いのちのせんたく 第138話


早朝。
まだ眠る二人を残し、ヴィレッタは河原に来ていた。
二人が目を覚ます前に風呂に入り、朝食の準備まで済ませてしまおうと考えたからだ。二人が起きている間入浴など出来ないし、起きる前に朝食の支度ができて無ければコーネリアが不機嫌になるだろう。今までそうだったのだから、黒の騎士団がいなくなったからといってそれは変わらない。
失踪していた間のことは知らないが、少なくとも総督であったときまで、多くの従者がコーネリアの身の回り全てを完璧にこなしていた。それが彼女にとっての当たり前の日常だから、それに近いレベルを求めてくる。毎度毎度「この程度の雑務も出来ないとは情けない」と言われるのは嫌なものだ。 だが、紅茶も一級品しか口にしたことのないような人物が、川の水を沸かしただけの湯冷ましを口にし、野性味あふれる食事をして文句を言わないだけ奇跡か。
今までコーネリアの不満の矛先は黒の騎士団に向けられていたが、彼女たちがいない今全てこちらに向けられる。
だがこれはチャンスでもあるのだ。

ヴィレッタとしては、コーネリアよりはユーフェミアのほうがずっと扱いやすい。今後の生活も、彼女がいるかいないかでは雲泥の差だっただろう。本物か偽物かはこの際どうでもいい。コーネリアが、もしかしたらユーフェミアではないかと、わずかでも可能性を抱いていればそれで十分だ。今後コーネリアとのクッション役になってもらう。
そんなことをつらつらと考えながら風呂から上がり、洗い物をしいると、ユーフェミアが眠そうに眼をこすりながらやって来た。

「おはようヴィレッタ、早いのね」

疲れて眠そうな顔を笑顔で隠しユーフェミアは言った。

「おはようございます、ユーフェミア様。朝食の準備が整いましたらお呼びしますので、それまでお休みください」

コーネリアや自分とは違い、本物のユーフェミアは深層の令嬢だ。戦場で戦い生き抜くようなタフな精神もなければ、それに見合うだけの体力も無い。本人にやる気があっても身体が持たないだろう。倒れられては困るからと、礼を取りながら進言してみるが、予想通り首を縦に振る事はなかった。

「いえ、私には学ばねばならない事がたくさんあります。眠っている暇などありません」

ルルーシュもそうだったが、コーネリアも頑固だった。二人の妹であるユーフェミアが扱いやすい人物のはずがない。一人でやる方が早くて楽だが、学びたいという者を無碍に扱うわけにはいかない。自分の欠点を理解し、改善しようとするなら、自分が知る全ての技術と知識を教えるのが教師だ。やる気がある者なら教えがいもある。
そこまで考えてハッとなった。
教師。
ルルーシュを監視するために演じた偽りの職だというのに、今自分は自然とユーフェミアを皇女ではなく生徒として見ていた。

「ヴィレッタ?どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。では、朝食を作る手伝いをしていただけますか?」
「はい!」

今までは皇女だという理由で、出来ない事が沢山あった。やりたくても皇女だからと禁止された事が沢山あった。今ヴィレッタに言った事も、今までであれば絶対に受け入れられる事の無かった我がままだ。
だが、ヴィレッタはそれを良しとした。
拒絶されず、受け入れられた事でユーフェミアは嬉しそうに笑った。

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