いのちのせんたく 第15 話

「さてと」

洗濯を予定よりも早く終えたルルーシュは、燻製の準備は後でいいだろうと、竹で編んだ籠を片手に、きゅうりを収穫するため群生地を目指した。
今朝のスザクの散策で、拠点のすぐ側に群生地があることがわかったのだ。
スザクが4本収穫してきてくれたが、それは昼食用の漬物として使ってしまったので、今から収穫する分は晩御飯用にじゃがいもと人参も使ってスザクが好きなポテトサラダでも作ろう。問題はマヨネーズか。鶏皮を焼いて出作った鶏油があるので、ワインビネガーと塩を使い、マヨネーズに近いものを作れるだろうか?まあ、試してみるしかないか。ワインに関しては、絶対に失敗すると思っていたのだが、アルコール度数も低く、味も悪かったが、それでも一応ワインが出来た。ワインは料理にも使えるので冷暗所に保管し、その一部を更に発酵させてみると、ちゃんと酢になってくれた。だが、本来ワインも酢も竹などという容器で作れるとは思えない。やはり、何かしらの力が働いて、やりたいと思ったこと、欲しいと思ったものが手に入りやすい状態なのだと思う。いや、猿酒という、木のうろに猿が集めた果実が酒になるという話もあったのだから・・・。
考えても意味は無いと思いながらも、この島の奇妙な出来事をつらつらと考えながら、スザクが地図に加えた場所へと向かっていた。
この辺りはまだ草も刈っていないし、飛び出ている枝などもまだ切り落としていないので、非常に歩きにくく、何度か小石や落ちている枝に足を引っ掛けてしまった。
また時間を見てこの辺も整備していくかと、左手で邪魔な枝をかき分けながら、前へ進んでいった。

「待ちなさい、ルルーシュ!」
「え?」

突然のクロヴィスの制止の声に、ルルーシュは驚き立ち止まった。
振り返ると、必死な表情のクロヴィスが、息を切らせながらそこに居た。

「どうしたんですか兄さん?」

振り返ろうとしたら、右側の枝が邪魔だったので、右手で持っていた籠を左手に持ち直し、枝を抑えてからクロヴィスへ向き直った。

「どうしたじゃない、来なさいルルーシュ」

クロヴィスは、ルルーシュが手にしていた籠を取り上げると右腕を掴み、そのまま今きた道を引き返す。

「兄さん、何かあったんですか?」
「何もないのに私が追ってきたと思うのか?」
「・・・いえ」

何時にない様子のクロヴィスに、ルルーシュはひとまず様子を見るべきかと、腕を引かれるまま川原へ戻ってきた。川原には、既にスザクが戻ってきており、試しに仕掛けた投網に包んで、沢山の魚を運んできていた。

「あ、ルルーシュ丁度良かった。すごいよ、投網で大きな魚がいっぱい取れてたから、魚を突くのやめて戻ってきたんだ・・・けど、どうしたんですか、クロさん?」

険しい表情でルルーシュの腕を引っ張ってきたクロヴィスの様子に、スザクは眉根を寄せた。

「スザク、済まないが救急箱を持ってきてくれないか?」
「救急箱ですか?」
「ああ、そうだ」

そう言いながら、クロヴィスはルルーシュの方を見た。

「どこか怪我でもしたんですか、兄さん」

自分の怪我の手当をさせるために呼んだのだろうか?でも、怪我をしているようには見えないのだが?救急箱という単語に、一瞬慌てたルルーシュだが、無事な様子の兄に、ほっと息をついた。

「・・・っ!ルルーシュ、君はっ・・・いや、そんなことより、すぐ持ってきます!」

クロヴィスの視線に誘われるようにルルーシュの方を見たスザクは、一瞬驚きに目を見開いた後顔をしかめ、すぐに走りだした。二人のおかしな様子に、ルルーシュは首を傾げるしか無い。

「本当に気がついていないのか。いや、君が今そうだということは知っていたが、知識で知っているのと実際に目にするとは、本当に違うものだな」

眉尻を下げ、辛そうに言うその言葉に、ようやくルルーシュは怪我をしているのは自分だということに気が付き、自分の体を確認した。クロヴィスが掴まなかった方、ルルーシュが名前を呼ばれた時籠を持った左腕、その二の腕の丁度後ろ側に、木の枝が深く突き刺さっていた。
その様子に思わず眉根を寄せる。
歩くときに、左手で枝をかき分けていたから、その時だろうか?十分注意していたつもりだったのだが、やはり手を入れていない場所を歩くのは危険か?よく見ると、自分が歩いた後に、点々と血が滴り落ちていた。
失敗した。針と糸がないのに、服を破いてしまったな。服は黒いから血の色は目立たないが、急いで洗わなければ。
その刺さったままの枝に右手を伸ばそうとすると、すぐにクロヴィスに腕を掴まれた。

「駄目だルルーシュ、抜くのはスザクが戻ってきてからだ」

厳しい顔でそう言われると、ルルーシュは何も言えなかった。スザクが戻ってきて、木の枝の破片や刺が残らないよう、刺さっていた枝を慎重に引き抜いた。想像以上に深く刺さっていた枝は、カランと乾いた音を立てて石の上に落ちた。細い枝だが、その先は折れたことで鋭利な刃物のようになっていたようだ。

「深さは5cmほどか。細い枝なのが幸いして血管とかは傷つけなくて済んだみたいだ。クロさん、ガーゼに傷薬を塗ってもらえますか?」
「こ・・・これを塗ればいいのか?どのぐらい塗るんだ?ガーゼはこれか?えーと」
「落ち着いて下さい兄さん。さっきまでの冷静さはどうしたんですか。顔、真っ青になってますよ」
「な、何を行っているんだルルーシュ、わ、わたしは、落ち着いている」

クロヴィスは、刺さっているものを見る分には何とかなったが、枝を抜くところも、傷口もずっと見ていたことで、冷静さを失ったようだった。常に安全な場所で命令する側の人間だったのだから、人の死も、怪我をした姿でさえ、おそらく直接その目で見たことなどないだろう。
画面越しの怪我や血液と、こうしてすぐ近くで見るものは全くの別物だ。
目の前で数多くの死を見続けてきたルルーシュとスザクは、この程度の怪我など見慣れていた。
問題は怪我をした相手によって、冷静さはなくなることだが。
ルルーシュは、腕は問題なく動いているので神経は問題ない、深さの割に出血も大したことではないということは、血管も傷つか無かったということ。そして、場所から考えて骨も避けている。本来なら縫えればいいのだが、消毒し、しっかり包帯を巻けばどうにかなるだろうと楽観的だった。
スザクは、口では冷静なことを言ってはいたが、その顔は真っ青だった。だが、さすが軍人だけ有り、適切な方法で手際よく手当をしていく。
包帯をきっちりと留め終わると、クロヴィスはあからさまにほっと息をついた。
黒で目立たないが、服は上下とも血だらけだろうと、スザクが一緒に持ってきた服に体の血を洗い流してから着替えた。

「ルルーシュ!服は後で私が洗うから、そのままにしておきなさい!いいね、当分左腕は使ってはいけないよ!」

着替え終わり、脱いだ服を洗い場の水に浸けた時にクロヴィスが焦りながらそう叫び、スザクが「何やってんだよ!」と、まるで子供の頃のような乱暴な口調で怒りながらやってきた。怪我をしていない腕を引かれ、河原の釜戸付近に置いている椅子代わりの石に座らされ、まさに怒っていますという表情でスザクは腕を組み、ルルーシュを見下ろした。

「で?一体何処で何をして、こうなったのか説明してもらえるんだよな?」

スザクは完全に頭にきているらしく、やはり口調が昔に戻っていた。やはりこの姿が素のスザクで、ふだんの大人しい姿は作られたものなんだなと、怒られている内容よりルルーシュはそちらのほうが気になっていた。まじめに話を聞いていないことに気がついたスザクは「説明しろって言ってるだろ!」と、ルルーシュを怒鳴りつけた。

「説明と言われても、歩いていて、としか言い様がないし、何時刺さったかはわからないな」

スザクの強い視線を直接受け止めることが出来ず、ルルーシュは目を逸らしながら答えた。その視線を、そのままクロヴィスに移すと、仕方のない子だと困ったような表情でルルーシュを見た後、スザクへ視線を向けた。

「今朝、スザクが言っていた場所に行こうとしてたようなんだが、あんな悪路を歩くなんて今のルルーシュには無理だ。やめなさい」

そのクロヴィスの言葉を聞き、スザクは大きなため息を吐いた。

「ルルーシュ、僕に言ってくれれば取りに行くんだから。君は大人しくしてなよ。勝手に動き回るなら、なにか見つけても報告しないよ?」
「まあ、腕を痛めてしまったからね、大人しくするしか無いだろう?ルルーシュがやろうとしていたことは、私が代わりにやるから、やり方を横で教えてもらえるかな」
「料理も両手を使う作業は駄目だ。僕も手伝うから、無理はしないで。左腕は、念の為に吊っておこう」

兄と親友にここまで心配をされてしまったら、ルルーシュは折れるしか無かった。




ルルーシュは怪我をして左腕が使えなくなった。



爆弾クロヴィスが不発だったので、ルルーシュを行動不能にしてスザルルクロ組にも苦労してもらいます。
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