いのちのせんたく 第161話


泥の沼に全身が浸かっているようなだるさが不快だった。
そして、凍えるほど寒い。
全身が冷たく、手の感覚も足の感覚もない。
この場所から離れようと歩いているつもりなのだが、前に進んでいる感触はない。そもそも、どっちが地面なのかもよくわからない。心臓が早鐘をうち、息苦しさに拍車をかける。だが、こんな場所にいつまでもいる訳にはいかない。
帰らなければ。 ナナリーのいる場所へ。
ああ、でもあの子は今、ブリタニア皇帝の、あの男の手にあるのだ。
ナナリーを、取り戻さなければ。
はやく、はやく、あの子のもとへ。
焦り、もがけばもがくほど、ズルズルと引きずり込まれる。
何も見えない、何もわからない。笑えるほど頭が働かない。打開策も何も思いつかず、ただ手足をばたつかせる。
どうすればいい、どうすればナナリーのもとに帰れる?
そんな時間をどれだけ過ごしただろう。
目が回る、吐き気が酷い。
ナナリー、ナナリー、なな、りー

そのとき、優しい声が呼んでいることに気がついた。


「ルルーシュくん、目が覚めた?」

眩しい、明るい。そう思うより早く、声が直ぐ側で聞こえた。
声の主はセシル。
いつもと同じ優しく穏やかな笑みで「おはよう」と言った。
さっき聞こえた声は彼女のものなのだろうか?
もう、どんな声だったのか思い出せない。
夢の記憶などそんなものか。

「おは、よう・・・」

話しづらい。声が、枯れている。

「のどが渇いたのね」

水を持ってくるわね、とセシルが部屋を出た。
・・・部屋。
そう、部屋だ。見覚えのない部屋にいた。
荒く削った木材を組み上げて作った部屋。
組み立てていた家が完成したのか。
窓の部分もくり抜かれているため、青空が見えた。
そうだ、蝶番の部分をどうするかまだ答えが出ていないから、窓をとじることはできないんだったなと、思い出した。少しづつ寝ぼけていた頭が目を覚ましていく。

「・・・今は、何時だ?」

寝過ごした。
いや、この様子だと、何日か寝ていたのかもしれない。
くだらない夢を無駄に見続けていたなんて失態だ。
体を起こそうとしたが、思うように体が動かない。全力でどうにか上半身を起こした時、セシルが戻ってきた。

「ルルーシュくん、無理はしないで。やっと熱が下がったんだから」

ああ、やっぱりそうかとルルーシュは頭を抱えた。
また、体調を崩して行動不能になったのだ。
失態だと舌打ちをしたいところだったが、セシルがいる手前我慢した。

「はい、お水」

水で満たされたコップを手渡され、ルルーシュは素直に受け取った。
思った以上にのどが渇いていたらしく、ごくごくと一気に水を飲み干すと、セシルは水筒からまた水を注ぎ入れてくれた。
どうやらボケた状態で4日、その後熱で3日寝込んでいたという。
・・・7日も。
どれだけ恥を晒せばいいんだ。

「やっと起きたか」

部屋に入ってきたのは、C.C.だった。バスタオルで髪を拭きながら歩く姿に、いままで温泉に入っていたことがわかる。セシルから聞いて上がったのだろうか。

「少しは顔色も良くなったみたいだな」

C.C.はずかずかとルルーシュのそばまで歩み寄ると、屈んで自分とルルーシュの額をあわせた。早朝まであった高熱が嘘のように引いている。これなら大丈夫だろうと、額を離した。

「セシル、交代しよう。あとの面倒は私が見る」

早朝までC.C.が看病し、そこからセシルと交代。C.C.は仮眠と軽食、入浴を終え戻ってきたところだった。ルルーシュの世話と看病であまり休んでいないC.C.だったが、若さからか短い休憩で疲れが抜けたように見え、いろいろあって疲れ切っていたセシルは、無理はしないでねといいおいて部屋を出た。

「・・・そういえば、」
「スザクなら今はいない」

口にする前に言われ、ルルーシュはむっと口を閉ざした。

「そう怒るな。予定外の事態が発生しただけだ」

ルルーシュにと入れられた水を飲み干しながらC.C.が言った。

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