いのちのせんたく 第122話


「生水を飲んだら腹を下す、という話を今まで一度も聞いた事は無かったのか?」
「水は水だろ!!」

水は普通飲めるものだ!!と口だけは元気な男が返してくる。確かに水は水だ。だが、普通に考えても水道水と川の水は別物だと解るはずだろう。
ああ、だが解らなかったから大の大人が三人そろって生水を飲んで腹を壊し、死にかけるなんて間の抜けた状況になるのかと思わずため息をついた。戦争が行われた当時まだ幼かったというなら解らなくはない。
今の子供たちはまともな教育を受けられないから、仕方がないと同情しただろう。
だが、彼らは違った。

「だが、ゲットーの水は主に雨水だったはずだ。それもそのまま飲んでいたのか?」

上下水道が完備された租界ではなく、戦争後碌な整備がされていないゲットーのさらに奥地にいたのだから、生活用水は主に雨水タンクで蓄えられた水。飲用にする時は煮沸していたはずだ。

「雨水と川の水は違うだろ馬鹿かお前」
「水道水と川の水も違うだろう。消毒のされていない自然の水を口にすると言う事は、微生物だけじゃない、病原菌もそのまま口にするという事だ。今回は腹下し程度で済んだからいいが、赤痢だったら死んでいたぞ」

今も相当苦しいだろうが、赤痢はそんなものでは済まない。
死という単語を耳にした事で、口だけ煩い男も流石に口を閉ざした。
大体だ、日本の水道水は塩素で消毒され、蛇口から出た水を直接口にしても大丈夫ではあるが、それはあくまでも日本の話であって、他国では蛇口から出た水でも口にすれば同様に腹を下すし、場合によっては死に至る。
とある国では水道水を直接口にした結果、そこで生息していた生物が体内に入り、成長したものが気管支に生息していたという逸話もある。それは極論としても、ちゃんと消毒された水ではない以上、煮沸しなければ人体に悪影響を及ぼす微生物が含まれていると考えなければならない。
例外として、湧水や井戸水は生水のまま飲める場所もあるが、そのような場所は必ず細菌検査などを行って管理されており、検査の結果飲用不可と判断される事も当然ある。だから、安全かどうか確認できない現状では、例え湧水を見つけても煮沸して飲むべきなのだ。

「だってよぉ、昔アニメとかで、川の水飲んでるの見たし」
「アニメと現実を一緒にするな」
「なんだよ、俺が悪いってのか!?」
「いい悪いの話じゃない。そうやって自分は悪くないと声高に言って何になる?命にかかわる事だと解っているのか?二度と生水を飲むなんて馬鹿な事はしないと反省したらどうだ」

そうれはそうかもしれないけどよぉ・・・と、なおも言ってくるが、幼いころにで美味しそうに川の水を飲んでいるシーンが印象強く残ってしまい、川の水=飲めると勘違いしていたことは反省したらしい。
ようやく騒がしい男が静かになったと思ったら、今まで洞窟の天井をじっと見つめていた男がポツリとつぶやいた。

「・・・俺たちを殺すつもりで何も言わなかったんだ」

生水を飲めばどうなるか知っていたのに教えなかったのはそう言う事だ。

「物騒な事をいうな」

むしろ生水を飲んで大丈夫だと思っていた事に驚かされた。
もしそんな事を彼らに言えば、今まで常に湯ざましを口にしていた事の意味に、どうして気付かなかったと言われて終わるだろう。

「自分たちで手を汚さず、俺たちを殺すつもりだったんだ。だから簡単にナイフや道具を置いて行けたんだ・・・ブリタニアと手を組んだって事は、そういう事だろう!そうか、この島に来たのだってブリタニアとお前たちが仕組んだ事だな!」

衰弱と腹痛で碌に動けない男は、こちらを呪い殺さんばかりの目でにらみつけてきた。助けてもらっておきながら、この態度。
看病をしているのは俺で、看病されているのが自分たちだと理解していれば、少なくても回復するまでは大人しくしているものだが・・・今ここで見捨てる手もあることを解っているのだろうか。

「おいおい落ちつけよ扇」

ここまで親身に世話を焼いてる相手に言う事じゃないだろうと慌てて呼びかければ、ぎろりと睨まれる。腹を壊してのたうちまわり、げっそりとやつれてしまった扇の顔は、洒落にならないぐらい怖くて、玉城は思わず息をのんだ。

「落ち着いていられるか。こいつらは俺たちを裏切って、こうして俺たちを誘拐して野垂れ死にさせるのが目的なんだぞ!」

あまりの内容に我が耳を疑った。

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