いのちのせんたく 第159話


「助けが、来ないだと?」

この人物が、皇帝あるいは研究者の手のものなら、助けが来ないというのは決定事項だということだ。想定内だが、まさか自らその設定を明かすとはと、コーネリアはわずかに落胆した。姉である自分がユーフェミア本人では?と錯覚してしまうほど、彼女を研究し尽くしている人物だから、もうすこし頭が回ると思ったのだが。

「来ません。そして、おそらくですが、もしこの島に船があったとしても、その船でこの島以外の場所に向かうことは不可能です」
「なぜそういい切れる」
「無いからです」
「無い?」
「この島とその近海、その先になにも無いからです」

無いとは、何も存在しないということだろうか?ありえない。
普通に考えるなら、小さな船程度では、近くの島に行き着くのも無理だと言えるほどの距離があるということか。・・・いや、それならば、無いとは言わないだろう。自力で島を出ようとしたら、研究者たちに回収されまた島に戻される、流刑のための島だとでも言うつもりか?
・・・何も無いと断言する理由はなんだ?
島と近海、その先に何も無い?つまり、海も無いというのか?

「・・・それを、見たと?」

言葉の意図がわからず、コーネリアは探るように訪ねた。

「見ていません。ですが、もしこの先に何かがあるなら、その生命を感じるはず。感じられたはずでした。私はお姉さまたちがこの島に来た頃から、この島の事以外感じることができなくなりました。お父様のことも、世界のことも、何もわからなくなったのです」

それはなぜか。
この島の外に、なにもないから。
それが答えだ。

「ただ、死後の世界ではないことだけは確かです。あそこはもっと多くのいのちが存在し、いろいろなモノを見て知ることができますから。いまはあの世界のことも感じません」
「ならば、ここから出られないということか?救助もなく、ここで野垂れ死ねと?」
「違います。きっとここから抜け出す方法があるはずです」

ユーフェミアの断言に、コーネリアは一つの可能性に気がついた。
これがブリタニアの、シャルル皇帝が作り出したゲーム盤だとしたら、ユーフェミアはゲームのルールを示す案内人なのだ。その案内人が救援は来ないと断言した以上、来ないのだろう。船で脱出は、このゲームでは設定されていない方法なので、他の方法を探すようにと、今プレイヤーである自分たちを導いているのだ。つまり船は存在しない。船を作っての脱出も正規の脱出方法ではない。
このゲームには脱出方法が設定されている。案内人をうまく使いそれらを探し、自力でここを抜け出してみせろと、皇帝は言っているのだ。
そのためにはまず、環境下で生き抜いてみせよと。
それが第一段階。脱出する方法に関しては生活の土台を作ってから。
皇女という地位を忘れ、生きるために案内人に協力せよと。
このユーフェミアが望むままに、ここを整え、指導者としての力を示せと。
そういうことですか、父上。
力をなくし、どこを見ているのかわからないような目をしていたコーネリアの瞳に光が戻った気がした。



「ほんっとに永田のやついねーなー」

この島に来たばかりだから、迷子になったのでは?と、森を探索する際、木にナイフで矢印を彫っているが、それでも戻ってくる気配はなかった。
永田がいなくなってから、扇の指示通り、切った竹や木の枝、石なんかを使って、平坦な土地を耕し、ダイコンや芋を植えた。それらは驚くほど早く成長した。毎日探し回って確保できる食料は少なく、常にお腹をすかせた状態だったため、それらはすぐに胃の中に収まってしまったが、遠くまで探しに行かなくても確実に収穫ができるとわかり、食べられそうなものは何でも植えた。種類ごとに分けるわけでもなく、雑然とした畑ではあるが、食料がそこにあると目に見えてわかると、精神的な余裕は違ってくる。
仙波達を見て、気色悪いと馬鹿にしていたが背に腹は変えられず、バッタなども捕まえて焼いて食べてみた。これが、思ったよりも美味しかった。焼けばパリパリとした食感で、味はエビに似ている。そういえばイナゴの佃煮など、珍味として食べられていたことを思い出す。仙波が、もし昆虫や野生の動物を食べるときは、しっかり焼かないと寄生虫に胃を破られる。逆に焼いてしまえば栄養になると言っていたので、じっくり念入りに何でも火を通した。
蛇やカエルもたまにだが手に入り、だいぶ食糧事情は良くなってきた。
藤堂達はたった三人で、うだうだ騒ぐ自分たちの世話役に一人、食材探しに一人、脱出するための探索に一人と分担しながら、六人が生き残れるだけの食材も集めていたのだから、どれほど大変だっただろうか。
そんな事を考えながら、畑をいじる。

「幽霊ならまた戻ってくるかもしれないだろう。そういえば、前に仙波さんがニンジンを採ってきたよな?」

南の問いに、玉城はそういえば食べたなと頷いた。

「ってことは、どこかに生えてるんだな」
「ニンジンも地面の下だからな、それらしい葉を見つけたら掘ってみよう」

芋は種芋としていくつかに切り埋めるのは当たり前の話だが、この島のダイコンは、葉から少し下を切ったものを埋めただけで再び元のような立派なダイコンが地面の底に生えた。玉城はこれが普通だと思っているようだが、地面に埋めたところで成長するのは葉の部分だけのはずだ。こんなことが現実で可能なら、皆やっている。ありえない成長に気味の悪さを覚えるが、この島の異常性は気づいていないだけできっとたくさんあるのだろう。藤堂たちはその異常性を自分たち以上に感じていたはずだ。

「そういや扇は?」
「さあな。また何か探しているのかもしれない。まあ、俺達だけで食材確保は十分だろう」

魚とりの仕掛けは、あのあと何度か壊れたが、自分たちで直せるようになった。余裕が出てきたから、海で貝や昆布を採ってくることも出来る。全部、藤堂たちが下準備をし、知識を与えてくれたからできることだ。
今彼らがいれば、もっと楽に・・・いやよそう。また振り出しに戻りかねない。
特に、扇が。

「うわああああああああああ」

突然聞こえた悲鳴に、南と玉城は作業を止め立ち上がった。

「なんだ?扇ぃぃぃぃどうしたあぁぁぁ!!」

玉城が声のした方に駆け出した。
今まで凶暴な生物は見ていないが・・・鹿やうさぎ、狐のような動物は見たが、その程度だ。雄鹿は危険だが、今まで見た鹿は皆こちらを見て逃げ出したから、おそらくは牝鹿。今まで見ていなくても、いないとは限らない。
焦る気落ちを抑えながら、獣道を足早に進む。森の中は凸凹しており、調べていない場所に足を踏み入れれば突然大穴が空いていたりしていて危険なのだ。自分たちが作った獣道を外れないよう、早く早くと焦りながら、その場所についた。

「おちつけって!」

先にたどり着いていた玉城が、扇の両肩を抑えていた。明らかに扇の挙動はおかしく、しきりにあちこちを見ているし、その体は震えているように見えた。

「な、永田が!」
「永田がいたのか?」
「い、いた、いたはずだ。俺を、見ていた!」
「扇を?ああ、幽霊だから今は見えないのか?」
「幽霊・・そうだ、俺に、取り憑いているんだ!」
「おいおい落ち着けって。取り憑いてたって問題ないだろ。また俺達の前に出る準備してるかもしれないんだし」

正直言えば、あれが本当に幽霊だったのか、今でも半信半疑だった。永田に変装した誰かの可能性は、否定できない。だって非現実的すぎる。 でも、あれが本当に幽霊だったとしても、あの永田の幽霊なら何も怖くない。なにせ仲間だ。自分たちを心配して化けてでてくるような幽霊なら大歓迎だ。

「扇、お前は永田が見えたのか?」
「み、見えた・・はずだ。声だって!ほら、聞こえるだろ!?」
「・・・悪いが俺には聞こえない。玉城は聞こえるか?」
「いや何も聞こえねーぞ?」

聞こえるのは、木々が風に揺れる音と、小鳥の羽音ぐらいだ。

「もしかして、扇には霊感があるのか?」
「レーノーリョクシャってやつか!?すげー!」
「そんな、お前たちには聞こえないのか、あの声が」
「もし聞こえても、永田のことだ。悪いことは言わないだろう」
「そうだな。扇、お前心配しすぎだ。おーい永田!聞こえてんならさっさと戻ってこいよ!人手が足りねーんだからよ!」

玉城と南は楽観的に捉えていたが、扇は自分がしたことで、永田が怒っていて、取り憑いている、殺そうとしているんだという不安に囚われていた。

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