いのちのせんたく 第169話


ヴィレッタは、ひたすら竹を切り倒していた。斧で切り倒すのはそこまで難しくないが、鶏を放し飼いするための柵を作るのに必要な竹は想像以上に多かった。そして、そこに誘い込むための導線となる仕掛けにも竹を使うことになるから、今までに切り出した量の10倍は用意しなければならない。
ヴィレッタは荒い息を吐いた。足がふらつく。でも、まだ足りないのだ。

「はああああぁぁぁっ!」

残りかすになった気合をかき集め斧を奮ったが、軽い音が鳴り響き竹に少し刃が刺さったところで斧は止まっていた。
ポタポタと滴り落ちる汗が地面を濡らす。呼吸が整わないせいか、クラリと目が回った。ずるりと手から斧が滑り落ちたが、拾う気力がもうなかった、疲労から腕が痙攣しているのがわかる。
もう無理だとヴィレッタはその場にしゃがみこんだ。
滝のような汗を手の甲で拭い、ふらつく腕を伸ばして荷物を手繰り寄せる。力の入らなくなった手で水筒をどうにか取り出し、貪るように水を飲んだ。
どう考えても、一人でやる作業ではない。
だが、皇女にこんな作業をさせるわけにいかない。
柵を作り追い込むという案を出したのはヴィレッタなのだから、やはり無理でしたとは言えない。肉を手に入れるには飼育し繁殖させるのが一番だとユーフェミアが言った以上、それを無視し蛇やカエル、魚で食事を作り続けるのは無理だ。
となれば、ヴィレッタが一人で竹を切り出し、平地に囲いを作り、そこに鶏を追い込まなければならない。そこまでを、一人で。それも、最速で。せめてセシルがいたらと思うが、いない者のことを考えても仕方がない。畑作りと今日の食料集めを二人がしてくれるというのだから、それだけでも恐れ多いことなのだ。

「こんなペースでは何日かかるか・・・」

切り倒された竹を見て、その少なさに絶望する。
弱音を言っても仕方がない。やらなければ。
まだ力の入らない体で立ち上がろうとしたが、突然後ろから口をふさがれ、体を拘束された。なんだ!?一体なにが!?コーネリア様!?いや違う、これは男の手だ。力が強く、振り解けるものではない。
敵が、いたのだ。
そもそも、黒の騎士団の拠点が2箇所もあるのだから、女三人だけしかいないこの拠点を制圧しに来るのは当たり前のこと。
あのユーフェミアが大丈夫だと言ったから安全だとどうして考えてしまったのだろう。安全なはずがない。敵は、こちらの人数も場所も全て把握しているのだ。生きた皇女を人質に取れば、皇帝と交渉できると考えてもおかしくはない。どうする!?そうだ、ナイフが・・・

「まて、私は敵ではない」

間違いなく、男の声だった。
だが、その声は。

「いいか、手を離すから大声を出すな。姫様方に気づかれては面倒だ」

ヴィレッタがコクリと頷くと、大きな手は拘束を解いた。
まさか、そんな。
だが、ユーフェミアがここに居るなら、ありえるのだ。
あれが本当に死者で、実体化した幽霊なら、ありえることなのだ。
後ろの気配がゆっくりと動き出すのを感じ、ヴィレッタは、固唾をのんだ。

「驚かせてしまったな」
「・・・ダールトン、将軍・・・」

ヴィレッタの正面に回り膝をついたその男は、今は亡きダールトン将軍その人だった。慌てて居住まいを正そうとしたが、ダールトンは「そのままでいい、今は体を休めろ」とヴィレッタを制した。

「これだけのこと、女で一人でやるには無理がある。私が代わろう」
「ダールトン将軍、それよりもコーネリア様のところに」
「いや、私はまだ姫様に会うつもりはない」

いつも姫様姫様とコーネリアに従っていた男が、きっぱりと断言した。
本当にこの男はダールトンなのか?やはり偽物なのでは?ユーフェミアが本物で幽霊が実体化したものだと受け入れかけたが、このダールトンもユーフェミアも、死者を演じている誰かなのでは。
ヴィレッタの動揺に気づいたダールトンは、苦笑いし頬をかいた。

「私が姫様の元へ行けば、ユーフェミア様の努力を無駄にしてしまうだろう。今、ユーフェミア様は多くのことを学び、実践し、成長しておられる。もしかしたらコーネリア様もまた、今以上に成長されるかもしれない。それを邪魔するわけにはいかんのだ」

だから、この島で死者が実体化するのを目の当たりにしていたが、この地に自分が加わる事は考えていなかったのだという。だが、やはり女性三人だけの土地ではどうしても力仕事で無理がでてしまう。しかもそのうち二人が皇女となれば、ヴィレッタは自分ひとりでやらなければと無理を重ねる。それを目の当たりにし、これはいかんな。と思ったら、ここにいたのだという。

「私の、ために、ですか」

見えない存在が自分の心配をしてくれていたことに、ヴィレッタは驚き、同時に今まで張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたのを感じた。自分の意志と関係なく、両目に涙があふれる。「それだけ無理をしていたのだ」と言いおいて、ダールトンは斧を手のとると、次々と切り倒していった。
それからどれぐらい時間がたったのだろう、いつの間にかヴィレッタは眠っていたらしい。目が覚めたると体にダールトンの上着がかけられており、そのダールトンはと言えば、竹を弦でひとまとめにし縛り上げているところだった。そうして積み上げられた竹の量は驚くほど多く、思わず目を瞬かせてしまった。

「ああ、起きたようだな」

全て縛り終えたダールトンは、笑顔で近づいてきた。

「も、申し訳ありません」

醜態だと、ヴィレッタは慌てて立ち上がった。

「気にするな。この竹は予定地に運び、柵も作っておく」

見ていたからすべて知っていると笑った。

「いえ、私も」
「いや、この島ではやることもないからな。力仕事は請け負おう」

コーネリアは基本拠点から動かない。行っても畑周辺だ。実体化してしまったダールトンは、コーネリアの行動範囲外で新たな拠点を作り、裏方の仕事を人知れず行いたいと言ってきた。ダールトン一人であれば余裕で生活できるから何も問題はないという。
とてもありがたい話だった。
だが、そこまで甘えていいものなのだろうか。

「ふふ、やっぱり来たのね」

突然聞こえた声に、ダールトンとヴィレッタは驚き振り返ると、そこにはユーフェミアがいた。

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