いのちのせんたく 第167話


林の中を進むと、草が生い茂る平地に出た。
その一角を石や折った枝でどうにか掘り起こし、石を取り除き、さつまいもを切ったものや、あつめた種をうえた畑があった。まわりの雑草がひどいため、知らなければここに畑があるなんて気づかないだろう。しかも耕しているというより、種を植えれる程度にしか掘っていないため、ぱっと見畑だとわからないかもしれない。それでも苦労して作ったものだから、自分たちとしては自慢の畑だった。

「お、できてるじゃん!」

どんなに不格好でも、ちゃんと畑としての役割を果たしていて、そこには真っ赤なトマトが1つ実っていた。うろ覚えの知識だが、細い竹を使って添え木もしておいたのも良かったらしい。まるまると大きく美味しそうに育ったトマトにかぶりつきたいところだが、調子の悪い扇に栄養のあるものを食べさせなきゃなと我慢した。

「あとは・・・まだだめか」

人参も大根も、まだ小さい葉しか出ていない。
植えた場所を覚えていなければ雑草と区別がつかないぐらいささやかな葉だ。
南が言うには、深く土を耕していないから地面が固く、根があまり伸びないから店で売っているような立派な大根や人参にはならないらしい。だからこれに関してはあまり期待はしていない。さつまいもは十分育っていたので引き抜いて大きなものだけいくつか回収した。小さい芋は埋め直して種芋になってもらう。それだけで両手は一杯になったため、玉城はその場を後にした。
さつまいもには飽きていたが、この土地で一番収穫しやすいのがさつまいもだ。なにもなくて飢えるよりはマシだから、必ず収穫するようにしている。河原に戻ると、扇が温泉に入っていた。表情が暗く、うつむいている。ここ最近ずっとあんな感じだ。

「南、獲ってきたぜ」

扇が変なことをしないよう・・・なにせ温泉は川岸にある。突然川の方に飛び出して溺れたりする可能性も十分ありえるため、南が扇を監視していた。「扇はそんな弱くねーよ!」と、前なら言えたが、ここまでおかしくなった扇は見たことがないため、今は何も言えない。「俺なら余裕で副司令やれるのにな」と思っていたが、扇の様子を見る限り想像以上にきつそうだった。扇が優しすぎるからだと思うが、いまそんなことを考えても仕方はない。

「ああ、トマトが出来たのか」
「あんなんでも出来るもんだな。あとでもう少し畑を大きくしようぜ」

できればトマトも3個ほしい。ならば3倍にすればいい。

「そうしたいが・・・」

南は扇をちらりと見た。
玉城が戻ってきたことにも気づいていないようだった。
玉城一人に作業をやらせる訳にはいかないが、かといって扇を一人には出来ない。交代で見張る手もあるが、飽きやすい玉城は見張りには向かない。

「扇も連れて行こうぜ。寝袋持っていけば、あっちで寝てもおなじだろ?」
「それもそうか」

この島はあまり虫はいない。
草むらは多いが、羽虫の類がほとんどいないため、岩場で眠るより草むらで眠るほうが地面が柔らかくていいかもしれない。

「うあ、わあああ!な、永田!!違う、俺は!!お前が!!」

温泉に入っていた扇が突然騒ぎ出し、南と玉城は慌てて駆け出した。
バシャバシャと温水の中でもがいている扇をどうにか取り押さえる。自分が温泉に入ってることさえ忘れたのか、錯乱したのかわからないが、溺れかけたのをみて二人は冷や汗をかいた。

「扇!扇!!目ぇ覚ませ!!扇っ!!」
「扇、大丈夫だ。永田はいない!ここに、永田はいないんだ!!」

二人の呼びかけで、扇の興奮は次第におさまり、はっと目を覚ましたかのような顔をして玉城と南を見た。まるで今まで本当に寝ていて、気がついたらここにいたかのようだった。

「あ?え、ああ、玉城、南・・・」
「おいおい、大丈夫かよ扇」
「ああ、・・・ここ、温泉か?」

自分がどこにいるかようやく理解し、扇は言った。

「寝汗がひどかったから、さっぱりしたいってお前が言ったんだぞ」
「そ、そうだったか?すまない・・・」

そこまでいってから、扇はキョロキョロとあたりをも回した。永田を探しているのだ。玉城と南は顔を見合わせた。

「扇、もうそこからでろ。のぼせるぞ」
「ああ、そうだな」

南に支えられながら、扇はお湯から出た。
ここ最近で一番マトモな反応だった。

「そーだ、見ろよ扇!トマトだぜトマト!」
「どうしたんだそれ?」
「収穫したんだよ、俺が!」

玉城は胸を張り答えた。

「この前植えたトマトのタネが育ったんだ」
「ああ、あれが」

トマトを植える時、扇もいたから覚えていたのだ。

「昼飯食ったら、畑を広げるからな!」
「・・・そうだな、そうしよう」

その顔はつきものが落ちたようだった。 もしかしたら「永田はもういない」という言葉が効いたのかもしれない。
そういえば、南も玉城も「そこにいるのか?」「きっとそのへんで見守ってるんだ」ということばかり言っていたような気がする。それも暗示のようになっていたのかもしれない。時折永田を探すようあちこち見回すことはあったが、それ以降、扇が錯乱することはなくなった。


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錯乱スザルルCカレあたりはありだけど錯乱扇に需要はないな(悟り)

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