いのちのせんたく 第109話


洞窟には竹で作った簡易扉があり、寝ている子を起こさないようゆっくりとその扉を開き、二人は中へと足を踏み入れた。竹を組んだだけの壁では、完全に光を遮ることは出来ないため、僅かな隙間から溢れた光が洞窟内を柔らかく照らし出していた。
だが光の届かない奥は暗く、目を凝らしてもよく見えなかった。
この奥にベッドがあるのは知っているし、ここの拠点の指揮官は几帳面のきれい好きだから、ベッドまでの道に何かを放置しているとは考えられず、僅かに見える室内と記憶を頼りにベッドへと向かった。
次第に暗闇に慣れてきた目は、奥に設置されているベッドとその上の塊を認識した。
音を忍ばせ近づくと、もぞりとベッドの上の塊が動く。
それは、ルルーシュの添い寝をしていたスザクだった。
顔はまだよく解らないが、雰囲気だけで不機嫌なのはわかった。

「・・・ノックぐらいしたら?」

一応、扉があるんだから。
不機嫌その物の声にC.C.は鼻で笑った。

「なんだ?見られて困ることでもしていたか?」
「していたかもしれないだろう?」
「なら余計にノックなど出来ないな」

ルルーシュと二人で見られて困ること?あの鈍感坊やを連れ込んで何をするつもりやら。クロヴィスや藤堂とは違い、お前を信用していないんだよ私は。
ずかずかとベッドまでやってきて見下ろすC.C.をスザクは忌々しげに睨み返した。
スザクの任務はルルーシュを餌として使いC.C.をおびき寄せて捕獲すること。
今捕まえたところで突き出す場所がないから何も出来ないが、皇帝から知らされたギアスの情報が正しければ、彼女がいなければルルーシュはギアスを手にすること無くあの学園で平穏に暮らしていたはずだった。
あの幸せな箱庭を壊したのは、間違いなくギアスがあったから。
彼女こそ、諸悪の根源なのだ。
ルルーシュを悪魔にし、ユーフェミアの名を汚したその根源。
今にもその手を伸ばし、C.C.を殺しそうな雰囲気のスザクに、C.C.だけではなくラクシャータも目を眇めた。
しょせんは敵同士。
何かの拍子に均衡が崩れれば、穏やかで安定したこの拠点は殺伐とした争いの場になるだろう。命を奪い、奪われ、この奇妙な場所での野垂れ死にするのが関の山だ。
この時既にC.C.は気づいていた。
この島に出口など存在しない事に。
いや、今はまだ存在していない事に。
入口があるのだから、いずれ出口も現れるだろうが、少なくても今は何処にも無い。
C.C.にはギアスが効かない。
だからこの空間がそれに準じるものであるならば、人の身で扱えるギアスよりも強力な何かが使われたという事になる。何の目的でここに集められたかは解らないが、少なくてもいがみ合い、争い合っていればここから抜け出す事は出来ないだろう。
永遠に。

「あなたたち、いい加減にしてくれない?私は疲れてるんだけど」

にらみ合う二人に呆れたようにラクシャータは言った。
スザクは敵だから、こちらに強く当たるのは想定の範囲内。最初から仲良くなんて誰も考えてはいない。セシルの話では素直で温和で優しい子だというし、藤堂やルルーシュとのやり取りからも好青年という印象が強い。
C.C.も普段は周りに干渉せず、むやみに喧嘩を売るような真似はしないし、上から目線の傍観者じみた物言いで争いになっても、全て受け流すような人物だ。
どちらもこうして衝突するタイプではないが、今までの流れからルルーシュを巡りいがみ合っていると考えるべきだろう。どちらもルルーシュを大切に思っているが、互いに相手がそんな感情をルルーシュに向けている事自体が腹立たしいのだ。
子供か?
いや、子供だったとラクシャータは自分の考えを訂正した。
ならば、この二人の調停役にはルルーシュが相応しいだろう。
ラクシャータは「ちょっとごめんね」と言ってベッドに上がった。

「ルルーシュ、起きられるかしら?」

診察のためにも一度起きて欲しいが、これだけ言い争っていても目を覚ますことなく・・・?いや、これは違うとラクシャータは眉を寄せた。

「・・・ルルーシュは、起きてますよ。ね、ルルーシュ」

途端に甘さもにじませた声で名前を呼び、その頭を撫でた。

「・・・なんだ、全然大丈夫じゃないじゃないか」

C.C.は僅かに声を落としていった。

「大丈夫だなんて言ってないよ」

確かに、ルルーシュは起きていた。
暗く沈んだ瞳を開き、何も見えず、何も聞こえない人形の状態で。

「どのぐらいの頻度でこうなるのかしら」

こう暗くては状態を確認する事もままならない。
脈を測り、胸に耳を当て少しでも音を拾う。
聴診器が欲しい、何か代わりになる物を用意しなくては。

「疲れるような作業の翌日にはこうなる事があります。でも、最近は1時間ほどで目を覚ましてくれるので・・・ルルーシュ、ちょっと座ろうか?」

相手が返事をしないと解っていても、スザクは一言尋ねてからルルーシュの体を起こした。力が入らずぐったりとしているその体を自分にもたれかけ座らせる。
虚ろな瞳でされるがままの姿はまさに生きた人形で、ラクシャータは眉を寄せた。

「疲れる事・・・ああ、昨日は藤堂たちが来たものね」

精神的にも、肉体的にも疲労しただろう。

「明るい所で見たいわ」
「あー、でも、外には・・・」

仙波達がいるから。
スザクは眉尻を下げ、ここから出る事を渋った。
この姿をルルーシュは見られたく無いだろう。
自分が弱っている姿、特に壊れている姿を見られる事を恥じ、無理をしかねない。
無理をすれば壊れる頻度が減る分、以前のように何日も戻らない可能性が高い。
それは、避けなければ。

「じゃあ、せめてその扉の近くに移動できる?日の当たる場所で見たいんだけど?」

あの辺りなら外からは見えないだろう。
C.C.もいるのだから、目隠しになってもらえばいい。

「・・・解りました。ルルーシュ、ちょっと移動しようね」

ルルーシュの腕を自分の首に回すと、右腕だけで軽々とルルーシュを抱え上げた。
自分と身長の変わらない男を右腕に座らせ、抱きかかえるその姿は普通に考えればあり得ない姿だが、スザクはまるで小さな子供を抱えているかのように平然とその状態で歩き、開いている左手で椅子を手に取るとドアの傍に置いた。
そして手なれた動作でルルーシュを椅子に座らせる。ルルーシュは抵抗するでもなく、まさにお人形という風情でそこに座った。

「・・・あんた、重くないの?」
「え?ルルーシュがって事ですか?」
「それ以外に何があるのよ」
「ルルーシュ軽いですよ。むしろもう少し食べて筋肉つけないと・・・」
「そう言う意味じゃないわ」

天然?と言いたげにラクシャータは眉を寄せた。

「え?あ~でも、ランスロットみたいに重くないですし」

あの位重かったら困るけど、ルルーシュぐらいなら軽くないですか?

「「・・・・」」

どういう意味だと、ラクシャータとC.C.はスザクを見た

「あ、えと、以前ランスロットの足の下に部品が落ちた事があって、持ち上げた事が」
「化物か」
「化物ね。今度身体測定しましょうか。道具のスペックは把握しておかないとね」
「二人とも酷いな・・・」

しかも道具扱いされた。
スザクは納得いかないという顔をした。

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