いのちのせんたく 第114話


川原に戻って来た時には、既に辺りは真っ暗闇で月灯りと藤堂が手にしているたいまつ、そして煌々と燃え上がる焚き火だけが辺りを照らしていた。焚き火は洞窟の前にも用意されており、あちらに何人か移動している事が見て解った。

「随分と遅かったな」

焚き火のそばにはルルーシュとスザク、そして仙波がいた。
仙波は藤堂の姿が見えるとすぐに立ち上がり、松明を受け取った。

「お疲れ様です」
「ああ、すまないな」

松明は仙波の手から焚き火の中へと放りこまれた。

「ルルーシュ、腹が減った」
「その前に手を洗え。そこに手水を用意している」

見ると焚き火の傍には彼女たちが持ってきた大きな鍋が置かれていた。中は水で満たされており、傍には柄杓が用意されている。小さな竹筒には石鹸代わりのサイカチ液が入っており、ルルーシュは「ほら早くしろ」と柄杓に水を満たして持ち上げた。
やれやれ面倒だなと思いながらもC.C.は筒から液を出し、手を洗い始めた。千葉もそれに習って手を洗い、冷たい水で洗い流す。
病気を防ぐためには、食事の前に手を洗うのは確かに基本だが、まさかこの環境でもそれをやるとはなと、藤堂と朝比奈も手を洗った。

「料理は冷めてしまったが、どうする?あたためるか?」

レンジのような便利な道具が無い以上、温める=焚火になるため焦げる可能性もあし、何より空腹で早く食べたいC.C.達は温めなくていいと席に着き、料理にかぶせてある竹で編まれたフードカバーをよけた。光源が少ない為料理の色などはっきりと見えないのは残念だが、美味しそうな匂いが辺りに広がり、それだけで食欲が増した。
頂きますと手を合わせて食べ始めた面々は、冷めてもおいしい料理に舌鼓を打ち、千葉は本格的な料理の数々に目を丸くした。

「この魚・・・川魚ではないようですね」
「ああ、これはアジだな。海の仕掛けで掛かったのだろう」
「海に仕掛け、ですか」

ここに来てからは魚といえば全て川魚で、主にウグイやアブラハヤ、あとはヤマメとイワナだった。稀にナマズや八つ目ウナギが捕れることもあったがそのぐらいだ。その先入観から、これも川魚だと思いこんでしまった。
こんなポピュラーな魚が判別できない=料理出来ないと思われたのでは?と千葉は赤面したが、その事に気付いたのは朝比奈だけで他は誰も気にしていなかった。暗いから、あるいは燻製にしたから分かりにくかったのだろう程度だ。

「それにしても、こんな見事な燻製を作っているとは思いませんでした」

塩抜きをしたことで若干味が落ちているというがまったく気にならないし、塩加減は絶妙で素直に美味しいと賞賛できる出来だ。
仙波の話では、保存用の燻製は他にもあり、今食べている燻製はせいぜい1週間程度の日持ちしかしないが、年単位で保存できるほどがっちりと薫製した物もあるという。
同じ境遇だったはずなのに、たった3人でそこまでやっていたというのだから、自分たちとの差を痛感させられる。

「おいルルーシュ、ワインは無いのか?」

早く用意しろとC.C.は口に沢山頬張りながら言った。

「まだ発酵が済んでいないから無い。そして口に食べ物を入れたまま喋るな!」
「なんだ、この前のは無いのか?」

説教は聞き流し、C.C.はもぐもぐと食べながら聞いた。

「お前たちが全部飲んだだろう」

何を言ってるんだとルルーシュは呆れながら言った。

「ワインって・・・何、まさかワインも作ってるとか言わないよね?」
「そのまさかだ。先日来た時に飲んだ」

酒が飲めると思ったのに残念だと言いながらC.C.は煮物に箸を伸ばした。ベーコンとダイコンとジャガイモの煮物は言うまでも無く美味で、味のしみた大根は柔らかく、しゃきしゃきとした触感にこれは何だろうと考えたが、その独特の風味で、ああ、山ニンジンかと思い至る。今までこんな山菜使った事無かっただろうに、食用かどうかの判断だけではなく、よく食べ方を知っていたなと感心する。

「おそらく明後日には完成するだろうから、その時に飲ませてやるよ。それよりも、あさつきをよけて食べるな」

サラダに入っていたあさつきをよけていると、ルルーシュの小言が始まった。

「ねぎは嫌いだ」

火が通っているならまだしも、生のネギなど苦くて辛い。

「ネギじゃない、あさつきだ。いいか、あさつきは栄養価が高く、今のお前たちに必要なマグネシウム、カリウム・リン・・・って聞けC.C.!」
「あさつきを漢字で書けばネギの文字が入っているだろう。それに栄養など私には関係ない」

浅葱はネギだと輪切りにされたそれをぽいぽいとよける。捨てたら怒られるから、正面の席に座る藤堂の皿に避けているのだから文句を言うな。

「お前、藤堂さんの皿に何入れてるんだよ!」
「いやまて朝比奈。今は苦手なものが入っているからと全て残すよりも、食べれるものだけでも口にした方がいいだろう。これは私が有難く頂こう」

こんなことで喧嘩をするなと言われてしまえば、朝比奈は黙るしかなく。「お前は話が解るな藤堂」と、C.C.はクツクツと笑った。

「せめて火を通したら食べてやらない事も無いぞ?」
「・・・解った、次はそうさせてもらおう」

ルルーシュは呆れたように息を吐いた。
食事はあっという間に終わり、洗うのは明日にしようと食器は手水用の水につけ、火の始末をして洞窟に戻った。既にカレンとセシルは休んでいるらしく、そこにいたのはラクシャータとクロヴィスだけだった。男性用の仮小屋を置いたことで狭くなったスペースには椅子やテーブルは置かれていないため、二人はござの上に座っている。

「おつかれさん」

ラクシャータは仮小屋を背にして座っていたため、C.C.はすかさずその隣に座った。何も無い所より、背もたれがあった方が楽だと考えたのだろう。

「やはり座る物は用意しないと駄目だな」

地面にござではお尻が痛いし冷えてしまう。今までここに置いていた物は下におろしてしまったから、ここ専用のを用意しなければ。

「でも、椅子を置いたら狭くなるよ?」

洞窟前は元々広かったとはいえ、仮小屋が半分以上のスペースを占拠してしまったのだ。ここで全員分の椅子となると歩くのも大変そうだと言い合いながらルルーシュ達も開いた所に座りたき火を囲む。

「椅子というより、収納兼ベンチだな。洞窟の入り口周辺と仮小屋の壁に沿って置くなら邪魔にもならない。サイズはそうだな、縦横高さは共に40cmほどあればいいだろう。それをいくつか作成し並べておけば十分だ」

座る部分が開くタイプなら、今まで作って来た竹の箱と作り方は変わらないだろう。問題は強度。座って割れるようなものでは話にならない。雨が降った時にはすべて洞窟内に回収し、積み上げればいい。収納も足りないから作らなければと思っていた所だから、丁度いいのではないだろうか。

「ベンチ・・・いや、収納ボックスと考えるなら、一人につき一つ作った方がいいだろう。自分の衣類などを保管できる場所があればプライバシーも守られる」

今のこの空間にプライバシーなど無いと言っていい。
たった一つの箱だが、その中身を自分だけの空間にできれば、それだけでいくらか問題を軽減できるのではないだろうか?ただ、この考えで行くと座る場所は自分の箱と固定化してしまうかもしれないが、それは悪い事だけではないだろう。自分の縄張りを小さいながら持つこともまた精神面にいい影響を与える可能性がある。
40cm四方の箱が問題をいくつか解消してくれるなら、作らないという選択肢は無い。

「確かに、自分専用のロッカーが出来るのは助かるわ」
「ロッカーか。なるほど、ロッカー兼椅子になる訳か。悪くは無いな」
「しかし、嵐が来た時に困らないか?それに、誰かが開ける可能性もある」
「中身が衣類程度なら女性でも運べるだろう。心配なら、寝る前には洞窟内に片付け、使うときだけ持ち出せばいい。他人が箱を開けるかどうか不安なら、今の状況でもその心配はすべきだな」

女性用の箱は洞窟内にあるが、洞窟内は夜以外出入り自由だ。
だからその時覗かれれば同じだろう。

「まあ、その辺の小難しい話しはお前に任せるから、明日にでもしてくれ。そんなことより少し話しておく事がある」

C.C.が話を中断させてそう言った。
先ほどから欠伸をしているから、用件を済ませてさっさと寝たいのだろう。

「なんだ?」
「先ほど私は海岸に居たんだが、そこで一つ確認出来たことがある。私を迎えに来た藤堂たちも確認した事象だ」

C.C.は表情を買えること無く先程の異常な光景を説明した。

113話
115話