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緑生い茂る森の中を、二人の女性が歩いていた。 耳に煩いほど聞こえる虫の音に、いつもはこんなに煩かっただろうかと眉を寄せた。緑の青々とした匂いもこんなに強いものだっただろうか。鳥のさえずりも、生き物が動くような音も、ここまで騒がしいものだっただろうか。 非現実に足を踏み入れてしまったような間隔に、戸惑いが隠せなかった。、 皇族である彼女たちは、常に完成した綺麗な道を歩いてきた。こんな道なき道を歩く事に慣れてなどいない。だから、苦労しながら先へ先へと進んでいった。 特に前を歩いている女性は、とてもではないがこの場所を歩くには不向きな服装をしていた。それはいわゆるドレスで、ピンク色の美しいドレスと白い上着は、草汁や枝の擦れなどでシミが出来始めていた。 そんな姿を、後ろの女性は複雑な心境で見つめていた。 これは今は亡き妹ではないと頭では分かっていても、その後ろ姿、声、しぐさの全てが彼女その物で、華奢なその体がこのような荒れた大地を歩く姿を目にしてしまうと、安全な場所で待っていろ、せめて私の後ろを歩けといいたくなってしまう。 彼女の存在が、今この場所を非現実のように錯覚させるのだろう。なぜなら、もう二度とその姿を見ることの叶わない相手が、手の届く場所にいるのだから。 だが、ここにいるのはユーフェミアを語る偽物。 こちらの反応を調査するために用意された別人なのだ。 その事を何度も何度も自分に言い聞かせなければ、草や枝をかき分けて進む姿、ヒールがひっかかり体をよろめかす姿に手を伸ばしてしまいそうになる。 これが皇帝の研究の一環ならば、その設定に乗るべきなのだろうとは思う。この人物をユーフェミアだと信じている姉を演じ、ユーフェミアとして扱う事をおそらく求められているのだろう。 彼女を失った事で胸の内に風穴があいたような空虚感は今もある。それを埋めるために皇帝が私のために用意した可能性は否定しないが、それは、今は亡きユーフェミアを侮辱する行為でしかない。 許してはならない事だ。 しかもギアスを用いて私の認識を誤らせているのだとすれば、尚更。 目の前の人物はもしかしたら男かもしれない。老女かもしれない。そう、全く別の存在をユーフェミアだと認識させられているのだから、これほどの侮辱を許してはならない。 そうやって、どうにか自分の意思を保っていたコーネリアに、前を歩くユーフェミアは「つきました、お姉さま!」と晴れやかな笑顔で言った。 ああ、でも、例え偽りでもこの笑顔をまた見れたのだから、全て悪いとはいえないのかもしれないと、思わず考えてしまった。 森を抜けた先には、小さな草原があった。 ぽっかりとその部分がくりぬかれたような奇妙な場所で、柔らかそうな草は生えているが、大きな石など、邪魔になりそうな物は一見しただけでは目に入らなかった。 やはり人工的な手が入っているのだろう。とコーネリアは辺りを観察した。 この場所は、C.C.やカレンたちなら何度も立ち入った場所で、時にはコーネリア達から離れ、昼寝などの休憩する場所として利用されており、その際に大きな石や邪魔な植物はあらかた避けられていたのだが、コーネリアはそれを知らなかった。 「これです、お姉さま。二人で持てばきっと運べます!」 ユーフェミアが指示した場所には木箱。 コーネリアは、目を細めそれを見た。 「これは?」 「まだ開けてませんが、私たちの服が入っているはずです」 明るい笑顔で彼女は言った。 見れば、確かに封を開けた様子は無い。 何て愚かなと、コーネリアは内心呆れていた。中を確かめていないのに、何が入っているか知っているとは、自分たちが用意しましたと言っているようなものだ。そんな愚鈍な者が、ユーフェミアを演じきれると思っているのだろうか。 誤りを指摘し、私を馬鹿にするなと怒鳴りつけたい衝動をどうにか抑え、箱を持ち上げてみる。思ったよりも重いが、二人で運べば確かに持っていけそうな重さだった。そこも、計算しているのだろう。 「開けるのは戻ってからにした方がいいだろう。では、そちらを持て」 「はい、お姉さま」 姉と再び、こうして言葉を交わせるなんて。それだけでユーフェミアはうれしそうに笑い、腰を曲げて箱を手にしようとしたので、コーネリアはすぐに止めた。 「そのような持ち方では腰を痛めてしまう。そんな事も教えられていないのか」 わざとか、あるいは本当に無知なのか。 後者なら、軍属では無い事だけは確かだった。 ユーフェミアは、コーネリアの冷たい言葉に対し、少し傷ついたような表情をした後、「ごめんなさいお姉さま、教えていただけますか」と返した。その姿は、まるでユーフェミアを叱ってしまったような後味の悪さがあり、コーネリアは思わず俯き舌打ちをした。 それが、ますますユーフェミアを悲しませった。 姉は優しく、頼りになる人だった。 心の広い、部下に慕われる人だった。 ここでの生活は、姉をここまで変えてしまったのか。 これから先は少しでもルルーシュ達のように笑いながら過ごせる場にするため、ルルーシュの真似をしてみよう。 そうすればきっと、お姉様の心に余裕が生まれるはず。 そう思い、心を奮い立たせた。 「いいか、まずは膝を曲げてしゃがみ、こう持つんだ」 「こうですね」 「そうだ、その状態で立ち上ればいい」 「よいしょっ・・・と、ああ、出来ましたお姉さま!」 腰ではなく膝を使い持ち上げただけだというのに、ユーフェミアは楽しげに笑った。そうか、重い物はこうして持たなければならないのか。そう言えば、スザクもルルーシュもこうやって持ち上げていた事を思い出した。こんな当たり前の事も出来なかった自分を恥じ、これ以上姉に呆れられないようにしようと、決意を新たにする。 「では、行くぞ」 今度は、コーネリアが先に立って歩き始めた。 ここに来るまでの間のユーフェミアは非常に危うげな様子で歩いていた。そんな彼女を、この荷物を持たせたまま先に歩かせれば、間違いなく躓き、 転倒し、この荷物の下敷きとなるだろう。 皇帝の部下である以上、少なくても黒の騎士団よりは使える駒だ。 ヴィレッタと自分だけとなったのだから、使える駒が増える事は喜ぶべきだろう。それにこの荷物を一人で運ぶのは骨が折れる。 だから、自分が前を歩くのだ。 実際にこれを両手で支えながらとなれば、先頭の者は後ろ向きに歩くか、持ち方を変えて歩くかになるが、そのどちらもこのユーフェミアには無理だから、これ以外に選択肢は無いのだと、自分にいい訳をしつづけていた。 |