いのちのせんたく 第137話


「いいですかお姉さま。カエルはこう捌・・・捌く・・・あら?きゃっ!」

でっぷりとしたカエルを、見よう見まねで捌こうとしたユーフェミアだったが、予想以上にぬるりとする表皮と刃物の通らなさに悪戦苦闘し、そして何よりグロテスクなその見た目・・・死んだ顔を直視できず、隠すために乗せていたタオルがずれ落ちた事で、思わず小さな悲鳴を上げた。ルルーシュもスザクもカレンやC.C.でさえ、さくさくと捌いていたからもっと簡単なものだと思っていたのにと、泣きそうになる。
自分たちが生きるために命を奪ったのだ。
私たちが捕まえ殺したのだ。
その命を無駄にしないために、食事の材料として下処理をしなければならない。料理をするための最初の一歩。それさえ出来ない自分が情けなかった。蛇をあっさり捌いたヴィレッタならカエルもさくさく捌くだろうが、それでは駄目なのだ。皇女であっても共に生き残るために協力する姿を姉に見せなければならないのだから。
ああそうだ、兄のクロヴィスだって最初は捌けなかった。ルルーシュとスザクがどうやればいいのか教えていたのだから、あの時の事を思い出せばいい。
よし、とユーフェミアは小さな声で気合を入れ、再びナイフを握りしめた。それを内心ひやひやしながら見ているのはヴィレッタだ。コーネリアは、ユーフェミアを演じるこの女性のパフォーマンスだと冷めた目で見ていた。いや、自分を否定する彼女を偽物だと思いたいので興味のない素振りをしていた。傍観者で済むコーネリアとは違い、ヴィレッタは万が一本物だと確定した時の事を恐れていた。
コーネリアはユーフェミア(偽)には好きにやらせておけと言っているが、本物だと確定した場合、お前はユーフェミア(本物)にこんな事をさせたのか!と、責められる可能性が高いからだ。だから下手な態度も取れない。偽物であれ本物であれ、皇女として扱うのが最善手。だから余計に慣れないナイフを手にカエルを捌こうとしているユーフェミアの姿に心臓が痛くて仕方がない。

「なかなか皮は切れないんですね・・・きゃっ!」

皮に裂け目を入れ、皮を剥こうとしたのだが、ぐにゃぐにゃヌルヌルする皮になかなか刃物は通らず、力を込めて引くと腹が裂けどろりとした中身が視界に入った。幽霊の状態で何度も何度も見ていたから、このグロテスクさには慣れたとばかり思っていたが、鮮烈な色合いと共に視界に入るそれは震えるほど恐ろしいものだった。食べるための作業だと頭で理解していても、心が追いつかない。
何よりこの色はあの地獄を思い出す。
血に濡れた自分の手を見つめ震えるユーフェミアは顔色を無くし、今にも倒れそうだった。これは拙いと、ヴィレッタは慌てて手を出す。

「大丈夫ですか」
「え・・・あ、は、はい。大丈夫です!」

声に力を入れることで、自分を奮い立たせる。
これを日常としなければならないのに、気を失うわけにはいかない。

「後は私が」
「いえ、最後までやらせて下さい!」

見ているこちらが不安なのだと言いたいが、頑固にも続行しようとする皇女にそんな事は言えない。ならば。

「差し出がましいことを言うようですが、慣れない刃物を無暗に使用されても、どこかで怪我をするだけです。このまま続けるというのであれば、ナイフの使い方、捌く手順をお教えします」
「大丈夫です、捌き方は知っています」
「お言葉ですが、ご存知ならこのように手間取る事はありません。どうか、私に刃物の扱い方を教える機会をお与えください」

深々と頭を下げ、ヴィレッタは相手の反応を伺った。
これを口にして怖いのはコーネリアの反応だ。皇女ではない偽物相手に頭を下げる事に腹を立てる恐れがあった。だが、もしかしたらと疑う気持ちがあるからか、コーネリアは何も言わなかった。
密かに安堵の息をついているヴィレッタを見つめながら、ユーフェミアは自分が情けなくなっていた。ユーフェミアとしては、全部出来るつもりでいた。ルルーシュ達の生活を見ていたから、知識として知っている。だからその通りにやれば必ずできる。皆さくさくやっているのだから簡単なのだと思い込んでいた。理想と現実のずれ。いや、自分の能力の低さにあきれた。

「ユーフェミア様、最初から全てを完璧にできる者などおりません」

その言葉に、ふと思い出したことがある。
落とし穴の罠を仕掛け、動物を取ろうとしたルルーシュの事だ。
何も考えずに落とし穴を掘ったわけではない。
成功すると思ったから掘ったのだ。
それでも成功しなかった。
あの時、動物に罠を仕掛けることの難しさを悟ったルルーシュは、この島では動物に対して罠を仕掛ける事はしていない。知識があっても失敗すると考えたからだ。朝比奈に経験があると知り、そこでようやく罠を仕掛けようと考えている。
知識だけではだめなのだ。
経験者による指導が必要なのだ。
彼らは経験者だから、あんなに簡単に捌けるだけなのだ。

「ヴィレッタ、あなたの言う通りです。私は知識を手に入れた事で、なんでも出来る気になっていました。料理をするために必要な技術を、どうか私に教えてください」
「イエス、ユアハイネス」

既に皇族服ではなく、動きやすい衣服に着替えているというのに、とても一般市民とは思えないほど凛とした高貴な姿に、ヴィレッタは自然と騎士の礼を取り頭を垂れていた。

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