いのちのせんたく

第 175 話


「なぜわかる?」

コーネリアはユーフェミアに訪ねた。
ユーフェミアは聞かれた意味がわからず小首をかしげていると、ヴィレッタが「雨が降ることに、いつどうやって気づかれたのですか?」と助け舟を出した。普通であれば皇族である二人の会話に割って入ることなどできる身分ではないのだが、コーネリアの質問の意味を理解していないことが誰の目にも明白だったため、つい口を出してしまった。やってしまった・・・と思い、どんな処罰が下るだろうかと身構えたヴィレッタだったが、コーネリアは特に気にした様子はなかった。
ヴィレッタは疲れもあって今までの言動をあまり覚えていないようだが、こういうことは今までに多々あったので、コーネリアもユーフェミアも今はヴィレッタの口出しについてはよほどのことがない限り許している。

「・・・詳しくはわかりませんが、もしかしたら私がすでにこの世のものではないから、かもしれません」

なぜだろう?と、改めて考えてみたが、これ!と言えるような理由が思い浮かばなかった。理由はわからないが、以前もユーフェミアは雨が降ると知り、実際に雨が降った。だから今回も間違いなく雨が降るだろう。いや、間違いなく降るという確信がある。それをどう説明すればいいのだろう?説明するための言葉が思い浮かばない。クロヴィスやダールトンたちはすぐに信じてくれたが、それは同類だから感じるものがあったのかもしれない。ルルーシュたちがクロヴィスの話を信じたのは、それまでに積み上げた信頼からくるものだとすれば、単純にユーフェミアとコーネリアの信頼関係が足りないということだろうか?

「この世のものでなければ、我々が気づかないものを感じる、ということか?」
「そうです。それに、前回の雨も私は事前に降ることに気が付きました」
「前回も?そうか、ユーフェミアは毎回天候の変化に気付けるということか。それは助かる」
「はい」

コーネリアがなるほどと頷くと、ユーフェミアはわかってもらえたことが嬉しかったのだろう両手を合わせ頷いた。だが、この会話を聞いていたヴィレッタはざわりと背筋が震えた。姉妹の和やかな会話にも思える。コーネリアの声音も先程より・・・疑問を口にしたときより柔らかく感じる。だが、これは。

「それで、ユーフェミア。前に気がついたときもちゃんと伝えたのか?」
「ええ、もちろんです」

ヴィレッタはハッとなった。
前回の雨は突然降った。
でも、私達は聞いていない。

「私はつい疑ってしまったが、前回はすぐに信じてもらえたようだな」
「ええ、クロヴィスお兄様はすぐにわかってくれました」

その名が出た瞬間、コーネリアの気配が一変した。
穏やかな空気はもうそこにはない。当然だ。コーネリアは情報を引き出すために話を合わせていただけに過ぎない。そして、目的とは違っただろうが、新たな情報を引き出すことに成功した。
ユーフェミアは、目の前にいる姉の表情が、穏やかな笑みから一変し、険しい顔になたことに最初戸惑ったが、自分の失言に気づき思わず両手で口を押さえた。
クロヴィスがいることを知っているヴィレッタは一瞬目を泳がせたが、コーネリアはユーフェミアしか見ていなかったため、ヴィレッタの動揺には気が付かなかった。

「今、クロヴィスと言ったか?」

恐ろしいほど冷たく、低い声だった。
ユーフェミアは誰の目から見ても明らかに動揺し、目を泳がせていた。口を滑らせてしまったのだとそれだけでわかる。だが、どういうことだろうか。クロヴィスはゼロの最初の被害者だ。つまり、ユーフェミア同様すでに死んでいる。

「それは、あの、」

ユーフェミアはどうにかごまかさなければと思ったのだろうが、言葉が出なかった。
コーネリアは、ユーフェミア以外の死者を知らない。
他に死者がいることを知るヴィレッタとは違う。
ユーフェミアは一瞬助け舟を出してくれないかとヴィレッタを見たが、ヴィレッタは二人のやり取りを見ているだけで何も言わなかった。当然だ。口を出せばクロヴィスがいることを知っていたことになってしまう。コーネリアもつられてみたが、ヴィレッタが困惑していることに違和感を感じることなく視線をユーフェミアに戻した。

「クロヴィスも、いるのか?この島に」
「あの・・・クロヴィスお兄様も幽霊として・・・」

クロヴィスも実体化し、ルルーシュたちと一緒にいるということは隠し通さなければならない。だからユーフェミアはクロヴィスには以前の自分と同様実体がない幽霊の状態だということにした。だが、ユーフェミアの嘘は下手すぎた。
クロヴィスがユーフェミアのようにこの島で暮らしているとすれば、ともにいるのは間違いなくブリタニアの関係者だ。クロヴィスそっくりの人物を用意し、同じような実験を同時に開始した可能性のほうが高い。つまり、この島のどこかに同様の水源があり、ブリタニア人・・・もしかしたらブリタニア軍人がいる。このユーフェミアが本物であるなら、このような不便な場所で姉を過ごさせるより、部下や臣下のいる場所へ行くように進言するはずだ。
だが、それをこのユーフェミアは拒絶しているように思える。
合流されると困るからだ。
やはり、このユーフェミアはユーフェミアに似た別人の可能性が高い。幽霊や死者がここにいると信じかけていたが、やはりこれは何かしらの実験なのだ。それも、皇族の死者の姿を使う理由のある実験。
もう一つの実験場を見つけることができれば・・・そこにいる者たちと情報を共有できればこの場所で行われている実験の全容が判明するのではないか?

「クロヴィスもこの世のものではないのだから、自分で気づくのではないか?」

他の実験場の存在に気づいたことを悟られるわけにはいかないが、もっと情報を引き出せないだろうか?と、コーネリアは考えた。

「それが、私以外は雨のことに気が付かないみたいです」
「私以外は、か。クロヴィス以外にも誰かいるのか?」

ユーフェミアの顔色がみるみる青ざめていく。これはコーネリアの誘導がうまいというよりも、ユーフェミアがうかつすぎるのだ。幽霊が自分だけだとしたいなら、発言に注意を払う必要がある。失言でクロヴィスの名を出してしまったなら、自分とクロヴィスだけだと言い切れるよう会話に注意をしなければならなかった。だが、それができなかった。
コレは危うい。
もし、ダールトンのことを知られたらどうなるだろう。
ダールトンの存在を隠しているのはヴィレッタもおなじだ。そのことを知られた時・・・ユーフェミアはともかく、ヴィレッタは間違いなく処罰されるだろう。ユーフェミアとダールトンが偽物で、コーネリアとヴィレッタを騙して何かをしている人物だとすれば、ヴィレッタは騙す側に加担していることになる。
どうすればいい?
どうするのが最善なのか。
ヴィレッタは唇をかみながら二人の動向を見守った。

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