|
「きゃっ、お、お姉さま、つ、捕まえました!」 コーネリアが止める間もなく、ユーフェミアは木の枝を蛇に突き出していた。 妹の慌てた声に反応し、思わず駆け寄り見てみれば、彼女の持つ長い枝はその先が二股に分かれており、その二股の間に蛇の頭が収まっていた。このためにわざわざこの枝を選んだのは明白だった。地面と枝に頭を挟まれた蛇は、逃げる術も反撃する術も封じられ、体をバタバタとうねらせ暴れている。 先程の彼女の言葉からも、蛇を押さえつけるためにこの枝を選んだことがわかる。 ただの棒ではなく二股を選ぶなどユーフェミアが思いつくはずもない。 やはり偽者だと、コーネリアは目を細めた。 か弱いユーフェミアを演じていはいるがどうだ、逃げようともがく蛇に驚き小さな悲鳴は上げても、枝を抑える手を緩めないではないか。あの子はこんなことできはしない。 可哀想だから逃してあげてと言うのがユーフェミアだ。 「きゃっ!え、ええと、ど、どうしましょう」 この島での生活をサポートするために来たのだから、蛇の捕獲ぐらい慣れているのだろうに。とはいえ、まるで初めて捕獲したような演技はなかなかのものだ。 しかし、この後はどうするつもりなのだろう。 一向に次に進まないユーフェミアに焦れてコーネリアは声をかけた。 「どうするつもりなんだ一体」 枝で追い払うのではなく押さえつけて何がしたい。 そう思い聞けば、ユーフェミアは驚きの顔を向けてきた。 「捕まえるに決まっています」 「捕まえる、だと?」 やはりこの娘はユーフェミアではない。 あの子は蛇を捕獲しようと思わない子だ。 「この島でタンパク質は貴重なのだと言ってました。だからここでは蛇もカエルも貴重な食べ物なんです。お姉さまたちは鶏を飼育していませんから、蛇や蛙、魚を捕まえ食べないと死んでしまいます」 蛇や蛙を食べるという発想は、ユーフェミアには無かった。 いや、そんな考えブリタニア皇族にあるはずがないのだ。 今は異常事態だから受け入れているが、本来あってはならない状況なのだ。 皇族が、蛇やカエル、野生の植物を口にするなど。 あの子がこの光景を見れば、命を奪うのは可哀そうだと、逃がしてあげられないのかと言ってくるだろう。確かに人は命を奪いそれを糧として生きているが、ユーフェミアはその事を本当の意味では理解していなかったし、理解させるつもりもなかった。 命を奪うのは庶民の役目であって、我々皇族が手を汚す必要など無いからだ。だから裏で多くの命が失われていることなど、ユーフェミアが知る必要はなかったし、そして知らないままあの子は命を失ったのだ。 「お前は蛇を食べるのか」 「私は食べた事はありません。ですが、これからは口にしなければなりません」 うねうねと動く蛇に若干尻込みしながらもユーフェミアは言った。 中途半端な演技などやめればいいものをと、コーネリアは呆れて息を吐いた。 サポート役なら完璧にそれをこなせ、ユーフェミアを演じるなら完璧に演じてみせろ。 そうは思っても、やはり姿も声も今は亡き妹そのものだから強く言うことが出来ない。 そうしている間にも、蛇は拘束から逃れようとその身をうねらせていた。ヴィレッタたちの手で肉となったものを目にしていたが、生きた姿を改めて見るとやはり気味の悪い生き物だとコーネリアは目を眇めた。この生き物にも愛好家がいるというが、その感覚は理解しがたい。 そんな事を考えている間にユーフェミアは次の行動を起こしていた。 抑える枝を片手に持ち、その場にしゃがみ、もう片手を恐る恐る蛇に向けたのだ。 蛇の暴れるため、びっくりしては手を引くという事を何度かしているが、それでも尚諦めることなく手を伸ばしている。 危なっかしいその姿に、心臓が早鐘を打つ。 今すぐ彼女の手から枝を奪い、お前は安全な場所で見ていろと言いたくなる。 だが、それこそが観察者の思惑通りの行動なのだ。 お前たちの思い通りになるものか。動揺を悟らせまいと、コーネリアは平静を装った。 「どうする気だ?」 「あ、頭はもう押えたのでこれで、き、危険ではありません。へ、蛇は、牙が、危険なのです。ですから、きゃっ、・・・、頭を、押えて掴めば、捕獲できます」 蛇を素手で捕まえるなど、ユーフェミアならやらない。 駄目だな、あの子を知らなすぎる。 どれほど似ていようと、あの子が絶対にしない行動、言わない発言をするから、偽者だとすぐに分かってしまう。三流役者だなと鼻で笑った。 これがユーフェミアなら、二人で生き残るために蛇も捕獲しただろうが、この娘のためにそこまでしてやる理由はない。・・・が、全ての情報を吐かせるまで傍に置いておくべきだろう。 コーネリアはナイフを取り出すと、ユーフェミアの傍にしゃがみ、迷うことなく蛇の頭を切断した。 あっさりと行われた光景に、ユーフェミアは小さな悲鳴を上げた。 あっさりと、今目の前で命が奪われた。 幽霊の状態で見ていた事と実際に自分が体験するということは、似ているようで大きくかけ離れていたのだと、嫌が負うでも理解した。 切断した面から流れる赤い血に、目が回る。 吐き気がする。 ああ、今目の前で命が一つ失われたのだ。 そのつもりで捕まえはしたが、こんなにあっさりと命が消えるなんて。 地面を染めた赤い血は、やがて生前の記憶を呼び起こした。 頭に響くのは無数の悲鳴。 冷酷な兵器の奏でる音は、その数だけ命を奪っていった。 何の罪も無い者の命が、引き金を引くというただそれだけの行為で失われていった。 あの日起きた惨劇。 あの日起きた地獄の宴。 嬉々として笑いながら人を殺した私という悪魔。 「・・・どうした?」 頭を無くした蛇は未だ蠢いているが、すぐに動きを止めるだろう。 これで噛まれる危険性はなくなったと安堵の息を吐き立ち上がったコーネリアは、茫然と息絶えた蛇を見つめるユーフェミアを怪訝そうに見つめた。 顔面蒼白で、体が小刻みに震えている。 目の前で失った命に怯える姿。 それは妹そのものの姿だった。 今まで違和感しか無かったユーフェミアの行動。 だがここで初めてここにいる”誰か”が本物の妹のように見えた。 |