
では何か。
少し考えればわかることだ。
この島を使い、大がかりな研究が行われているのだ。
安定した気候のこの場所に、品種改良を施したあらゆる植物を植え、その成長を記録しているに違いない。季節、気候、土地それらに関係なく育成できる植物の研究だと私は見ている。今は安定した気候の中での実験だが、いずれ砂漠に森を作るまで成長する可能性を秘めた研究。
あの日の大雨は、この島が研究施設なら可能な現象だろう。
晴天続きだったため、この島の植物全てに水を撒いたのだ。
人工降雨機を用いて。
おそらく調整に失敗でもし、あのような惨事になってしまったのだろう。
その雨で施設の一部が破損し、飼育していた巨大ウサギが逃げたのだ。
食糧難を解決するため、生物の巨大化も研究しているのかもしれない。
そう考えれば、全ての辻褄が合う。
おそらくこの研究には、想像もできないほど膨大な資金が使われている。
これだけの財力を持つ国は少ない。
何より中華連邦にいた私と、エリア11にいたヴィレッタ。そして蓬莱島にいたという黒の騎士団を集められる力を持つ者・・・そんな人物、一人しかない。

神聖ブリタニア帝国 第98代皇帝 シャルル・ジ・ブリタニア

父上以外にこれほどの力を行使できる者はいないのだ。
ギアスを調べていくうちに、父上の直属が中華連邦にいることを突き止めた。そしてそこから、ギアス響団という研究機関の存在を知った・・・つまり、父上はギアスの研究をしていた。それも長年にわたりかなりの資金を用いて。もしかしたらこの島も、ギアスの研究の一環で作成されたものかもしれない。
私たちは、父上の研究のためにこの島へ送られたモルモットというわけだ。
そこまで解れば後は簡単だ。
こちらに気づかない場所に監視カメラも仕掛けているのだろう。それらの情報を集めている施設が必ずこの島にある。もしかしたら島の地下にあるのかもしれないが、その施設を抑える事が出来れば、ここから脱出が可能だろう。
黒の騎士団がいては足を引っ張られるだけではなく、後ろから刺される可能性が高い。だから行動を起こせなかったが、ヴィレッタと二人ならば、ようやくこの島を調べる事が出来る。
島から脱出した後、軍を連れ黒の騎士団の新たな拠点を押さえれば終わりだ。
父上の研究だと気づいているのは私一人。
何も知らないふりをし、自力で脱出すれば、父上も何もできないだろう。

・・・そう、考えていた。


森から姿を現した人物を目にするまでは。

「ああよかった、やっと着きました」

その人物は、この場所に不似合いなほど愛らしい笑顔でそう言った。

「・・・な、そ、そんな、」

その人物の事を、私は誰よりもよく知っていた。
だが、その人物はここにいるはずがない事も、誰よりもよく知っていた。
だからこそ、あまりの事態に脳は思考を放棄し、口から発せられるべき言葉さえ出てこない。今は目の前の少女をただ見つめることしか出来なかった。

「ドレスでなければ、もっと楽だったのに。動きやすい服に着替えないといけませんね」

道など無い場所を、長いドレスで歩いてきたのだ。折角の美しいドレスは枝に引っかけたのか破れていて、草の汁や土に汚れてしまっていた。
長く美しい髪も乱れてしまっている。
それでも彼女の愛らしさは損なわれることなど無く、天使のような笑顔のまま、服についてしまった汚れを手ではたき落としていた。

「・・・?お姉さま?大丈夫ですか?顔色が優れないようですが?」

ひとしきり汚れを払った後、天使の笑みを浮かべ、少女は小首を傾げた。
ああ、こんなにも可憐で美しく愛らしい少女など1人しかいない。
だが、その少女はここに存在してはいけない、いや、存在するはずがないのだた。
だからこれは夢。
この生活に疲れた体は、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
あるいは、これが白昼夢というものなのかもしれない。
たとえ夢のなかでも、愛する者と再会出来たのだ。本来であれば両手を広げて歓迎し、すぐにでもその細いく柔らかな体を抱きしめたい所だが、木々のざわめきや清流の音が、これは夢ではないと主張してくるのだ。

「・・・ユ、フィ?」

絞りだすように、その名を呼んだ。

「はい、ユフィです。お久しぶりですお姉さま」

あの日、行政特区の式典でゼロに殺されたはずの妹は、満面の笑みでそう言った。


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この展開は、バレバレでしたね。
ということで、コーネリア拠点にユフィ参戦です!


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