いのちのせんたく 第105話


目の前には、ピンクのドレスを身に纏った美しい少女が立っていた。その少女は、姿形もそうだが声も仕草も、今は亡き妹・ユーフェミアそのままだった。
今私は夢を見ているのだろうか。
黒の騎士団も、セシルもヴィレッタも、この地を離れてしまった事で気が抜けて、いつの間にか眠ってしまったのだろうか。
それともこれが白昼夢というものなのだろうか。
いや、そんな馬鹿な事あるはずがない。
これもこの島で行われている父上の研究の一環なのだろう。

薬を用いた幻覚か?
だが、目の前の人物は幻覚とはとても思えない。
それとも、ユフィそっくりに整形した父上の部下か?
クローンという考えもあるが、同じ遺伝子だからとユフィと瓜二つに成長するかは疑問がある。それに、たった1年で人間を急成長させるような技術があるなら、成長を止める技術もまた開発されているはずだが、父上が確実に年を重ねている以上そのような技術は開発されていない。
あとは、生物ではなく無機物という可能性。
つまりロボット。
いや、ギアス響団が絡んでいるとすれば、これもギアスか。
こちらの認識を狂わせるギアス。
今目の前にいる人物を、ユフィだと錯覚していると考えた方が現実的だろう。
姿形、声だけではなく、仕草も全て目の前の情報ではなく、記憶の中の情報から引き出し、こうして対象を思い通りの人物に認識させるギアスか?
そうか、だからこそ目の前のユフィはあの皇族服を着ているのだ。
彼女が死んだあの日着ていたピンクのドレスを。
・・・なんて悪趣味な。

「お姉さま?」

死者である自分を見たのだから、姉が混乱する事は解っていた。
ルルーシュとスザクでさえ、兄クロヴィスを目にした時混乱したし、その後集まってきた黒の騎士団の女性はパニックを起こしかけていた。そのぐらい衝撃的な事だから、姉も混乱するのは仕方がないが、その反応は皆と違っていた。
最初こそ驚愕の表情を浮かべていたが、今は険しい表情でこちらを睨みつけている。今まで姉がこんな表情で自分を見てきたことなど一度も無かったため、胸の内に恐怖が湧き上がってきた。

「お前は、誰だ」

警戒するようにコーネリアは言った。

「解りませんか、お姉さま。私が死んでまだ1年も経っていませんよ?」

ユーフェミアは、こんな短い間に姉が自分の存在を忘れてしまった事に驚き、悲しくなった。眉尻は下がり、笑顔も歪んでしまう。

「ほう、実は生きていた、と言うのではなく、死んでいたと?」

嘲笑するように口元に弧を描き、冷たく探るような視線を向ける姉に、ユーフェミアはますます悲しくなった。

あの日、兄に「C.C.達がお姉さまから離れるのなら、私があちらに行ってきます」と言ってあの場を離れた。
ルルーシュのところは人も増え、私がいる必要はないけれど、姉のいる場所は人が減り、ますます生活が苦しくなる。姉が、ヴィレッタが、この島での生活に適応していないことも知っていた。生きるための知識を、経験を得ようとすることも無かったから、二人だけになったら、いくら食料が無限に生まれる土地であっても安心はできない。何か問題が起きて体を壊してしまうかもしれない。怪我をするかもしれない。
何も出来ないこの体でも、緊急事態が起きればすぐに兄の元へと飛び、助けを求めるぐらいのことは出来るはずだから。そう兄に言うと「無理だけはしてはいけないよ」と笑顔で送り出してくれた。

なぜ私の手は何も触れないのだろう。
なぜ私の声は誰にも聞こえないのだろう。
なぜ私の姿は誰にも見えないのだろう。
なぜ同じ死者であるクロヴィスは、生きている者たちと全く変わらないというのに、私だけこんな希薄な存在なのだろう。
私たちにどんな違いがあるのだろう。

夜も更けた頃ならば、強引に干渉することで私を認識してもらえる事はルルーシュとのやり取りで知っていた。この方法は相手に多大な負荷がかかるから止めるようにと兄に注意されたけれど、私はそれを利用して姉を助けることも考えていた。
姉はルルーシュと違って病気ではいないから、多少干渉してもきっと大丈夫。
さて、まずは何をしようかしら?と思いを巡らせていると、突然意識がはっきりし、あれ?と思ったときにはもう、自分はこの地に足をつけていた。今まで視覚では感じる事の出来なかった色鮮やかな緑や、色とりどりの草花が眼に映り、鼻孔を通る森の香りや肌に触れる風に、あれ?私はどうしたのかしら?と首を傾げた。
空を見上げると澄み渡る青空が見え、温かな太陽の光を全身に感じた。
今立っているのは、とても小さな草原で、私の傍には木箱が置かれていた。
おそらくこの木箱は衣類が入っているのだ。ルルーシュの所で何度か見たからきっとそう。一応開けてみようとしたが、残念だが自分の力では無理だった。
意外と重くて、1人では持ち上げることもできない。
一度現れたものが消えたことは無いから、まずは姉に会いに行こうと、漂っていた時に認識した位置情報を頼りに歩き、そして姉と再会を果たした。

会いたかった。
最後に話をしたあの日、最初で最後の姉妹喧嘩をした。
それが心残りだったから、こうして会って、あの時の事を話したかった。
だが、当の姉は妹の事はもう忘れてしまっていたらしい。
兄妹が多い家族だが、母親を同じくする姉妹は自分だけ。
でも、姉にとってはそうではなかったのかもしれない。
あれだけ愛してくれていたと思ったのに。
私は姉にとって都合のいい愛玩動物だったのかもしれない。

「私は死にました。あの日、間違いなく」
「まあいいだろう、それで何用だ」

コーネリアのそっけない態度に、ユーフェミアは傷ついたような表情を浮かべた。
実は死んでいなかった、という設定ではないとは驚きだ。死んでいたより、生きていた、助かっていたという設定のほうがまだやりやすいだろうに。
何が目的かは知らないが、愛するユーフェミアの名を語り、その姿を、声を穢す偽物め。このような愚かな行為をしたこと、後悔させてやろう。
今はなき妹に瓜二つの少女をコーネリアは冷たく見つめた。



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リ家姉妹によるイチャイチャタイムは阻止しました。
(つまらないので)

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