いのちのせんたく 第155話


「これは・・・流石ですね兄さん」

ルルーシュの素直な感嘆の声に、クロヴィスは嬉しそうに胸を張った。

「そうだろう、そうだろう。とはいえ、かき集めた材料とこの焼き窯で、ここまでの仕上がりになってくれるとは思っていなかったよ」

長い時間を賭けた焼きの作業が終わり、釜から出された陶器は、初めてとは思えない仕上がりだった。おそらく基本的な知識と技術を持って作成した場合、ある程度こちらに都合の良い状況になるというこの島特有の現象も関係しているだろう。パンを初めて焼いたあの時のように。
とはいえ粘土を探し道具を作って焼き上げたにしてはできが良いだけで、クロヴィスが作りたい芸術品には程遠いものではあった。

「みていなさいルルーシュ、次はもっと美しいものを作ってみせよう」
「期待しています、兄さん」

にっこり笑顔で告げると、兄は俄然やる気を出したらしく、釜から陶器を出し終えた永田を呼び寄せた。

「すごい、芸術に長けているとは聞いていたが、想像以上だ」

陶芸家の血が騒ぐのか、永田は変なテンションでクロヴィスを褒めた。それに気を良くしたクロヴィスは、昨日卜部から聞いた粘土の事を詳しく聞きたいし、今後の予定を立てようと話しだしたので、その前にと傍にいたルルーシュが口を開いた。

「兄さん、大きな瓶を作ることは出来ませんか?」
「大きな瓶?なんにつかうんだい?」
「水瓶にしたいんです。今は竹の筒と僅かな調理器具で水を貯めることしか出来ませんが、水瓶があれば多くの水を貯められます」

持ち歩くには竹の水筒は便利だが、貯めておくには小さすぎた。この奇妙な島なら、水釜の水は腐らず虫もわかない可能性もある。水を運ぶ手間はともかく、貯水できるなら川から離れた場所での水不足を解消でき、その分行動範囲が広がることにもなる。

「水瓶とは、どういうものかね?」
「ああ、それは俺が説明します。水瓶を作るなら粘土の配合も代わるから・・・」

永田とクロヴィスはもう次の作品のことに夢中になっている。このタイミングで陶芸家の永田が来たことは幸運だった。ラクシャータとセシルも欲しい容器があると言っていたから、そちらも作成することになるだろう。
何より、焼き窯が問題なく使えたことが重要だ。高熱を必要とするのは何も陶器だけではない。今は他に優先することがあるから、そちらが片付き次第新たな窯を作ることになるだろう。

「割れる食器は久しぶりだな」

完成した陶器の中にはヒビが入っていたり、割れているものもあり、それらはまた別の用途で使われることになる。

「そうだね。落として割らないようにしないと」

試しに作ったものだから、デザインよりも割れないことを優先ているため、どれも重さがある。使いやすさで言うなら、改良を続けた今の木製食器のほうが上だろう。だが、こうした食器で料理を食べるということが大事なのだ。

「駄目だと言っているだろう!そんなこと、私は認めん!」

突然、クロヴィスの怒鳴に声が聞こえた。
相手は永田で、先程までの穏やかな雰囲気などそこにはなかった。
家造りをしていた藤堂が手を止めこちらに向かってくる。

「どうかしたのか?」
「ああ、藤堂聞いてくれないか。永田が向こうに戻るというんだ!」

自分を殺した扇たちの所に。
正気か?と、皆驚き永田を見た。

「やっぱり、あいつらだけだと心配だから」
「正気か?」
「正気だ・・・と、思う。ほら、俺は死人だし、殺されてもこうして戻れることもわかったわけだしさ」

殺された痛みと苦しみは、死人だからと軽減されることなど無かったし、扇に殺されたショックはトラウマものだ。だけど、ここで扇達を見捨てて、この場所でのんびりと過ごすなんて無理だ。不用意な発言で扇を追い詰めた自覚はあるから、責任の一端は自分にある。

「もう1回チャンスが欲しい。また殺されたら諦めるから」

このままだと玉城と南を見捨てることにもなる。それでは死んでも死にきれない。

「そういう話なら、仕方がない。俺もいこう」

藤堂たちと建築作業をしていた卜部が言った。

「いや、卜部さんはここに残ったほうがいい」

藤堂がいるのだ。そして他の四聖剣もいる。

「この場所には十分人がいる。あちらをしっかり抑えておくほうが皆のためにもなる」
「なら、俺も行きます!」

あいつらに卜部を殺されてたまるかと、朝比奈が声を上げたが、卜部が制した。

「さっき永田が言ったように、俺達はすでに死者だから殺されたところでまた目を覚ませるらしい。なら、俺達だけで行くべきだ」

それこそ、何かあったときに取り返しがつかなくなる。

「あちらを完全に掌握できたら、戻ってきます。そのときには誰かあちらについてきてもらいたい」
「・・・何か、あるのか?」
「はい。おそらく、死者である俺達が関与できないものです」

おそらくは、海底のものと関わりのある何か。

「遺跡か?」
「詳しくはいえません。生者が見て判断すべきものだとしか」
「そうか」

卜部がそう言うならこれ以上は聞くべきではないだろうと判断し、藤堂はそれ以上は言わなかった。

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