いのちのせんたく 第135話


毎度毎度反抗期のガキか?と言いたくなるほど馬鹿馬鹿しい言い訳を口にする扇に、こんな奴じゃなかったのになと呆れながら、一通り主張を終えるのを待つ。
もっと忍耐強く、周りを良く見て、仲間の事を気遣う奴だと思っていた。
世話焼きで、お人よしで、皆が嫌がる面倒なことでも、率先してではないが、誰かがやらなきゃいけないなら俺がやるしかないかと、苦笑しながら地味な作業をこつこつやる奴だった。仲間の事を馬鹿みたいに信じて、玉城のようなだらしない奴には金銭面を任せ無い方がいいと言っても、やる気があるんだからやらせてみようとか言って、結局資金面で困るはめに何度もなった。それでも仲間がした事だから、足りなくなった分は俺がどうにかするという奴だった。
紅月グループは黒の騎士団のような大規模組織ではなく、十数名の小さな集まりだったが、それでも組織の運営は大変で、ゼロのようにナオト一人で全てを抱え込む事は不可能だった。だからナオトは人間関係の潤滑剤となる扇を右腕とした。おそらく、それはゼロも同じだろう。仮面をかぶり素性を隠した無名の人物が、カリスマ性だけで人を統率する事は出来ない。いや、世界にその名を知られていても、それでもやはりゼロを信じていないものが多い事は、ブラックリベリオン後に救出されたみんなの反応で良く解る。壊れやすい信頼関係を維持するという意味では、扇は優秀な人材だった。
・・・その扇が、こんな風になるなんてな。

「聞いているのか!」

何も言わず話を聞いていと、扇が苛立ち怒鳴った。

「聞いているが、それを俺に訴えてどうしたいんだ?」
「だから、俺たちはまだ体調が回復しきっていないんだ。これをやれ、あれをやれと次々言ってくるが、もう少し考えてくれ。俺たちは今日は休憩するから、作業はそちらでやってくれ。大体卜部は何処に行ったんだ?一番動ける人物がサボってどうするんだ。俺たちにその分を負担させるなんて、人として間違っている」

暴論にもほどがあると、永田は呆れて息を吐いた。それがまた気に入らないらしく、延々と同じことを繰り返し言い聞かせようとする。これだけ言われれば、あれ?俺が間違っていたのか?と錯覚しそうになるが、こんなにぎゃんぎゃん怒鳴るやつは病人じゃないだろうとすぐに思い直せるから助かる。

「卜部さんは暫く戻ってこない。何度も言うが、俺たちはここで生き残る方法を、俺たちなりに教えるが、それ以上の事はしないからな」

そもそもサバイバル生活なんて永田も初めての経験だ。ルルーシュ達の拠点を見て知った知識を、どうにか真似して伝えることぐらいしかできない。

「・・・何度説明させれば理解するんだ」

これだけ説明して解らないのかと、恨めしげに睨んでくるが、理由をつけてはだらけようとするやつの、なにをどう理解しろというんだか。

「腹の調子はもう治っているし、食事だって普通に取っているだろう。体力だって戻ってきているのに、いつまで俺と卜部さんを奴隷のようにこき使うんだ?」
「奴隷?人聞きの悪い事を言わないでくれ。これは助け合いの話だ」

どこが助け合いなんだか。
扇との話は平行線で、あちらは折れる気は無いらしい。
残念だが、こちらも折れる気は無い。
ここで折れると言う事は、三人を見殺しにするという事だから。
生水を飲んで死にかける奴らを残しては逝けない。
暫くにらみ合っていると、風呂を終えた玉城がにこにこ笑いながらやってきた。

「よっ、今日も元気に喧嘩してるな!」
「喧嘩じゃない。まあ、お前には解らないだろうが」
「おいおい扇、凄い目つきで睨むなって。最近お前おかしいぞ?」
「お前が能天気すぎるんだ。この場所で生活する事がどれだけ大変か解ったはずだろ!大雨に降られて碌な雨宿りもできず、食料も無く餓えたのを、水を飲んだだけで死にかけたのを忘れたのか!」
「忘れるわけないだろ。お前ホントどうしたんだよ。それより永田、腹減ったんだけど」

腹が減ったと言えば出てくるとまだ思ってるのかと、永田は眉を寄せた。

「なら自分で用意を」
「芋を煮るから、焚火の付け方教えてくれ」

文句を言おうとしたが、永田は途中で言葉を呑んだ。
なんだ、今のは?聞き間違えか?

「・・・焚火の?」
「おう。よく考えたら俺、今まで自分で火をつけた事無いんだよな!あの鉄の奴をカチカチやっても火花しか出ないしよ」

ファイヤースターターは鉄ではなくマグネシウムだが、そこは訂正するのは止めた。確かに玉城火をつけた事が無い。今までは朝比奈や仙波が点けていたし、その後は卜部と永田が点けていた。今まではマッチやライターで簡単にできた着火だが、ファイヤースターターはそう簡単に引火はしない。玉城が言う様に手順を理解しなければ、火花が散って終わりだ。

「あれにはコツがあるんだ」
「なんかやってるなーってのは知ってるんだけど、良く見てなかったから解らなくてさ。薪は用意したから教えてくれ」

さっさとやろうぜ、腹減ってんだからと、玉城が笑った。

「おい、玉城。そう言う事は永田に・・・」
「なあ扇。お前忘れてないか?」

扇の話を中断させ、笑みを消した玉城が尋ねた。

「なんの話だ?」
「永田も卜部もとっくに死んでる、幽霊なんだぞ」

幽霊。死んだ人間がいるのだと、忘れたかった事を改めて言われ、背筋に冷たい物が流れた。幽霊という異質なものへの恐怖ではなく、もしかしたら自分たちも死んでいるかもしれないと言う恐怖。だからここにいるのは永田や卜部そっくりな別人だとする事で、その恐怖を紛らわしているだけに過ぎない。
気がつけば、南もすぐ傍まで来ていた

「いいか扇。卜部がいないのは当たり前な話だ。だって幽霊なんだから、急に現れて急に消えるもんだろ。永田だっていつ消えるか解らねーんだぞ」

玉城の言葉にハッとなったのは南だった。

「・・・確かにそうだな。明日・・・いや、今日の夕方には永田もいなくなるかもしれない。そしたら残るのは、碌に火の点け方も知らない俺たちだけだ・・・」
「そーゆーことだ。永田、おまえ俺らが死にかけてたから、心配して化けて出たんだろ?」
「・・・玉城・・・」

あの問題児の玉城が、まともな事を言っている!
まさか昨夜卜部との会話を玉城が盗み聞きし、反省していたとは思わない永田はこれは夢なのかと困惑した。

「それに、ここで生き残れない奴が、日本を取り戻せるわけ無いしな!」

食べ物が豊富にあり、外敵のいない島で生き残ることと、ブリタニアという強国と戦い勝利して国を取り戻すこと。どちらが難しいかといえば、日本を取り戻すほうが難しい。

「だが、玉城。俺たちは」

体調不良を盾に、まだぐだぐだ言いそうな扇を止めたのは南だった。

「・・・いや待て。扇の話を聞いてて思ったんだが、もしゼロが日本を取り戻すために進軍し、ブリタニアとの戦闘を開始しても、数日前に腹を壊した時の体力がまだ戻っていないから、戦場に入るが戦いには参加しない。だから、俺たちを敵からも守りつつ戦ってくれとお前は言うのか?」
「それとこれとは違うだろう。一緒にするな」
「確かに違うが、生死がかかっているのは同じだろう」
「だ、だが、永田と卜部には、俺たちの看病をする責任が」
「だーかーら!なんで幽霊にんな責任があるんだよ。俺らが心配で化けて出たんだから、お前らが早く成仏できるよう頑張るぜ!ってんならわかるけど、出てきたんだから最後まで世話をしろ、出てきた責任があるってのはおかしくねーか?」

やばい 、扇が駄目になった代わりに玉城が成長している。これもこの不思議な島の影響なのか?出来の悪い子供がちょっといい事をしたから、必要以上に感動しているだけなんだろうか?と、永田は混乱した。

「いや、だが・・・」
「あーもういい、お前がまだ不調なら無理にやれなんて俺はいわねーよ。でも、俺はもう十分動けるからな。よし、永田。俺はどうすりゃいいんだ?」
「あ、ああ。まずは薪を見よう」

玉城に促され、永田は歩き始めた。

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