いのちのせんたく 第119話


森の中を女二人で荷物を運ぶ、という作業に関して言えば、途中で断念した。
確かに女二人でも運べる重さとサイズではあったが、それは運べる恰好をした女二人という前提のものであって、ドレスとハイヒールの女性が運ぶ事が前提であるはずもなく、獣道すらない未開の森の中を前も碌に見えない状態で歩く事はどう考えても不可能で、ちょっとした段差や小石、木の根に足を引っ掛けては悲鳴を上げて転びかけ、何度も木箱を落としそうになった。
それだけではなく、偽りのユーフェミアは見た目通り筋力も体力がなかった。
最愛の妹であるユーフェミアは華奢で愛らしく、まさに理想の姫だったから、か弱く力がないのは当たり前だが、偽りのユーフェミアはあくまでもこの無人島での生活を円滑に進めるためのサポートとして配属された者のはずだ。
見た目を変えたのか、ギアスでそう認識させているかは解らないが、見た目はユーフェミアだが、特殊な訓練を受けている人間でなければおかしい。おかしいのだが、どう考えてもこのユーフェミアにはそんな技術があるようには見えなかった。
・・・いや、もしかしたらこれらは全て演技なのかもしれない。
よりユーフェミアらしく振舞い、何もできないという事をアピールし、こちらが彼女を無事生存させるだけの能力を有しているのか調べようとしているのだろう。
でなければ、あり得ない話しだ。
となれば、有事の際にはその能力を発揮するが、それ以外の時は一切役に立たないと考えるべきだろう。
まったく、何を考えているのやら。
そんなわけで衣類などが入った箱は途中に放置し、ヴィレッタが戻ったら偽ユフィをここに残して回収に戻ってくることにし、二人はどうにか河原へと戻って来ていた。
疲れ切った二人は、ひとまず瓦にある大きな石を椅子代わりに腰を下ろした。コーネリアは心労で、ユーフェミアは肉体的な疲労で疲れ果て、深く深く息を吐いていた。
ユーフェミアは、大事な荷物だから最後まで運ぶと意地をはっていたが、なれない道を歩いたせいで靴ずれもひどく、普通に歩くのも困難となっていた。とはいえ森の中で靴を脱ぐわけにもいかない。今はまだ靴ずれだけだからいいが、無理をして足をくじいたらどうする気だ。このまま二人で運ぶよりも、戻ってきたヴィレッタと二人で運ぶ方が早いし楽だと言われてしまえばそれ以上無理も言えず、ユーフェミアは自分の無力さに打ちのめされながら靴ずれの消毒を自ら行った。
思ったよりもひどい傷に消毒液はひどく染みた。本来なら痛みで顔を歪め小さな悲鳴を上げる所だが、ユーフェミアはその痛みに対し嬉しそうに笑っていた。
痛みがあるということは生きているということ。
感覚も何もない希薄な存在だった頃とは全く違うのだ。辛い、苦しい、痛いという感情よりも嬉しい、楽しい、私は生きているという感情が勝っていた。死者であることに変わりはないが、体を包む感覚は生者のそれだった。
だがそんな死者の心情を知らないコーネリアはユーフェミアを不愉快そうに見てはいたが、声をかけることはなかった。
怪訝な表情を浮かべる姉を見て、上手くいかないものだと、思わず息が零れた。
それから数刻過ぎてもヴィレッタは戻ってこなかった。
まだ日は暮れないが空腹を感じ始め、さてどうするかと考えていたら、小さな悲鳴が聞こえた。当然、偽りのユーフェミアだ。

「お、お姉さま!へ、蛇です!蛇がいます!」

少し興奮したような、そして恐怖を感じているような声に目を向けると、確かに彼女が指さす方向に蛇がいた。3mはありそうな蛇だ。普段は河原に近づく蛇は黒の騎士団の連中やヴィレッタがさっさと捕獲してしまうため、こうしてうねうねと蠢く姿を目にする事はほぼ無かった。
相変わらず気色の悪い生き物だと目を眇める。
これを口にしなければいけないという屈辱にいつまでも甘んじているつもりはない。
ああ、だがこの馬鹿げた研究を行った連中にも必ず食べさせねばな。と考えている間に、ユーフェミアは蛇に近づいて行った。恐る恐るという言葉が当てはまる動きだった。靴ずれの痛みと、石だらけの河原という事もあり流石にヒールは脱いでいて、今彼女は裸足だ。

「へ、蛇、大きいですね・・・きゃっ!」

威嚇してくる蛇に驚き、半歩下がる。
一体こんな演技をして何になるのか呆れていると、ユーフェミアは辺りを見回した後、薪用の枝を集め置いている場所に小走りで移動した。そしてそこにしゃがみこむと何やら探し始めた。

「ありました!」

嬉しそうに言った彼女の手には何の変哲もない枝が握られていた。
強いて言うなら頑丈そうな長めの枝。その先端は二股に分かれていて、彼女はその二股部分を何故か短く折ってしまった。だがそれを見て本人は「これでいいはずです!」と何故か自信満々の顔だった。
それを手に、再び蛇の前に移動すると、彼女はそれを蛇に突き出した。
攻撃されたと判断した蛇は更に威嚇を強め、彼女はそれにおびえ体を縮めた。
一体何がしたいのか解らないが、裸足と素手で野生の蛇に攻撃を仕掛けて、噛まれたらどうする気なのだ、このような無謀な行動に対しどのように対処するのかも見ているのか?とコーネリアは呆れながら近づいた時にはすでに遅かった。


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