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既に幾度となく通ったせいだろう、僅かな獣道が出来ており、ほんの少しだけ歩きやすくなっていた。このか細い道は、地図もないこの島で迷わずに帰るためには欠かせない目印だが、同時に危険な道でもあった。この道に気付いた招かざる客が、ここを通りやってくる可能性があるから。 がさがさと、音を立てながら森を進んでいくと、やがて開けた場所に出た。 そこは、もう何度も目にしたあのブドウ園だった。 「は~ついた~!」 カレンは嬉しそうに両腕をあげ、体を伸ばしながら言った。 深呼吸をし、甘い香りで灰を満たすとそれだけで疲れが吹き飛ぶ思いがした。 以前も思ったが、やはりこうして人の手で綺麗に整えられている場所を見ると、それだけで精神的に落ち着く。状況は何も変わっていないはずなのに、不安しかない漂流生活から、安心と安定のある自給自足生活に心が切り替わり、ようやく落ち着けるという安堵が胸を満たしていく。 初めてここを目にした千葉とセシルは、驚きのあまり目を丸くし、きょろきょろとあたりを見回していた。 竹を組んで作った棚に蔓を絡みつかせ、成長しているブドウを初めて目にした時は、自分も同じ反応をした。もちろん、ジャガイモ畑や各種野菜畑を目にしても、今までの環境との差に驚く以外のアクションは取れないのだ。 「あー、ブドウ美味しそう!私ブドウ食べたい!」 たわわに実り、棚の隙間からぶら下がっているブドウを指さしカレンは言った。艶やかで実のたくさん詰まっているブドウは、見るからに美味しそうなのだが。 「このブドウ、すっぱいのよ?」 貴方苦手じゃなかった?と尋ねると、カレンはそうだったと残念そうな顔をした。 「あー、でも、食べたい・・・」 ぶどう食べたい。ううん、果物が食べたい。 「体がビタミンを欲しているのね。あそこじゃ、殆ど口に出来なかったから・・・ねえ藤堂、少し積んでいってもいいのかしら?」 ここの管理者はルルーシュだ。 積んでいっても怒られないか、藤堂に訪ねた。 ラクシャータはまだルルーシュの性格を把握しきってはいない。だから、過去に面識もあり、昨日からここにいる藤堂に訪ねた。 「ああ、食べられる量なら構わないだろう。籠を取ってこよう」 このブドウ園に置いている道具箱から、藤堂は底の浅い籠を手にし戻ってきた。 「とりあえず、3房ぐらいでいいかしら?」 「足りなければ、後で摘めばいいだろう?残せばあれは怒るぞ?」 これだけ沢山有るから、余るぐらい摘み取ってもいいじゃないかと思うが、残すとルルーシュは怒るだろう。今は機嫌は損ねないほうがいい。 それに、ここにはすぐ来れる。 「そうね。じゃあこれだけでいいわ」 藤堂が手にした籠に3房入れていると、ようやく千葉が我に返った。 「藤堂さん、私が持ちます」 「いや、大丈夫だ。拠点もすぐそこだからな」 「そうなんですか」 言われてみれば、遠くから川のせせらぎが聞こえてくる。 あと少し歩けば、温泉に入ってご飯を食べて・・・そんな考えの中、不穏な言葉が耳についた。 「これはとてもいいブドウね、これで作ったジャムなら、おにぎりに入れてもおいしいんじゃないかしら?」 ブルーベリーは何故か不評だったのよね。でもお米がないから無理かしら?と、にっこり笑顔で言ったセシルの言葉を、藤堂は聞き間違いか?と眉を寄せ、そうか、食材が豊富という事は、それだけ彼女の料理の破壊力も増すという事かと他の全員は悟った。この笑顔、危険だ。非常に、危険だ。 「料理は、担当の者がいるから大丈夫だセシル」 頼むから、料理をしないでくれ。 私の小さな幸せを奪わないでくれ。 C.C.はそれだけは勘弁してくれと、冷や汗を流しながら言った。 「担当?でも、交代して作った方が負担は減るでしょう?」 これだけ人がいるのだから、お休みも必要でしょう? 「そいつはな、皆の体調や栄養面を考慮し、計算しながら料理を作るタイプだから、あいつの思い通りにやらせておいた方がいい」 折角これからルルーシュの美味しい料理を食べて過ごせるというのに、セシルのある意味味覚破壊兵器が混ざるなんて、断固拒否せねばとC.C.は必死の思いで言った。 「そうそう、あいつは仕切り屋だし、下手に手を出すと怒られますよ?」 カレンも当然必死だ。 「あのお弁当でも、彼が料理好きだってわかるでしょ?」 ラクシャータも援護する。 「そうなの?」 セシルは、確認のためか藤堂に視線を向けた。 「味付けやメニューなどは全て彼がやっているが、料理の下処理などの手伝いは皆でしていた」 「手伝いはしていいのね」 よかったとセシルは笑顔で言った。 何せ黒の騎士団に囲まれた場所で、理由はどうあれ共に暮らすのだ。 少しでも手を出せる所は手を出し、救援が来た時にちゃんとコーネリア達を救助してもらえる下地は作っておかなければ。ルルーシュがリーダーだから大丈夫だとは思うが、不安要素は取り除くべきだから。 「ここで立ち話をしていても仕方がない、先にするもう」 藤堂の言葉に、全員が同意を示した。 |