いのちのせんたく 第157話


ゴシゴシゴシゴシと、力を入れて手を動かす。
手も腕も疲れるが、冷たい水が心地いい。

「ユーフェミア様、私が」
「大丈夫です。私にやらせてください」

ヴィレッタの申し出も断り、ユーフェミアはひたすら手を動かしていた。
ルルーシュたちが使っているのを見て、ずっと自分でもやってみたかったのだ。今朝、ヴィレッタがおかしな道具を見付けたと持ってきたそれをみて、自分でもできるのだと喜び、それから独占していた。
ヴィレッタが持ってきたのは木でできた桶と、木の板。
でも、その板はただの板ではなく溝がついていた。
ルルーシュがクロヴィスに頼んで作ってもらっているときから、面白そうだと思っていた。スザクはそれを洗濯板と呼び。ルルーシュと二人で懐かしいと言っていた。それまでの洗濯はもみ洗いか、大きな石を台代わりに使って、力を入れて洗うぐらいしかできなかったが、その板を手に入れてから格段に洗浄力が上がっていた。
汚れがよく落ちると楽しそうにしているルルーシュを見て、私も出来る。私もやってみたい。と、思っていたことが叶ったのだ。だから、まだ少し、もう少しだけやらせてほしい。
ルルーシュの言ったように、手で揉み洗いしただけでは落ちなかった汚れもきれいになる。といっても、この島以外ではここまで落ちないだろうともルルーシュは言っていた。
特異な島だから、使用者が望むまま、本来以上の効果を発揮する。時折使用者の望む以上の効果も出している道具だが、今はその異常性も歓迎されている。
泥などで薄汚れていた服が、みるみるきれいになっていく姿に自然と笑みが浮かんだ。腕はつかれるし背中も痛い。桶に満たされていた水はアクと落ちた汚れで濁っていた。いわゆる汚水だが、それだけ汚れが落ちたのだと思うと誇らしい。自分の手で汚れた衣服を綺麗にできるのが嬉しいし、楽しい。
1着、洗い終わると次へ、次へ。

「ユーフェミア」

背後から聞こえたのはヴィレッタではなくコーネリアの声だった。

「お前がもし、わが妹ならば、このようなことをするべきではない」
「なぜですか?」

またか。と思いながらもユーフェミアはそう訪ねた。

「皇族がすべきことではないからだ」

何度目になるかわからないやり取り。何をするにも皇女ならばすべきではないと止めに来る。臣下などヴィレッタのみのこの場所で。それはすべてのことを彼女にやらせ、自分は高みの見物をするという宣言にほかならず、協力して生き延びなければならないこの場所では愚策としか言いようがない。
もし、ここに自分一人だったらどうしたのだろう。食べ物は果物など豊富なので、食料に関してはどうにかできるかもしれない。椰子の実もあの人数だから沢山消費されたが一人ならある程度持つし、その間に新しい実をつけるだろう。現に今はたくさんの椰子の実がたわわに実っている。
川があるのだから体を洗うだろう。そのときに汚れた服も洗うのではないだろうか。それとも、それは自分がすべきではないと、いつまでも汚れた姿でいるつもりだったのだろうか。それこそ皇女としてあってはならないのでは。
先日、あんなにはっきりと言ったのに、まだわからないのだろうか。

「それは違います。身だしなみを整えるのも皇族の努め。汚れた衣服を洗うのは何もおかしなことではありません」
「そうではない。もちろん汚れた衣服で過ごすなどありえないことだが、その作業をするのは我々ではない」

理解できていないのかと呆れたようにコーネリアはいった。

「いいえ、むしろ私たちがすべきことではありませんか」
「なんだと?」
「このような異常事態なら、軍人であるヴィレッタにはこの拠点の外での仕事を任せ、私たちはここで出来ることを行うべきです。お姉さま、この拠点を国と見立ててください。軍人である彼女は国外で任務を行い、私たちはこの国を維持するため内政を整えるべきです。三人もいるのに、動くのが一人なんて、効率も悪すぎます」
「いいか、おまえは」
「緊急時にも何もせず、国民に足手まといだと思われるのが皇女ならば、私は皇女として生まれたことを恥じます」

コーネリアの言葉を遮り、ユーフェミアはきっぱりといい切った。
ああ、先日勇気を出していった言葉は姉に届いていなかったのだと思うと悲しくなる。いや、もしかしたら意地になっているのかもしれない。姉らしくない。異常なこの島に適応できず、姉は少しおかしくなっているのかもしれない。自分は皇女なのだと言い続け、部下を使うことで自分を保とうとしているのではないか。死んだ妹まで出てきたのだ、おかしくならないほうが変なのかもしれない。ヴィレッタは、皇女を守るという意志があるから普通にしていられるのだろう。一人だったら狂いかねない場所だ。
自分はどうすべきか。ルルーシュならどうしただろうか。

「ヴィレッタ。あなたは食材を集めてきてください。ここのことは心配しないで」
「ですが・・・」
「あ、椰子の実、わたしも飲んでみたいので採ってきてくれませんか?」

椰子の実に詰まったジュースが美味しそうだった。
私も飲んでみたいと思っていたのだ。

「椰子の実ですか?申し訳ありません、すべて収穫してしまい、いまは・・・」
「大丈夫です。もう食べられるぐらい大きく成長しています。この島では植物の成長はとても早いのです。そうだ、たしか椰子の実の種子から油が取れるのだそうです。少し多めに採ってきてください」

ルルーシュが、ヤシの種の胚乳を乾燥させ、絞れば油が取れるのにと言っていたはずだ。椰子の実があればいろいろ作れるものがあると。とても便利だから、近くにないか探したほど。椰子の実からはココナツジュースと食用になる果肉、そして油。たしか皮は繊維の塊だと言っていた。この場所にしか無い、とても使いみちのあるものなのだから使わない手はない。

「そうでした。近くに畑を作りましょう。成長がとても早いので、採取しに行くより育てたほうが効率もいいそうです」

ある程度の野菜を、手軽に採取できるようになればそれだけ楽になる。
育て方は見ていたから大丈夫。

「効率もいいそう、か。一体誰に教えられた知識だ?」

コーネリアの問いに、ユーフェミアは体をこわばらせた。

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