いのちのせんたく 第129話


ぱちぱちと薪が爆ぜる音を聞きながら揺らめく炎を見つめていた。
温泉に浸かり、誰が用意したかは解らないが真新しい服に袖を通し、味はともかく夕食を済ませ、人心地着いた今、久しぶりにのんびりとした気持ちになっていた。
文明など欠片もない島にいることに変わりはない。
助けが来るわけでもない。
だが、どこか気が抜けたように感じていた。
敵である黒の騎士団がいなくなり、警戒する必要が無いからだろうか?
いや、敵が全くいないわけではない。
我々がここにいる原因の1人でもある彼女。
今は亡きユーフェミアそっくりに化けた、恐らくは皇帝の部下がいる。
あまりにも似ているためユーフェミアとダブって見えることがあるが、初戦は偽者、紛い物にすぎない。扱いづらく忌々しい相手だが、こちらに危害を加える事はないだろう。
だが、ここの島に我々を閉じ込め謀っているという意味では間違いなく敵だ。
ここがブリタニア、あるいはエリア11であったなら、何も気づいていないふりをし即刻取り押さえ、その化けの皮をはぎ、ユーフェミアの墓前で土下座をさせるものを。
今はこの奇妙な場所を知る者を切る訳にはいかない。
忌々しい話だなと考えた時、ふと忘れていたことを思い出した。
こんなことも忘れるとは、呆けすぎていると自分を叱咤する。

「ヴィレッタ。報告をまだ聞いていなかったな」

この招かざる客が来たことで、報告を聞くタイミングを逃していた。
ここを監視していた1人だから、こちらの行動も把握しているはず。
ならば堂々と報告を聞き、その流れで情報を引き出す方がいいだろう。

「はっ、そのことですがコーネリア様。大変なことが判明しました」

疲れからか、どこか気の抜けた表情で炎を見つめていたヴィレッタは、コーネリアの呼びかけで我に返り、表情を軍人のものに改め居住まいを正した。

「3時間ほど進んだ森のなかで、藤堂があの者たちを待っていました」
「なに、藤堂だと?黒の騎士団が他にもいるというのか?」

自分たちだけではなく、敵が、それも男がこの島にいる。
藤堂1人だけとは限らない。いくら腕に覚えがあっても、多勢に無勢しかも男相手では明らかに不利。この拠点を知り尽くしているのだから、いつ襲われてもおかしくはない。そんな中にセシルは行ったのか。残念だが、無事ではすまないだろう。
今までののんびりとした空気が一瞬で張り詰めた。

「黒の騎士団がいるということは、まさかここは蓬莱島なのか?」

だがそれだと、今まで共にいた彼女たちの行動がおかしすぎる。
蓬莱島は人工の島だ。植林し、自然を再現することは可能だが、1年やそこらでこれほどの自然を生み出すことは不可能だろう。何よりもこれだけの技術を中華連邦や黒の騎士団が持っているとは思えない。派遣されてきたのもブリタニア人だ。ブリタニアの研究施設のはずだ。

「お姉さま、それは違います。ここは蓬莱島ではありません」

当然のことのように答えたのはユーフェミアだった。
そうだ、このユーフェミアは研究者側の人間。
この島のこと、そして自分たちが置かれた環境を誰よりも知っている人物だ。

「では、この島はどこにある何という名前の島だ?」

思わずきつい口調で尋ねると、ユーフェミアはそれまでの笑顔を曇らせ、悲しげな顔でうつむき答えた。

「ごめんなさい、それはわからないんです。私達も気がついたらここにいて、お姉様たちがこの島にいること、お姉さまたちが知り得た情報を知ることは出来ましたが、それ以上のことは何も・・・」
「随分と都合の良い話だな。自らを幽霊だというのなら、我々が知り得ないような情報を知っていても良さそうなものだが?」

我ながら意地悪だなと思う。
ユーフェミアの顔で悲しまれると、罪悪感で胸が締め付けられる。
それと同時に、ユーフェミアを汚され続けていることに怒りを覚えた。
なぜユーフェミアを選んだのか、その選択をしたものを私は許さないだろう。

「私にもよくわかりません。ですが、恐らくこの島は人の世界でも死者の世界でもないだろうと、クロヴィスお兄様が言っていました」
「クロヴィス、だと?」

ユーフェミアより先に、ゼロの手で殺害された異母弟の名前に、コーネリアは眉を寄せた。ああ、そうだ。私は弟と妹をゼロに殺されたのだ。ゼロへの憎しみで頭に血が上りそうになったが、深呼吸をし、何事もなかったかのように尋ねた。

「まるでクロヴィスも、この島にいるような口ぶりだな」

ユーフェミアはハッとなり両手で口を抑えた。
白々しい演技だなと呆れてしまう。
このユーフェミアの言動は、用意されている偽りのクロヴィスが我々の前に現れるための伏線なのだろう。

「・・・まあいい。では、藤堂がいたことは知っていたのか?」
「・・・それは・・・」

明らかに目が泳ぎ、動揺している。
イエス、と言っているようなものだ。
ユーフェミアは聡明な娘だった。
それなのに、これほどまでに馬鹿な素振りを何故させるのか。
確かに表に出ている期間は短かく情報は少なかっただろうが、ひどすぎる。

「藤堂以外にもいるのか?ならば、ここは黒の騎士団に関係のある土地か?」
「えっと、その、黒の騎士団は関係ないです、が、お姉さま達以外にも同じようにこの島に飛ばされてきた人たちがコミュニティを作り生活しています」

この姉には全て見抜かれている。
だから差し障りのない内容を話すことにした。

「黒の騎士団のコミュニテイがあるのなら、ブリタニアのものもあると考えていいのか?」

コーネリアの問に、ユーフェミアは再び言葉をつまらせた。

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