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「君が枢木だね。ルルーシュが世話になっている」 朝の散策をしていたスザクの目の前に、いるはずのない人物が立っていた。 今寝ぼけているわけでもなく、白昼夢でも幻覚でもないとしたら、何なのだろうと、スザクは目を擦りながらその人物を見つめた。 神聖ブリタニア帝国第三皇子 クロヴィス・ラ・ブリタニア。 自分の記憶がルルーシュのように書き換えられたのでなければ、クロヴィスはシンジュク事変の際、ルルーシュに頭を拳銃で撃ち抜かれ、死んだはずである。 「クロヴィス、殿下?」 「うむ、名誉でありながら父上の騎士になったそうだね。やり方は褒められたものではないが、ブリタニアは弱肉強食の国、致し方ないだろう。何より、ルルーシュが枢木の裏切りをすでに許しているようだから、当事者ではない私は怒ることもできない。そのことが少しだけ残念だよ」 にこやかに話すその内容に、スザクはやはり夢かと納得し、肩の力が抜けた。 ルルーシュが最も憎み嫌う皇帝へ彼を売ったのだ。記憶が戻っているのであれば、彼は自分を決して許すことはないだろう。 ならばこれは自分が見る都合のいい夢。あれだけの事をしておきながら、許されたいと願っている自分の浅ましさに笑いがこみあげてくる。 思わず自嘲した僕に、クロヴィスは悲しげに眉根を寄せた。 「君たちが置かれている状況は理解はしているよ。ルルーシュはゼロとしてブリタニアと敵対し、父上の力で記憶を書き換えられ、ブリタニアの軍師として望まない戦場に立った事もある。そして、人生の殆どを作り変えられたのが、今だね」 「・・・はい。その通りです」 これが夢なら、僕は何故こんな夢を見るのだろうか。 罪悪感?だけど彼はそれだけの罪を犯したのだから、当然の報いだ。 たとえあの時ユフィの手を取っていたとしても、ギアスなどという卑劣な力を手にし、犯した罪に変わりはない。 真実がどうであれ、死んだユフィは戻ってこないのだから。 「君の心境も色々複雑だろうけどね、この島にいる間は友人で居るのだろう?なら、そのような顔をすべきではないな」 「え?」 「ルルーシュが憎くて憎くて仕方がない、という顔をしているよ」 その指摘に、僕は思わず自分の顔を両手で触った。全然意識していなかった。もしかして自分は常にそういう表情で居るのだろうか?ルルーシュの前でも?そんな僕の様子をクロヴィスは苦笑しながら見つめていた。 夢なら夢でもいい、この現状を知るヒントが手に入るかもしれない。僕は開き直ると、表情を改め、この夢が覚めるまでの間クロヴィスと話をすることにした。 「クロヴィス殿下は、この島のことをご存知なのですか?」 「いや、それが良くはわからないのだよ。私はルルーシュに殺され、その後、Cの世界と呼ばれる場所で漂いながら、世界で起きていることを感じていた」 「感じて?」 「見ている、聞いていると言うよりも、感じているが一番近い。だからルルーシュや枢木がどんな状況かは、ある程度わかっているつもりだ。だが、この島が何なのか、そして私が何故ここにいるか、となると全くわからないね」 「そのあたりのことは、感じられなかったんですか?」 「残念ながらね。先ほどまでは、この奇妙な島にいる者たちを感じることは出来たが、今はそれも出来ない。どうやら今の私はこの島で、生きている状態となったようだ」 「生きている・・・んですか?」 「見ての通り肉体があるからね。久々の感覚だよ、自分の体を持ち、地面に立つというのは良いものだね」 にこやかに笑いながら、足を地面にカツカツと当てていた。 奇妙な夢だ。本当に奇妙な。 やはりこの状況に混乱していたのだろう、あるいは夢だと思って油断していたのだろうか。後ろに近づいてきた気配に、声をかけられるまで全く気が付かなかった。 「スザク、こんなところに居たのか。悪いがちょっと・・・」 僕を探していたルルーシュが、僕とクロヴィスを見て、完全にフリーズした。 「大丈夫?はい、水」 「あ、ああ。ありが、とうスザク」 完全に思考が止まったルルーシュをどうにか支えながら、河原へともどり、普段使っている河原用釜戸の近くに設置している、椅子代わりの大きな石にルルーシュを座らせると、朝食用に持ってきていたのであろう、水の入った竹の水筒をルルーシュに差し出した。のろのろとした動作で、ルルーシュはその水筒を受け取ると、促されるまま一口水を飲んだ。 その顔色は蒼白で、死んでいるはずのクロヴィスよりも、硬直した表情と血の気のないルルーシュのほうが死人に見えた。ルルーシュの目の前には、同じように石に腰掛けたクロヴィスがいて、優しく穏やかな表情でルルーシュを見ている。 夢だ、幻覚だとスザクは思っていたが、本当にクロヴィスが目の前に居る事は、ようやく理解できた、と思う。この島は奇妙な場所だ。だからこのような不可解な現象も起きるのかもしれない。と、考えることにした。あり得ないと声を大にして言いたいところだが、これが現実なのはルルーシュの反応で痛いほどわかってしまったのだ。 他の人間がパニックになると、反対に冷静になるというが、本当だな。 今の僕は自分でも驚くほど冷静だった。 「大丈夫かい、ルルーシュ。ずいぶんと驚かせてしまったね」 「・・・大丈夫、です。ご心配を、お掛けして、しまい、申し訳、ありません」 明らかに動揺している体で、それでもどうにか返事を返していた。 イレギュラーに弱いルルーシュは、まだ立ち直るのに時間がかかるのかもしれない。 「いや、謝るのは私の方だ。いきなり死者に会えばだれでも驚くものだからね」 「死者・・・」 「クロヴィス殿下は、ご自身がゼロの手で既に鬼籍に入られていることを理解しておられる」 「死者と言っても、今はどうやら生きているようだから、私が死んだことは、今は気にしないでもらえるかな」 「生き・・・て」 未だにフリーズから完全に回復していないルルーシュは、クロヴィスの発した言葉を追うのが精一杯のようだった。 そんな様子のルルーシュに、困った子だといいたげな表情でクロヴィスは立ち上がると、ルルーシュへ近づくき、そのわずかに震えている痩身を優しく抱きしめた。 「・・・!」 ルルーシュがビクリと体を震わせ、声にならない悲鳴を上げた。 いや、うん。その気持ち、ものすごくよく分かる。 「こんなに痩せてしまって。苦労したんだねルルーシュ。君のこともCの世界で知ってはいたが、実際に見るのとはぜんぜん違うものだね。私は皇族ではあったが、それは既に過去の話だ。枢木も私が皇族だと遠慮する必要はない。もっと楽にしたまえ」 「・・・それでは申し訳ありませんが、ルルーシュから一度離れていただけますか?」 ルルーシュを抱きしめるクロヴィスを見て、僕はもう、いろいろな意味で限界だった。さすがにこれ以上は本当にルルーシュが死んでしまうかも知れない。ようやく立ち直りかけていたルルーシュは、再び完全にフリーズしてしまった。 プルプルと、怯える小動物のように震えているルルーシュに抱きついているクロヴィスを、僕は後ろからベリっと引き離し、遠慮はいらないというので、お言葉に甘えてクロヴィスをポイと横に退け、ルルーシュの正面に移動すると、その蒼白になった顔を両手で包むようにして、定まっていなかった視線を僕へ向けさせた。 「ルルーシュ、ルルーシュ、大丈夫?僕が分る?」 もともと体温は僕よりも低いが、いつも以上に体温が低くなっていて、冷たく、顔色も血の気がなく、死人のように真っ白だ。 僕を認識したのだろう、ようやくその瞳が焦点を結び、僕の瞳を見つめてきた。 「・・・すざ、く」 「うん、大丈夫だよ。安心して、僕はここにいるから。少し落ち着こうか?」 安心させるように微笑みかけた後、ぎゅっとルルーシュの体を抱きしめ、その背中をポンポンと叩くと、いつもでは有り得ない程素直に僕へと体を預け、震える手で僕の服を掴んできた。その姿に思わず頬が緩む。 その体から次第に震えが収まり、体の硬直が少しづつ解けていく。僕の体温で少しは温まってくれればいいのだが。それでなくても体を壊しているのに、こんな状態になって大丈夫なのだろうか? 「そこまで怖がらなくてもいいじゃないか、ルルーシュぅ・・・」 弟に怯えられたという事実をようやく受け入れたのか、悲しそうな顔でクロヴィスがこちらを伺っていた。 その声に反応して、またルルーシュの体がビクリと大きく震えた。 「殿下」 「殿下はよしてくれ枢木、ユフィは愛称で呼んでいたのだろう?ならば、そうだな。私のことはクロさんとでも呼んでくれ」 「クロヴィス殿下」 「クロさん、だ。枢木。いやスザク」 このへんの強引さは流石ユフィの兄か。このやりとりの無意味さは、ユフィで学習している。こちらが折れる以外無い。 「クロさん、すみませんがルルーシュが落ち着くまで静かにしてもらえますか?今はクロさんの声も聞かせたくないんです」 「ええ!?酷いじゃないか!そこまで嫌がらなくても!」 「普通、一度死んだ人間が目の前に出てきたら嫌に決まっています。動揺するのも怯えるのも当然です。・・・静かに、してもらえますか?」 思わず鋭い視線と低い声でそう言うと、ヒッと短い悲鳴を上げた後、クロヴィスは大人しく最初に座っていた石の上に腰を下ろした。 不満そうにこちらを見ているが、今はルルーシュを落ち着かせるのが先だ。 僕は意識をルルーシュに戻し、大丈夫だからと何度もささやきかけ、背中を撫でた。 スザルル組の前にクロヴィスが現れた。 クロヴィスは死んでいたことも今の状況も理解している上に、妙に機嫌がいい。 ルルーシュは死にそうなほど怯えている。 スザクは保護者モードに入っている。 スザルル組があまりにも安定しすぎて変化に乏しいので大型爆弾投下。 |