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温泉の近くへ行くと、新しい服に身を包んだカレン達がいた。 今まで溜まり続けていた疲労が消えたわけではないが、それでも先程までの疲れきった表情から一変し、すっきりしたと晴れやかな笑みを浮かべている。手には竹の水筒があり、ごくごくと美味しそうに水を飲んでいた。楽しげに談笑していた彼女たちは、こちらに気がつくと、嬉しそうに手を振った。 「C.C.!ラクシャータさん!見て、着替えがあるの!」 「ああ、聞いているよ」 見て見て!と言ってくるカレンは赤いショートパンツにノースリーブのシャツを来ていて、以前彼女が着ていた服を思い出させるものだった。やはりカレンは黒よりもこの手の服の方がよく似合う。薄汚れた服から新しい服に着替えた事も、彼女たちの表情が明るくなった理由だろう。 彼女たちの足元に置かれた籠には洗濯物が入っていて、どうやら温泉の囲いの裏側で着ていた服を洗っていたらしい。今までとは違い、周りは男だらけだから隠れて洗うのは当然だろう。羞恥心も無くじゃぶじゃぶと人前で下着を洗濯できる神経の持ち主はC.C.ぐらいだ。 「で、あいつはどんな感じですか?」 ルルーシュの体調を知っているカレンは、小声で二人に訪ねた。 全員体調不良だという情報を共有してはいるが、どんな症状なのか詳しいところまでは説明していない。彼らが知っているのは精々感覚麻痺ぐらいだろう。だから周りに情報がもれないようにと、カレンなりに配慮したようだ。 「・・・問題ないわ、ちょっと疲れて休んでいるだけよ。さ、C.C.。私たちもお風呂に入って休みましょう」 今の壊れた状態を告げること無くラクシャータは温泉に足を向けた。 「そうだな、流石に疲れた」 CC.もまた何事もなかったかのように脱衣室に入っていく。 カレンは、そっか、大丈夫ならいいわ。と、洗い物を抱えて物干し場へ移動した。 「すまなかった、少し遅れてしまった」 診察から20分ほど経ってから、ルルーシュはスザクと共に川原に下りてきた。 顔色も良く、表情も明るい。先ほどまで壊れていたとは思えない様子に、ラクシャータは「なるほどねぇ」とルルーシュを見つめた。これは、実際にあの状況を目にしない限り体を壊しているとは誰も思わないだろう。 もしルルーシュにこの体の異常を管理ができるだけの知識があり、C.C.の協力の下隠し通す事を選んでしまえば、誰も彼の以上には気づけなかったし、今も誰一人気づいていないだろう。 「ルルーシュ、腹が減った」 C.C.は開口一番で空腹を訴えた。 心配するどころか、様子を伺う素振りもない。 どこか不安げな表情でルルーシュの傍にいるスザクとは大違いだ。 「わかっている。今仕上げるから待っていろ」 「ご飯作るの?手伝うわよ」 カレンは席を立ち、ルルーシュの傍に寄った。 「ああ、ありがとう。では、川で冷やしている野菜を持ってきてくれないか?朝比奈、カレンと一緒に行って今朝冷やした野菜を持ってきてくれ」 「解ったよ。紅月こっち」 野菜を冷やしている場所はここから少し離れているため、朝比奈は籠を手に上流を目指し、カレンもそれについていった。 「鍋を温めるから、千葉はそちらをたのむ。藤堂、すまながその鍋と飯盒をあの釜戸に移動し、火をおこしてくれ」 「心得た」 だいぶ前に一度火を入れ覚ましていた鍋と飯盒を手に藤堂が釜戸へ向かい、千葉が頬を赤らめながらその後に続いた。 「今日は魚を焼くんだろ?」 楽しげな声に振り向くと、僕は?僕は何する?と、指示を待っている子犬のような顔でスザクが待っていた。 「ああ、先日燻製にした魚を焼く。仙波」 「魚ならここに」 燻製にした事で保存しやすくなった魚は洞窟で保管されている。そこから今日必要な分だけ事前に運んでいた。 「魚は俺が焼くが、スザクと仙波は手伝ってくれ。兄さん、食器の方は?」 急きょ増えた人数分クロヴィスは食器を作り続けていた。あと数個足りなかったから、手先の器用な仙波と空いている時間で作ってもらっていた。 「心配いらないよ、ルルーシュ。ちゃんと人数分用意できている」 任せなさいと言わんばかりにクロヴィスは胸を張っていた。 その姿がどこか微笑ましく、ルルーシュはお礼と共に優しい笑みを浮かべた。 「ならば、セシルとラクシャータはカレンたちが戻り次第四人でサラダの用意をしてほしい。詳しくは朝比奈に聞いてくれ。兄さんはドレッシングをお願いします。材料は用意していますので、解らなかったら聞きに来てください」 「大丈夫、任せたまえ」 何度も作って来たから何も問題はないよと、自信満々に言うクロヴィスを見てセシルは目を丸くして驚いた。 そもそもクロヴィスがいた事だけでも心臓が止まりそうなほど驚いたのに、皇族が料理の手伝いをするなんて、これは拙いのではないかと焦ったのだ。 コーネリアのように、臣民が働かせ指示をだすのが皇族なのだから。 「殿下、ドレッシングは私が作ります。ルルーシュ君、構わないでしょう?」 セシルとしては、前述通り皇族に雑務をさせる訳にはという思いから出た言葉だが、女性陣とスザクは顔を青ざめ拒絶を示した。セシルが料理の、しかもドレッシング作り。ありえない、もし任せたら血を見ることになるだろう。 胃薬だって限りがあるのだから、ここは断固阻止せねば。 「セシル、ルルーシュがクロさんにって言ったのよ?」 ここのリーダーはルルーシュだって言ったでしょ?というラクシャータの言葉に、セシルは真剣な表情で首を振った。 「でもラクシャータ。殿下にそのような事をさせる訳には」 「いいんだよセシル。私はここに来て色々学び知った事がある。その一つがこの料理だ。私は今まで料理を口にすることしか知らずにいたが、今は作物を育て収穫する喜びと、料理をする楽しさを知っている。これは皇族という地位にいたなら一生知ることのできない事だっただろう」 「殿下・・・」 心からの楽しげな笑みを浮かべたクロヴィスに、セシルは感動していた。 料理は楽しい。 それはセシルもよく知っていた。 皇族はブリタニアの頂点に位置し、誰よりも自由に見えたが、その地位に縛られ出来ない事も多いのだと今初めて知った。 「それと、セシル。私はもう殿下ではない。死者である私にはそのような地位、意味がないのだよ。だからここでは皆のように、クロさんと呼んでくれたまえ」 「で、ですがそれは」 「私がそう望んでいるのだ。聞いてはくれないだろうか」 クロヴィスは1年前に既に命を失っている死者だった。その死者が再び肉体を得たと言うのに、彼が願うのはそんなささやかなことだった。 皇族とは思えないほどささやかな願い。 セシルは少し考えた後、笑顔で頷いた。 「解りましたクロさん。私に手伝える事がありましたら、何でも言ってくださいね」 「ありがとうセシル」 セシルの説得が無事終わり、周りがほっと胸をなでおろした時、カレンと朝比奈が色とりどりの野菜を山ほど抱えて持ってきた。今日のサラダは切って盛り付け、ドレッシングをかけるだけなので特に問題は無いだろう。指示は既に朝比奈に出している。 鍋も温めるだけだから、後はこの魚だ。 焚き火だと細かな火力調整ができないため、少しでも加減を誤れば途端に焦げてしまう。使うかまどは二つで、細い竹を割り並べて作った網の上に手際良く魚を並べていく。それぞれの火加減はスザクと仙波に任せ、焼き加減はルルーシュが確認し、火力の指示を出した。仙波とスザクは、竹を編んで作ったうちわでパタパタと風を起こし火の調整に専念した。 「・・・てっきり、こういう事は手伝えないかと思っていたが」 仙波は、パタパタと風を送りながらつぶやいた. 料理はルルーシュ担当!手は出すな!下準備など手伝うのはOK!という事前情報は得ていたから、こういう事は手伝えないと思っていた。 スザクも同じ事を考えていたのだろう、不思議そうにルルーシュを見た。役立たずだと思いこんでいるルルーシュは、絶対にここに固執すると考えていたから。 「俺も、最初は全て自分でと考えていたが、それではやはり無理が出るし、皆を待たせる事になってしまう。それに、今ここには黒の騎士団とブリタニア軍がいるのだから、少しでも一緒に作業をさせ会話をする機会を作るべきだと思わないか?」 そもそも生まれ育った国が違うし侵略した者された者の考え方は異なる。今は休戦中とはいえ、些細なことでも衝突は避けられないだろう。いくらブリタニア軍側が温和なスザクとセシル、クロヴィスでもだ。 現に今、スザクと朝比奈の関係はよくない。 ならば、少しでも互いを知り、理解し、協力し合える環境を早急に作り上げる必要があると判断した。恐らく、この中で一番問題があるのは朝比奈だ。千葉はセシルと接し続けていたから多少免疫が出来ているだろうが、朝比奈は拠点を移動して初めてブリタニア人と接している。仙波はルルーシュに対してもスザクに対しても、大人の立場から叱りつける事はあっても、朝比奈のような態度を取る確率は低いと見ている。 朝比奈とスザクの修復はひとまず後回しにし、温和なセシルと出来るだけ行動させたい。藤堂と千葉・仙波を離した状態で。ブリタニア軍人としてではなく、相手はセシルと言う名の女性なのだと認識させるために。 ナナリーが願うのは、優しい世界。 日本人だけの世界ではなく、ブリタニア人も共に生きられる世界だ。 敵であった者が手を取り合える平和な世界。 ブリタニアの破壊後、世界をナナリーの望む形に導くためには、この程度のわだかまりは即解消し導くスキルも必要だろう。 ・・・違うな。 この程度の事が出来ないなら、世界を変えることなど出来ないだろう。 やれる、やって見せる。 お前たちはさしずめ実験用のモルモット。 どうすれば効率よく人心を操れるか、しっかりと学ばせてもらおう。 ルルーシュが口元を歪め、悪人面で笑った姿に誰も気づかなかった。 *** 川原のかまどって何個設定だったか忘れた。 今日つかったのは3つ。 |