いのちのせんたく 第150話


「クロヴィスへの伝言を預かってきている。まずはこれを」

そう言って、卜部はポケットから何やら取り出した。
それはただの土塊だった。
正しくは二種類の土塊だ。

「これは、粘土かな?」

クロヴィスは、手に取ったそれを触りながら尋ねた。

「ああ。先ほど話した永田は、戦争前は陶芸家だった。だから陶器を作るなら、どの粘土をどう配合すればいいかを伝えてくれと頼まれた」
「陶芸家がいるのかい?それは是非会ってみたいが・・・」

扇たちの世話をしている以上無理だろう。
それは、クロヴィスでもわかることだ。

「それで、これとこれを1:3の割合で混ぜて使うといいそうだ。同じ土質のものがおそらこちらにもある。あちらと地形が似ているから、もし土も同じ配置だった場合は、ここが今いる場所で、ここが川、ここが海だとすれば、ここと、このあたりにある」

テーブルの上にあるものを使い、簡単に説明すると、なるほどとクロヴィスは頷いた。あちこちで粘土を探していたから、その説明だけで見当はついたらしい。

「では、次作るときにはその配合で作ってみよう」
「それと、もう一つ。次に釜に火を入れる前に、あの場所をちゃんと整備しないと駄目だとも言っていた。今は岩場に石窯を置き火を入れているが、その熱が地面の石に伝わり、周辺が暑くなる。だから、こう、釜戸の周りはこんな感じで石を取り除き、土を敷き詰めて・・・」

こうして、ここをこうすることで熱を逃し、その上で日よけにもなる屋根なんかを・・・と、卜部が説明をはじめた。確かにあの場所は火を入れると地面の石が熱くなり、それでなくても暑い釜の周りがさらに熱を帯びていた。本当はあの岩場ではなく、切り開いた土のある土地に石窯を置くのが理想的だが、そんないい立地はこのあたりにはない。木を切って開墾するにしても、それなりに時間がかかってしまう。だが、この方法なら今の場所をいじるだけで問題は解決しそうだった。

「なるほど、よくわかった。次に火を入れる前に改修するとしよう」

簡潔でわかりやすい説明に感心しながらクロヴィスが言った。

「では次だ。この本を渡しておく」

卜部が差し出した本は、<世界の薬草図鑑>と書かれていた。
あちらで目を覚ましたとき荷物の中に入っていたという。

「おそらく、扇達が川の水をそのまま飲んで腹を壊したことで、それに対処できるようにと贈られたものだと思う」
「生水を、飲んだの?・・・あのバカ」

そう言いながらラクシャータは本を受け取った。
川の水などそのまま飲めるものではない。
微生物の問題もあるが、川の上流に動物の死骸でもあればそれだけで水は汚染されている。それらを無害にするために、煮沸消毒するのだ。湧き水や井戸水なら直接飲める可能性はあるが、検査ができない以上煮沸消毒がやはり必要だろう。

「あの場に置いていても宝の持ち腐れになる」
「でも、万が一のときには役に立つわよ、これ」

パラパラと見ただけでも、有用な薬草ばかりが記されていた。これを手放すなんてバカがすることだ。

「あいつらに・・・いや、俺達にも扱いきれない。簡単なものは俺も永田も覚えたから、もし面倒な病になった時こちらに助けを求めに来る」

そのほうが早い。
あいつらに渡せば尻拭きの紙にされかねない。
常備薬も用意されているが、この本が用意されたということは、それだけでは足りない何かが有るのだろう。だから失う訳にはいかない。

「わかったわ。 ルルーシュに漢方薬を用意できそうだし、私の方で預かるわね」
「ああ、任せる」

これで、ここに来た目的は果たせたと、ほっと胸をなでおろした時、誰かの叫び声が聞こえた。それは上流、釜戸を見ていた仙波の声だった。
川を指差し、何かをこちらに訴えてくる。
みれば、川に何かが浮かび、流れてきていた。
なんだ?と駆け寄り見てみれば、それは明らかに人間だった。

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