いのちのせんたく 第139話


ユーフェミアの希望もあり、朝食の準備を一緒にする事になった。

「朝食と呼べるようなものではありませんが」

皇族の朝食。いや、一般家庭でも、これらを朝食とは呼ばないだろう。パンやシリアルのようなものはなく、サラダとして食べられる野菜も無い。この大自然から採取し、材料に火を通してどうにか腹を壊さずに空腹を誤魔化しているだけのもの。
メインとなるのは魚やカエルの肉。臭みを消すための物が無いため、独特の生臭さが口の中に残ってしまう。それでも貴重なたんぱく質だし、ここの食材の中では美味しい部類に入る。山菜も味は二の次。アクを抜かなければ口にできない代物を、どうにか口にできるようにするのがせいぜいなのだ。調味料が無いのも痛い。それでもC.C.はこのろくでもない素材をそれなりに食べられる味に仕上げていた。何をどうやって味をまとめていたのか、見ていなかった事が悔やまれる。
調味料・・・せいぜい使えるとしたらココナッツか。時間を見て採集しなければ。いや、そんな事より、今朝の食事をどうしたらいいだろう。

「ヴィレッタ、もっと自信を持って。ちゃんと口にできる料理が出来ているだけでも凄い事なのよ。だからいつも通りに用意しましょう」

本来であれば皇女に出すべきではない料理に引け目を感じていたヴィレッタに、ユーフェミアは安心させるように笑った。そう、味はともかく口に入れられる材料だけで出来ている。黒の騎士団の拠点のように、虫を食べているわけでもない。あの拠点の料理の数々に比べたらどれだけ素晴らしいか。
コーネリアのように、周りの拠点の状況を知らずにいたら、この料理に眉を寄せていたかもしれない。食べられるのか不安になり、病気になるかもしれないと拒絶したかもしれない。神根島の時のように、食べられそうな木の実を探して、それだけで十分だから他はいらないと我儘を言い、周りを困らせていたかもしれない。焼いた昆虫や、丸焼きにされたカエルの食事や、不衛生な彼らの生活を目の当たりにし、ここでの生活がいかに大変な事なのか、非協力的な人間がどれほど害となり、不和がどれほど精神をすり減らすものか知ったからこそ、コーネリアとヴィレッタにはそのような状況になって欲しくはないと思ったのだ。
この拠点にユーフェミアが加わることで、総督と皇族と軍人の三人・・・クロヴィス(総督)・ルルーシュ(皇族)・スザク(軍人)と同じ状況になる。各自の能力と性別の差はあったとしても、ルルーシュ達を見て得た知識を使い、この拠点を快適な場所に作り替える事は、不可能ではないはず。
彼らを見て知ったのは、自分の知識の足りなさ。
初めて包丁を手にして知ったのは、経験の足りなさ。
そして改めて知ったルルーシュの凄さ。
自分はルルーシュのようにはなれない。
だけど、目標にする事は出来る。
ヴィレッタは拠点の近くにある山菜の採集の仕方から下処理の方法、包丁の扱い方も、ひとつひとつ丁寧に教えた。ユーフェミアは、それらをすべて真剣に聞き、解らない事は質問し、知識と技術を吸収していく。副総督になるために学校をやめなければならなかったが、まだ学生でいたかったという思いがユーフェミアにはあった。ヴィレッタが偽りとはいえ教師をしている事も知っているため、部下の軍人からというよりも教師から学んでいるように思えた。
猫の手にし、山菜に包丁を入れる手はおぼつかず、ヴィレッタはハラハラしながらそれを見つめていた。全てを切り終わると、ユーフェミアとヴィレッタは同時に大きく安堵の息をついた。

「ふふ、包丁って難しいのね」

不格好に切れた山菜をみてユーフェミアは笑った。

「最初は皆このようになります。何事も練習です」

ヴィレッタはそれらの野菜を集め、鍋に入れた。
火にかけられ、ぐつぐつと煮立った鍋の中にはヴィレッタが処理した蛇の肉が入っており、アクを丁寧に取りはじめた。それもやりたいとユーフェミアが言うので、ヴィレッタは迷わず場所をあけ渡した。

「でも、クロヴィスお兄様はすぐに魚を捌けるようになっていたもの。だからもっと簡単だと思っていたの」

材料を切るのも上手で、見た目が寂しいと飾り切りもしていたから。
何気なく言われた言葉に、ヴィレッタは驚いた。

「クロヴィス殿下は、お料理もされたのですか?」

この質問に驚いたのはユーフェミアだ。
自分の失言に気付き、明らかに動揺していた。

「あ、あの、それは・・・」

視線を彷徨わせ、どう言い訳しようか迷っているようなユーフェミアを見てすぐに気がついた。これが生前の話なら動揺するはずがない、と。

「クロヴィス殿下も、この島のどこかにおられるのですか?」
「そ、それは・・・」

完全に目をそらし、どうしたらいいのだろうと困惑するユーフェミアの反応は、素直すぎた。もしこれが演技なら間違いなく天才だ。

「私たちが知ると、困る内容なのですか?」
「・・・」

ユーフェミアは暫く考えた後、意を決して口を開いた。

「クロヴィスお兄様もこの島にいます。私よりもずっと早くに身体を得て、この島で暮らしているのです」

それを聞いて、ヴィレッタは納得した。
生前のユーフェミアが蛇を捕まえたり、カエルを捌く知識を得る機会などあるはずがない。死後、この島でクロヴィスが料理をしたりする姿を見て知識を得たのだ。彼女の言葉通りなら、幽霊の状態で。

「クロヴィス殿下のお傍には、誰がいるのですか?」

ブリタニア軍の基地がある可能性があるのでは?と思い口にしたが、それはあり得ないとすぐに気がついた。なぜなら皇族が包丁を手に魚を捌いているのだ。クロヴィスはユーフェミアとは違う。従う人間がいるなら、コーネリアのように自らの手を汚す事はしないはずだ。つまり、従者が側にいるなら、料理はしない。普通のブリタニア人が側にいても同じだ。と言う事は、それ以外となる。
みるみる表情を険しくしたヴィレッタに、ユーフェミアは首を振った。

「だ、大丈夫です!クロヴィスお兄様は毎日楽しそうにしていました」
「誰といるのですか?・・・いえ、黒の騎士団と共に居るのですね」

ユーフェミアはハッとなりヴィレッタを見た。

「私は藤堂がこの島にいる事を知っています。そして黒の騎士団のものたちがここを離れたと言う事は、黒の騎士団の拠点がこの島のどこかにあるという事です。クロヴィス殿下は、そこにおられるのですね?」

ユーフェミアはしばらく考えた後、頷いた。

138話
140話