いのちのせんたく 第134話


ぱちりぱちりと薪が爆ぜる音。
ざわりざわりと木々が風に揺れる音。
そうそうと流れる川の音。
普通であれば、虫の音や夜行性の動物が蠢く音が加わるものだが、残念ながら聞こえるのは就寝した者たちのイビキだけだ。 探せば生物が存在する島だというのに、探さなければ気配さえ感じられない。息を殺して森の中に潜んだ経験がある者なら、それだけでこの場所の異質さと不気味さを理解できるだろう。

「この不気味さには、どうにも慣れないな」

静かなのは助かるが、やはりどうにも気味が悪い。
いい歳の男が、暗い森や川の方を見ながら不満を言うので、それを聞いていた男は思わず小さく笑ってしまった。

「昔の事だからはっきり覚えてないけれど、子供の頃キャンプとか行った時は、このぐらいだった気がするけど」
「それは、ちゃんと整備されたキャンプ地だろう?ここも、人の手が入っていないとは言い難いが、火に寄ってくる害虫一匹いないなんて事はなかったはずだ」

静かすぎる森は、まるでそこかしこに敵がいて、動物たちが息を潜めているかのようにも思える。虫が突然大量に死ねば毒が撒かれたと察知できるが、今はそれさえ出来ない。この不快感の大元は、奇襲に気づけない不安なのかもしれない。

「ああ、それはたしかに。灯りに寄ってくる蛾もいないからな。そもそも卜部さん、俺たちはここを不気味とかいえる立場じゃないですよ」

くつくつと笑いながら言う男に、それもそうなんだがと卜部は眉尻をさげた。暗闇の中、火が絶えない程度のたき火を囲んでいる男二人は、既に死んだ人間なのだ。死人が歩きまわるこの島で、動物や昆虫が大人しいことぐらいなんだというのか。

「気晴らしに、今後の予定を立てないか?」

文句ばかりの扇達の為に、壊れてしまった魚取りの罠を無言で直していたから、余計な事を考えてしまうのだ。恐怖を感じたら最後、泥沼にはまってしまう事を卜部も永田も知っている。何より一番恐ろしいのは、今こうしてここにいる、死んだはずの自分という存在なのだから。それを考えれば、一番初めに生者と接触し、その後も楽しげに過ごしているクロヴィスは凄いと思う。ユーフェミアもだ。これはブリタニア人と日本人の差なのか、皇族と一般人の差なのか。

「そうだな。まず、魚に関してはこれで解決する」

罠が壊れていると教えれば、何がどうなっているのか分からないというのだから情けない。そもそも、お腹一杯食べるんだと欲張って、仙波達が予備として作り置いた分も全部設置したが、重石が足りずに流れて壊れたというのだから呆れてしまう。

「芋の方は収穫するだけじゃなく種イモを植えるように教えた。それをやるかどうかはわからないが・・・」

動植物の成長が早いこの島でも、タネとなる物も根こそぎ取ってしまえば新たな芽は生えて来ない。この周辺にあるものでは一番わかりやすくて馴染みがあるのは芋なのだから、そこだけはきっちりやらなければ、後々困るのは本人たちだ。

「ニンジンや大根も、畑を作って近くで栽培するよう言っても、空返事ばかりだし、本当に生き残る気があるのか、あいつら」

呆れてため息吐いた永田に、ため息で返した卜部は、解っていないんだと言った。

「駄々をこねれば、いつまでも我々が世話をするとでも勘違いしているんだろう。幽霊と対話し、ふれあえる異常な状態は今すぐ終わるかもしれないのにな」

しっかりと地面に足をつけ、体の重さを感じ、飲食も睡眠もとれる幽霊という不可解な状態が、永続するはずもない。

「そうだ、卜部さん。ここは俺がやるから、藤堂さん達の所に行ってくれませんか?」
「どうしたんだ急に?確かに彼らは旧扇グループの面々だが、永田が一人で抱え込む必要はない。今は黒の騎士団なんだから、俺にとっても仲間だろう」
「ああ、いや、そう言う意味ではなく、そろそろ藤堂さん達がこちらの様子を見に来るかもしれない。恥ずかしい話だが、扇達はこの島に来てからというもの、楽な方、楽な方に行こうとしているようにみえる。もし藤堂さん達が来たら、また後をつけかねない」
「だが、向こうには枢木スザクがいるのを見ていただろう」

ブリタニア軍と合流したのを扇達はその目で見ている。

「幽霊の俺たちを、整形と変装をしたブリタニアのスパイだと思っている節がある。同じブリタニアなら、藤堂さん達と合流し、向こうの拠点を奪う方にいきかねない」

この島に来てからの、扇達の思考は良く解らない。
自分たちの事だけを重視し、他を蔑にし過ぎている。

「それに、向こうには病人がいる。病状を悪化させないためにも、扇達をあちらには行かせられない。間違いなく、悪影響だ」

ストレスは出来るだけ与えない方がいい。

「・・・たしかにそうだな。まさかあれほど無理をしていたとは・・・いや、命を削るほどの無理をし続けなければ、ブリタニアとの戦争など不可能なのは解っているが、しかし・・・」

テロリストと学生の二重生活。
言葉にすると簡単に思えるが、黒の騎士団司令官としてのあらゆる作戦、超合集国の下準備、各国の根回し、蓬莱島の運営など、普通であればどれか一つだけでも睡眠時間を削るほどの仕事量だというのに、そのすべてを手がけ、更には影武者を用意しているとはいえ、学生生活もおこなっている。
体を壊すなという方が無理な話だ。
それに、無茶は時間の話だけではない。

「俺は、彼がゼロになる前から見ていたが。無茶に無茶を重ねて、紙一重で乗り切っている事がよくあった。扇達が知らないだけで、裏でどれほど危険な綱渡りをしていたか・・・」

思い出しただけで頭が痛くなる。

「だろうな。バベルタワーでもそうだった。あの状況で良く生き延びてくれたものだ。こんなに短期間で各国をまとめ、ブリタニアと対抗できる兵力を整えるなど、ゼロ以外には不可能だっただろう。この命をかけた甲斐もあった」
「卜部さんはゼロの正体を生前から知っていたんだったな」
「ああ。最初は驚いたが、それでも日本人を導き、ブリタニアを倒してくれるなら、俺は構わなかった」
「そうだな。その彼の不安を取り除くためにも」
「わかった。すれ違いになったら面倒だから、早い方がいいだろう。明日の朝出立する」
「お願いします」


****


「う~ん・・・むにゃむにゃ・・・ん?なにしてるんだ?玉城」

深夜、寝返りをうったとき、ふと目が覚めた。
すると、玉城が薄暗闇の中、地面に這いつくばる形で洞窟の入口付近にいるのが見えた。月明かりではない、間違いなく火による灯りが洞窟の入口近くまで届いていて、そのお陰でなんとなくあれは玉城だとわかったのだ。こちらの声に玉城はびくりと体をふるわせた後、まるで虫のように這いながら寝床に戻ってきた。

「ど~したんだ?」
「あ、ああ、いやな、偽も・・・あの幽霊たちが、なに話してるのかなってきになってな」

なんでもない、なんでもないといいながら寝袋に潜り静かになった玉城に、真夜中に幽霊の会話の盗み聞きなんて不気味なことするなよと呟いてから、南もまた眠りについた。


133話
135話