いのちのせんたく 第18話

「そう、ゆっくり飲みなさい。焦らなくていいからね。ゆっくりでいい」

力なく寄りかかっているルルーシュの体を支えながら、クロヴィスはルルーシュの口に当てた水筒をゆっくりと傾けた。ルルーシュの瞳はうっすらと開いてはいるが、その瞳は暗く淀んでいて、生気は感じられず、視線は定まっていない。それでも、クロヴィスの言葉は理解しているのか、口の中に水が流れていくと、ゴクゴクとその水をゆっくりと飲み続けた。

「このぐらいでいいかな?大丈夫かい、ルルーシュ?」

クロヴィスは水筒を床に置くと、ルルーシュの濡れた口元をタオルで拭ったが、ルルーシュは無反応のまま、呆けた瞳で宙を見続けていた。顔色は相変わらず悪く、体温が異様に低い。体温調整ができなくなっているのだろう。まるで死人のようなその姿に、クロヴィスは悲しそうに眉尻を下げた。
ルルーシュの体を静かに横たえると、クロヴィスは自分とスザクが使っている毛布を箱から取り出し、ルルーシュの体の上に掛けた。
スザクは気づいていなかっただろうが、ルルーシュがこの状態になったのは初めてのことではなかった。クロヴィスは死んでいる間もルルーシュの様子を感じていたから知っていたが、やはり知識で知っていても、実際にこうしてその状況を目の当たりにすると、その異様な状況に知らず恐怖を感じ、体が竦んでしまう。
この島に来てからも、ルルーシュはこの状況になっていた。ユフィがルルーシュに会って話がしたいと、眠るルルーシュに干渉してしまい、ルルーシュのトラウマとなっている行政特区の記憶を揺さぶって、心の傷を抉ってしまったあの日と、クロヴィスがここに来て、怯えたルルーシュがスザクの側から離れなかった日以外、ルルーシュはまともに眠っている日など無かった。いつもは洞窟の奥に横たわり、壁に体を向けているため、スザクが気づいていなかっただけにすぎない。
いや、ユフィが干渉した日もまともに寝ているとはいえないだろうが、悪夢に囚われていても朝まで眠り続けていたのだから、眠れている方なのだ。普段はほとんど眠ることは出来ず、1日3時間眠ればいい方だろう。
今もクロヴィスの言葉に反応こそしていないが、眠っているわけではない。間違いなく起きている事をクロヴィスは知っていた。自我を無くしたように、暗く沈んだ瞳で、ただ宙を見ている。・・・自我を無くしたというのは正しいのかもしれない。今のルルーシュは起きてはいるが意識はないような状態だ。壊れた心はこうやってルルーシュが意識を手放した隙にも顔を覗かせる。
こうして体を壊し、日中この状況にならない限り、クロヴィスも知らないふりを通すつもりだったが、こうなった以上もうそれも出来ないだろう。必ずスザクは気づいてしまう。それならば少しでも体調と精神面を回復させ、この状態を短くしなければならない。
体温が低くなりすぎているので温めて、話しかけながら水分を取らせる。あとは・・・、C.C.はこの後どうしていただろう?ルルーシュを抱き枕にした添い寝にも意味があったのだろうか。行政特区の記憶を見た日は、スザクが抱きしめていた。クロヴィスが来た日もルルーシュはスザクから離れようとせず、スザクもルルーシュを離すことはなかった。だから朝まで眠れていたのか?そうだ、C.C.はルルーシュが眠るまで話しかけていたはずだ。
クロヴィスはルルーシュの横に、自分のマットと寝袋を敷くと、そこに身を横たえ、ルルーシュの体を毛布ごと抱き寄せ、背中をポンポンと優しく叩いき、その暗い瞳を見つめながら、クロヴィスはどうにか引き攣りながらも顔に笑みを乗せた。この瞳を見ながら笑うのがこんなに辛いとは思わなかった。C.C.が自然に笑っていたので、大したことではないと思っていたが、意識をしっかり持たなければ、この暗く濁った瞳に飲み込まれそうだ。

「さて、ルルーシュ、兄さんと少し話をしようか?とはいえ、私が話したことは正気に戻った君の記憶に残らないようだし、返事もできないのだから、実質私の独り言なのかな?本当に無理をし過ぎだよ、ルルーシュ。今の君はゼロではないから無理をすることなど無いのだよ?ここにはスザクも居る、今は私も居る。無理をする必要など無いのに、私達に頼れば済むことなのに、どうして自分で動こうとするのかな?そんなに私達が信用出来ないのかな?いや、君の場合信用する以前に、誰かに頼るということが出来ないのかな?・・・父上は相変わらず酷いことをするものだね。君の支えであったナナリーを引き離し、友人のスザクを監視につけることで、逃げ道を塞いで追い詰め続けている。おかげで君はどんどん悪化していった。・・・君がリフレインを自分に打とうとした時は慌てたよ。死者である私にもユフィにも君を止める術がなくてね。ああ、私には何も隠さなくていい、私は死んでいたから全て知っているんだよ。行政特区で何が起きたのか、どうして君のギアスが、あのタイミングで暴走したのか、全部ね。全部といえば、ルルーシュ、知っていたかい?父上は、君とナナリーのことを愛しているのだそうだよ?私やユフィのこともね。ただ、生死は関係無いそうだ。愛する人間が死んでいても生きていても同じだと考える人の愛情を信じることなど、私には出来そうにないよ。ましてやマリアンヌ様が亡くなり、ナナリーも集中治療室から出ることの出来なかったあの時に、傷ついた息子に対し、生まれた時からずっと死んでいる、生きていないなどと、言える人間に、愛を語る資格など無い」

絶望に染まり暗く深い闇を宿した瞳は、先程よりも明るさを取り戻しているようにも見える。体温もだいぶ上がったようで、顔に血の気が戻ってきていた。クロヴィスは背中を叩くのをやめると、その手でルルーシュの両眼を閉じた。

「話しすぎたね、少し眠りなさいルルーシュ。そうだ、子守唄を歌ってあげよう。覚えていないだろうが、私はルルーシュとナナリーがまだ幼かった頃、お昼寝の時間に子守唄を歌って寝かしつけたことがあるんだよ?ルルーシュはすぐに眠ってくれたのに、ナナリーがなかなか眠らなくてね。さて、今日もすぐに眠ってくれるかな?」

クロヴィスはルルーシュの眼を塞いだまま、昔歌った懐かしい子守唄を歌い始めた。
洞窟の中からクロヴィスの子守唄が聞こえてきたので、スザクは気付かれないようにその場所を離れた。
ルルーシュの状態が気になって、急いで戻ってきたのだが、クロヴィスの姿が見当たらず、洞窟の中から何やら動く気配と声が聞こえてきたので、気配を殺し、様子をうかがっていたのだが、そのことに気づいていないクロヴィスは、ルルーシュに優しい声でなにやら話しかけていた。最初は記憶を戻したルルーシュとクロヴィスの会話かと思ったが、ルルーシュの声が一切聞こえず、クロヴィスの話の内容も奇妙だった。あんな話をクロヴィスがしていたら、ルルーシュは必ず何かしら反応をする。だが、それがないから、眠っているルルーシュに話しかけているのかとも思ったが、最後の言葉でそれも否定された。
起きているのに反応しない?あのルルーシュが?そんなことあるのだろうか?
気になったのはそれだけではない。ルルーシュがリフレインを自分に打とうとした?あのルルーシュが薬を?それに、行政特区でギアスが暴走した事に何か理由があるというのか?そして生きていないのだという皇帝の言葉。
スザクは今聞いた内容の整理がつかず、ひとまず落ち着くために頭を冷やそうと、川で魚を取るために着ているものを脱いだ。




「ほら、ルルーシュ。もう少しこっちにおいで」

夕食を食べ終え、火の始末も済ませたスザクは、さっさと洞窟内に入ると、ルルーシュを自分の寝床まで移動させ、未だ体温の低いその体に自分の分の毛布だけではなくラウンズのマントも掛けてから抱き寄せた。意識のあるルルーシュなら確実に逃げ出すだろうが、今は人形のように何も反応を示さず、スザクの腕を枕代わりに横になり、暗く淀んだ瞳をただ前に向けているだけだった。
あの後、ルルーシュを眠らせることに成功したクロヴィスは、今のルルーシュの状態をスザクへ説明した後、1時間ほどで眼を覚ましたルルーシュをスザクに会わせた。
クロヴィス同様、最初はそのルルーシュの様子に愕然としていたスザクだが、日が落ちるまでクロヴィスと二人で、どうすれば水を飲むか、どうすれば物を食べさせられるかと、人形のようなルルーシュを構い倒したおかげで、もうすっかり、このルルーシュにも慣れてしまった。毒舌家で捻くれているルルーシュが、此方の言葉に素直に従う姿はまるで別人のようで、頼りないその様子は恐ろしいほど庇護欲をそそった。
美しく意思を持たない生き人形。いつも以上に心惹かれるのは、現実味が欠けて見えるせいだろうか?それとも、このルルーシュなら敵として戦うこともなく、無茶な行動もせず、大人しく守られてくれるからだろうか。だが、あの力強い意志を秘めた瞳と力強い言葉が無いのは物足りない。
クロヴィスの話を信じるなら、ルルーシュの体調が回復し、精神面が安定すれば元の状態に戻る。ならば、少しでもルルーシュが安心できるよう、スザクとクロヴィスは普段通りにルルーシュに接して、ルルーシュ本来の意識が目をさますのを待つだけだ。スザクはルルーシュの頭を抱き込むように、優しく抱きしめていると、トイレに行っていたクロヴィスが戻ってきて、自分の寝床からルルーシュがいなくなり、スザクの腕に抱きしめられている姿を見、驚き、声を荒らげた。

「スザク!添い寝は私がすると言っただろう、ルルーシュをよこしなさい!」
「え?でも、クロさん昼間添い寝してたじゃないですか。夜は僕が一緒に寝るので、クロさんはゆっくり休んで下さい」

言い争いの声は聞かせないほうがいいなと、スザクは枕にしていない方の手でルルーシュの耳を塞いだ。

「私は大丈夫だ。ルルーシュだって実の兄である私のほうが安心できるはずだ」
「実の兄より、親友の僕のほうがルルーシュは落ち着きます」
「親友と言っても、君はルルーシュを裏切って監視しているじゃないか」

流石全てを見ていた死者。突かれると痛いところもしっかりと知っている。何も言えなくなったスザクに、クロヴィスは勝ち誇った笑みで「さあ、返しなさい」と、横になっているルルーシュに手を伸ばしたが、何かに気がついたかのように途中でその手を止め、溜め息を吐いた。スザクはルルーシュへ視線を向けると、先程まで開いていたその瞳は閉じていて、どうやら眠っているようだった。

「・・・しかたがないね。起こすのは可哀相だから、今日はスザクに預けるが、明日からは兄である私が添い寝するからね」

クロヴィスは不満げにスザクを睨んでから、自分の寝床をルルーシュの後ろへ移動させ、そこに横になった。
ルルーシュを挟んで大の男二人が並んで寝ているこの図はどうなんだろうか。あ、ルルーシュも男だから、男三人か。しかも僕達結構デカイよね。傍から見たらどう思うんだろう、この状況。スザクは思わず苦笑し、静かに眠るルルーシュを抱きしめる腕にわずかに力を加えてから、そのさらりと流れる黒い髪に頬を寄せ、瞼を閉じた。






・ルルーシュ・
 *暫くの間行動不能になりました。
 *会話が成立しなくなりました。
 *腕の怪我と痣は治っていません。

・スザク・
 *ルルーシュを心配している。
 *多少開き直った。
 →ルルーシュへの過保護度が上がった。
 →クロヴィスへの信頼度が上がった。
 →クロヴィスへの嫉妬心と敵対心が上がった。

・クロヴィス・
 *ルルーシュを心配している。
 →ルルーシュへの過保護度が上がった。
 →ルルーシュへのブラコン度が上がった
 →スザクへの嫉妬心と敵対心が上がった。


これでルルーシュは確実に動けなくなったので、スザクロ(ルル)組の難易度が跳ね上がるはず!
難易度を上げるためにルルーシュを潰したのはやり過ぎたかな。
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