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「何度も言うが、俺達はここで生きる術を教えはするが、それ以上の事をするつもりはない。食料も水も自分たちで手に入れるんだ」 呆れるほど何度も繰り返されるやり取りに、苛立ちを抑えるのも難しくなってきた。情けない男たちを前にして、よく今まで我慢したと自分を褒めてやりたい。 「そんなことを言わずに、協力してくれないか。得手不得手があるのは人間仕方のないことだと俺は思う。だからこそ協力し、足りない部分を補い合うべきじゃないか?」 思った以上に口の上手い男は、さも当然のように訴えてきた。 「その考えには同意する。たしかに、人には得手不得手がある。だから、協力し合うのも当然のことだ」 同意を示すと、わかってくれたか!と言わんばかりの笑みを向けてきたが、互いに考える得手不得手には大きな隔たりがある。 「何度も挑戦し、出来るようになろうと努力し、自分なりの工夫もし、それでもどうしても出来ないならば、それは確かに苦手な事だろう。それならば我々も手伝おうという気持ちもわくが、お前たちはここで一体どんな努力と工夫をしていた?」 ぎくりと顔をこわばらせたのは、努力どころか協力もせず、ただ足を引っ張っていた事を思い出したからだろう。ここで素直に謝るなら良し。藤堂たちに置いて行かれた不安と、三人共に腹を壊し、医者もいないこの場所で死ぬかもしれない恐怖に震えたことで、自分たちの行いを反省し、頭を下げて教えを請うと言うなら、過去の行いは水に流し、こちらも一から教えることもやぶさかではなかったのだが。 「俺たちも努力はした。だが、こんなおかしな場所に突然放り出されたら、普段通りの行動なんて出来るものじゃない。君たちは軍でこういう状況下での訓練も受けていたから、戸惑うこともなく行動できるかもしれないが・・・」 残念ながら扇が口にしたのは言い訳だった。 あれが努力した姿だなんてよく言えたものだ。 呆れるほど饒舌に話し始めた扇を止めたのは永田だった。 「何言ってるんだ。何もしないで文句ばかり言いながら、川原でダラダラと寝転がってたのを見てたぞ。俺達が幽霊だってことを忘れるなよ、扇」 幽霊という言葉に、扇はたじろいだ。 目の前にいる二人は、死んだはずの人間だ。 いや、死んだ人間を、仲間の名前を語っている敵。 死んだ仲間の姿を奪い、思い出を踏みにじっていく悪魔だ。 おそらくこの場では幽霊という設定で通し、無事戻ったときは奇跡が起きて生き返ったとでも言うのだろう。そうやって黒の騎士団の懐深くまで入ってくるつもりなのだ。 あっさりと騙された玉城のように、こんなバカげた話でも信じるものはいる。 そうやって、内部から黒の騎士団を潰す。 ブリタニアがやりそうなことだ。 だから、すべてを知る俺は生き残らなければならない。 こいつらに騙されたふりをしながら生き延び、蓬莱島に戻らなければならない。そのとき初めてこいつらの化けの皮をはぐことが出来る。今反発し、偽者だと騒げば俺達は殺され、俺達の偽者が黒の騎士団を乗っ取るだろう。 日本の、世界のためにも俺は生き残り、真実を皆に教えなければ。 こいつらの思い通りになどさせてたまるか。 「扇、聞いているのか?」 永田の声にハッとなった。 怒りのあまり、思わず考え込んでしまったらしい。 「すまない、まだ具合が悪くて・・・」 「・・・まあ、たしかにお前は病み上がりだな。でもな、扇。ここは具合が悪いからって何もしないで寝ていていい環境じゃないだろ?具合が悪くても、生きるためには動かなきゃいけない場所だろ?」 「まぁ、そうかもしれないが・・・死にかけたんだから仕方がないと思わないか?」 ちょっと具合が悪いのではなく、動けないほどの状態だったんだぞ。と言っても、永田は呆れたように眉を寄せ、卜部は大きな息を吐くだけだった。実際に苦しんでいない二人には、あれがどれほどの辛く苦しいものだったのかわからないし、今もどれだけ弱っているかわからないのだろう。 「扇、俺も卜部さんもいつまでこうしていられるかわからない。はっきり言うが、外部からの助けは無理だろう。ここは恐らくそういう場所なんだ。だから、俺達が会話できるうちに、自分たちだけで生き抜く方法を身につけるんだ」 どうして自分たちが今ここにいるかはわからない。 突然ここに居たのだから突然消える可能性もある。 だから、こちらに甘えて頼り切るのではなく、本気で生きる術を身につけて欲しい。そんな思いから言った言葉だが、相手には一切伝わらず、優しさも労りも感じられない永田の言葉に、扇はイラついていた。 |