いのちのせんたく 第160話


食料集めを命令されたヴィレッタは、手早く食材を採取し、足早に拠点に戻ってきた。駆け回ったことで息が切れ、汗が吹き出している。こんな姿で二人の前に出るわけにはいかないと、木陰から二人の安否を確認しつつ息を整える。
遠くから見た感じでは、喧嘩はしていないようだった。
コーネリアには悪いが、ユーフェミアが本物か偽物かはどうでもいい。
問題は、コーネリアがユーフェミアを敵とみなすことだ。
敵ではなく味方なら、偽者でもいい。いや、偽者のほうがいい。協力的な人物で、足手まといにならないなら、こちらの生存率が上がる。なにより、皇帝の関係者である確率が高い。そんな相手と敵対するのは死に直結する。
本物なら、幽霊という話が事実なら、敵対すべきではない。怒らせるべきではない。
何より考えれば考えるほど。それは、とてもとても恐ろしい。
余計なことを考えるべきではないなと一息ついてから二人の元へ向かった。

「コーネリア様、ユーフェミア様、只今戻りました」
「ああ、戻ったかヴィレッタ。ご苦労だったな。こちらも予定通り作業は終わった」
「おかえりなさいヴィレッタ。疲れたでしょう?休んでお水をのんでくださいね」

笑顔の皇族姉妹に迎えられ、先程までの陰鬱とした居心地の悪い空気との差に、ヴィレッタは戸惑いながら頭を下げた。二人の前には、ユーフェミアが作りたいと言っていた物干し台が、多少不格好ではあるがしっかりと設置されていた。藤堂たちの拠点で物干し台を作っているのを見ていたというユーフェミアが、どの太さの竹がどのぐらい必要なのか説明し、二人で竹を切り取り、加工し、設置したのだ。多少の風や雨では壊れないしっかりした作りで、洗われた衣服が風に揺れていた。
物干し竿は、衣服の乾かしだけではなく、食材を干すのにも使える。
そう考えればなかなか便利なものだ。

「では、採ってきたものを分けよう」
「はい。こちらになります」

ヴィレッタは採取したものを手早く取り出した。
ユーフェミアとの言い合いのあと、コーネリアは目を覚ましたかのようにテキパキと指示を飛ばしはじめた。おそらくだが、黒の騎士団の幹部と同じだと言われたのがきいたのだと思う。イレブンの、テロリストの幹部とブリタニア皇族が同レベルなどプライドが許すはずがない。
二人にどこまで出来るかはわからないが、自分たちの分の洗濯と、掃除をしてもらえるだけでも楽になる。この場所では病気と怪我が何よりも恐ろしいのだから。

「あ、そうでした。お姉さま、明日は畑を作りましょう」
「畑を?」

この前も提案したが、結局話しが流れたので、ユーフェミアは改めて提案した。

「はい。普通でしたら作物を収穫するのに何十日も、時には何ヶ月もかかるのですが、この島では数日で収穫できるようになります。畑が完成すれば、遠くまで探しに行く必要がなくなります」
「数日で、ですか」

二十日大根など、一ヶ月とかからず収穫可能な野菜は存在するが、そういう意味ではなくチャとした作物が数日で実るというのだ。にわかには信じられない話に、ヴィレッタは困惑した。

「はい。普通ではありえないことだそうですが、例えばこのじゃがいもを4等分にして土に埋めれば、3日ほどで収穫ができるようになります」
「そんなに、早くですか」
「はい。だから、できるだけ早くに作ったほうがいいと思うの。何種類か植えれば、毎朝畑で収穫するだけでも食材が揃います」
「藤堂たちのところは、そうやって食料を集めているのか」
「はい。安定して食材を集められれば、他のことをする時間もできてきます。あ、そうでした、鶏も飼いましょう。鶏が逃げないよう囲って放し飼いにすると、卵も収穫できるんですよ」

なるほどとヴィレッタは頷いた。
森の中で野生の鶏は何度か目撃したが、すぐに逃げられるし、卵のことまで頭が回らなかった。こちらと黒の騎士団の拠点に大きな差があったわけだ。その日その日の食べ物を集めて回っている間は、生きるだけで精一杯な日々が続くが、その時間を大幅に短縮させる裏技があったのだ。いや、もしかしたら何かしらのヒントが今までにもあったのかもしれない。
弟たちが遊んでいたゲームを思い出す。今まではこの島で生きるというゲームのプレイ方法がわからずにいたが、ユーフェミアという攻略本を手に入れたことで、一気にゲームが進んだ。そんな感じがした。

「なるほどな。だがそれらを一気に作るのは無理だ。まず、畑を作る。ヴィレッタ。お前は畑に植えられる種があれば、それも採取するように。そして鶏を発見したら、捕まえられるようなら捕まえ、むりなら、どの場所にいたかを把握しておくように」
「イエス・ユアハイネス」

はっきりと言えば、今のままでは何日生き残れるかと不安だった。
食材が豊富な場所だが、三人が生きるための作業を一人でやるのは肉体的につらすぎた。自分が全部やらなければいけないという精神的負荷もひどいものだった。だが、二人がこうして動いてくれることで、肉体的にも楽になり、コーネリアがその場その場の指示を出し、責任を負う立場となったことで、ヴィレッタの精神的な負荷は一気に無くなった。
なんとか、なるかもしれない。
ヴィレッタは肩の荷が下りたような気がした。

・・・と、思ったのだが
翌日、午前中の採集を終え、畑の様子を見に来たヴィレッタの視界に入ったのは、疲れ果てたコーネリアだった。その場所にはまだ畑と呼べるものは一つもなく、かわりに膝ぐらいまで入る穴が空いていた。

「はあ、はあ、いいか、動物などっ、落とし穴を掘っておけば、いくらでも捕まえられる。はぁ、はぁ」
「そ、そうですね、お姉さま」

こんな場所に穴をほって、竹などを使って穴を隠したところで動物など捕まらないし、狩猟はそんなに簡単ではない。やったことはないが、獣の通り道に罠を仕掛ける必要があるはずだ。それに、膝ぐらいの深さの落とし穴程度なら野生動物の脚力があれば抜け出せるだろう。だが、コーネリアは、だいたいこのぐらいの大きさでこのぐらいの深さがあれば理論上可能なはずだと自信ありげに言っている。ユーフェミアは困ったように頷きながらそれを見ていた。これは自分がやるから見ていろとでも言われ、どうしたものかと困っているように見える。おそらく、ユーフェミアはこれでは無理だと気づいている。いや、知っているのだ。
だが、止める訳にはいかない。ならば。

「こ、コーネリア様、交代しましょう」
「いや、いい。はぁ、はぁ、ここは、私がやる。ヴィレッタは、畑の方を、作ってくれ。はぁっ、はぁ」

意地になっているのか一人で進めるといって聞かないので、さっさと畑を終わらせて手伝う形にしようと、ヴィレッタは決心した。

「私も手伝います」
 
ユーフェミアは、どこから見つけてきたのかクワを手に近づいてきた。
そう言えばコーネリアはスコップを使っている。聞けば、今朝ここに来たときに落ちていたのだという。ありえないことだと思ったが、考えないことにした。

「あの、ユーフェミア様。コーネリア様は・・・」
「ごめんなさいね。私の兄弟は皆頑固だから」
「あ、いえ、その、」
「でも、やっぱり兄弟ね。落とし穴を掘って動物を捕まえようなんて。」

クスリと優しく笑うユーフェミアに、ああ、クロヴィスもやったんだなとヴィレッタは理解し、手早くクワで地面を耕し始めた。

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