いのちのせんたく 第166話


扇の様子がおかしい。それは前々からわかってた。
扇には霊能力でもあるのか、永田が姿を消した今も「永田がいる」「永田の声が聞こえる」という。永田も卜部も元々幽霊だから、今は普通の人間には見えない状態に戻っただけで、まだそのへんに居るのだろう。成仏してないなら、また話ができるようになるかもしれない。この状態でも意思疎通できる扇が羨ましい。何を話しているのか通訳してほしいと玉城と南は考えているのに、扇は永田を怖がっているようで、常にビクビクと辺りをうかがっていた。
そんな扇の様子に、玉城と南は首を傾げるしか無い。
永田はこの変な島でどうやったら生き残れるか、どうやったら快適になるかを教えてくれて、救援が来るまで生き残れるよう手伝うから頑張ろうと励ましてくれていた。その永田が扇に危害を加えるはずがない。一番意味がわからないのは、永田が何かを言っているのか聞いても扇は教えてくれないことだ。

「おっかしーよなー?」
「・・・なにがだ?」

いきなり言われてもわからないと南は若干呆れながら言った。

「いやだからさ、おかしいだろ?」
「主語を言え主語を。何がおかしいんだ?」
「扇だよ扇!」

わかるだろ普通!と玉城が言うが、そんなのわかるはずないだろうと南は呆れながら言った。

「たしかに、扇の様子はおかしいな」

情緒不安定すぎる。
突然なにもないところを見て永田がいると怯えだす。
聞いてもなんでもないと笑うが顔は青い。

「永田は幽霊だし、もしかして取り憑かれたとか?」

ケラケラと笑いながら玉城は言った。
仲間の永田が取り憑いても害なんてあるはずがないと、心から思っているからこその笑いだった。南もあの永田は自分たちの知っている永田だと信じているし、あの永田が扇に取り憑いて悪さをしているとは思えなかった。

「そもそも、永田が何かを言っているらしいが、その内容を隠す理由はなんだ?・・・もしかして、永田は助けを求めてるんじゃないか?例えば、姿を消した理由が崖から落ちたとか、川に流されて身動きが取れなくなったとか。だからSOSを送ってきていて、扇がそれを受け取ったとか・・・」

話しながらそれはないなと南は思わず笑った。大体、扇の反応はどう考えてもそういうものではない。

「助け?それってヤバイだろ!探したほうがいいんじゃねーか!?」

玉城は南の話を真に受け、仲間なんだから助けに行かないと!と、騒ぎ始めた。そもそも今は扇以外に見えないし触れない幽霊なんだから「んなことありえねーだろ」となる話だったのだが。仲間の危機ならどんな無謀な内容でも救援に行こうとする。それが玉城の数少ない良いところか。

「助けは冗談だ。俺たちに見えないし触れないってことは、壁だろうがなんだろうがすり抜けるし、空も飛べるんじゃないか?ほら、言ってただろ?俺たちをずっと見ていたって」
「あー、言ってた言ってた」

この島に来てから、いや、島に来る前から永田は見ていたという。
見られていた覚えはないし、見れるはずのないこと・・・あのブラックリベリオンの戦場で俺たちがどう戦ったのかも永田は把握していた。つまり、空を飛べて上から見ていたというのはあながち間違いではないだろう。
その状態に戻ったなら、崖から落ちたり溺れたりはしない。

「んじゃあ、なんで永田を怖がってるんだ?」
「それがわかってたら、こんな話してないだろ」

そりゃそうかと玉城は笑った。
南はゆっくりとあたりを見回してからため息を吐いた。扇は今ここにはいない。河原の視界が開けている場所での会話だから、扇が近くで聞き耳を立てていたらすぐにわかる。こんな会話、扇に聞かれるわけにはいかない。
最近は疲労が溜まっているのか目の下に隈ができているから、今日はゆっくり休めと洞窟で眠らせている。夜もよく眠れていないらしい。島での生活でいちばん大事なのは病気と怪我に注意することだと卜部と永田に口うるさく言われただろうと言い聞かせた。
ここでの生き方もいくらかわかり、食料も確保しやすくなった。前のように食糧問題で慌てなくてもいい。ならば、今は扇の精神が安定するまで休ませるべきだろう。今まで溜まっていたストレスが原因かもしれない。

「ストレスか。・・・もしかしたら」
「あん?」
「副司令という地位は、俺達の想像以上に重圧がすごいのかもしれない」

いや、実際には想像できないほどのプレッシャーがあるはずだ。
もう、小さなレジスタンス組織ではない。
ブリタニアと戦争をするほどの組織にまでなったのだ。
しかも、この短期間で。
玉城はともかく、南も重要な役割を与えられ、その重圧を感じることがあるが、扇が抱え込んでいるものほどではなかった。急成長する組織と重圧に扇の精神は追い詰められていたのかもしれない。

「どういうことだよ?」
「多くの団員をまとめるだけじゃない、死んだ団員に対して負い目とか、責任とかそういうものを扇は抱え込んでいたんじゃないか?」
「はぁ?なんだそれ」
「永田が俺達の前に現れて、そして突然消えたことで、永田がまた死んだのかもしれない、自分が死なせたのかもしれないって思い始めて、今は混乱してるのかもしれない。本当は永田はここにはいないのに、永田が自分を責めているような幻覚や幻聴が聞こえているとか・・・?」
「・・・ってことは、永田の幽霊が見えてるわけじゃないのか?」
「きっと永田が言うはずのない、扇を責めるような言葉が聞こえているんだ。でも、扇は永田はそんなことを言うはずがないとわかってるから、余計に追い詰められている」

これは永田じゃない。でも、永田が見えるし声が聞こえる。信じた仲間に追い詰められる。そこまで扇の精神が追い詰められ、錯乱するほどだったとは今まで気づかなかった。そもそも扇はどちらかと言えば気が弱くお人好しだ。争いを好み、人を殺すことになんとも思わないような人間じゃない。仲間の死の責任を感じないようなやつではなかった。

「・・・じゃあ、俺らはどうすりゃいいんだ?」
「今できるのは、ゆっくり休ませることだ。俺たちが余計なことを言っても幻覚も幻聴も聞こえない。こればっかりは、また永田が戻ってくるか、あるいは扇自身が乗り越えなきゃいけないことだろう。永田の話は、しばらく禁止にしよう」

そう考えれば、今のこの生活はそう悪くはないだろう。
誰も殺さなくていい、誰にも殺されることもない。
危険がないとは言わないが、食料もこうして集められるし、温泉もある。 追い詰められていた心を癒やすには、戦争のことや日本のことを一時忘れることも大事だろう。
副司令が不在になってどれぐらいたったかわからないが、ゼロという優秀な指揮官がいるのだからどうとでもなるだろう。カレンもいるしラクシャータたちもいる。元々ちいさなレジスタンス組織だった自分たちより優秀な人材はゴロゴロしているのだから。・・・本心を言えば今すぐ戻り、日本奪還のため戦いたいが、どのみち救援が来ないことにはどうにも出来ないのだ。それなら、今は扇の心を癒やすために行動しても問題はないはずだ。

「そうだな、話してもで永田は戻ってこねーしな」
「ああ。それよりそろそろ昼飯にしよう。畑の様子を見てきてくれ。俺は扇を見てくる」
「わかった。収穫できそうなのがあったら取ってくる」

玉城は食材は俺に任せろ!と、その場を後にした。

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