いのちのせんたく 第19話

「こっちはミントが混ぜられているんだね、いい匂いだ。ルルーシュ、今日はこれを使おうか。少しの間眼を閉じていなさい」
「って、なにしてるんですかクロさん!!」

ここ最近の朝の日課である罠回収を終え、海から戻ってきたスザクは、お風呂に入っている兄弟を見つけて、慌てて駆け寄った。クロヴィスの言葉に素直に両目を閉じたルルーシュの髪を、一昨日ルルーシュがミントを混ぜて作った石鹸を使い、丁寧に洗っていたクロヴィスは、何でスザクが慌てて走ってきたのだろうと、不思議に思いながらもその手を休めることはなかった。さわやかなミントの香りが辺りに漂い、心なしか髪を洗われているルルーシュも気持ちよさそうにしているように見え、そのことが妙に腹立たしくて、スザクは思わず眼を細めてクロヴィスを見た。

「何って、見ての通りルルーシュをお風呂に入れているんだよ。体温もなかなか安定しないことだし、イレブンは温泉に入って体を治すと、何かで読んだことがあるからね。昨日は一日寝かせていて入浴できなかったのだから、丁度いいだろう?」
「湯治、ですか。確かに今のルルーシュにはいいかもしれませんが・・・殿下がそのようなことをなさらなくても、自分がルルーシュの入浴を手伝います」

兄が弟の世話をしているのだと、クロヴィスの言動からもわかっているが、自分のものを取られたような気がして仕方がないスザクは、部下である自分が世話をすると言ったが、クロヴィスは爽やかに笑いながら首を振った。

「スザクにばかり負担をかけるわけにはいかないからね。ルルーシュの世話は出来るだけ私がするから安心しなさい。・・・こうしていると、ルルーシュがまだ幼かった頃、一緒に入った事を思い出すよ。あの時もこうやってルルーシュの髪を洗ってあげたんだよ」
「殿下が、弟君の入浴を?」

その言葉にスザクは、驚くしかなかった。ナイトオブセブンとなり、皇帝や皇族の護衛も仕事に含まれたことで知ったが、皇族には身の回りの世話をする侍従が何人もいて、入浴する際も体や髪を自分で洗うことは殆ど無く、体を拭いたり、衣服を着る時でさえ侍従に手伝わせるのが一般的だった。ルルーシュとナナリーは全て自分達でやっていたので、そのことを知った時は、自分の耳を疑ったものだ。そんな皇族の一人であるクロヴィスが、自分の手で弟の入浴を手伝ったなど、本来ではあり得ない話だった。

「マリアンヌ様は庶民の出だということは知っているね?オデュッセウス兄上と二人でアリエスに遊びに行ったことがあってね、その時幼かったルルーシュは、手に持っていた飲み物を零してしまい、着ていた服が濡れてしまったのだ。それを見て、ちょうどいいから兄弟でお風呂に入って行ってくださいと言われてね。どうやら庶民は兄が弟をお風呂に入れることが当たり前らしいんだが、なにせ私も兄上も、それまで一人で入浴などしたこともなくてね。アリエスには他の後宮のように入浴を手伝ってくれる侍従はいなくて、私と兄上は、必死になってルルーシュを洗ったり着替えさせたりしたものだよ。あの日以降、私は一人で入浴をするようになったが、母上と何度も口論になった。皇族が自分で身の回りのことをするなど恥だとね。でも、自分のことも出来ないほうが恥だと私は思う。・・・いい経験をしたと今でも思っているよ」

泡が湯船に入らないようにと、湯船の外にいたクロヴィスは、湯船に入ったままのルルーシュの上半身を自分の体に寄りかからせるようにしていたので、スザクはその横に置かれていた竹製の手桶を手に取ると、湯船のお湯を掬った。

「自分が流しますので、ルルーシュの眼に入らないよう注意して下さい」
「・・・そうだね、では任せようか」

クロヴィスは片手でルルーシュの体を支え、洗って泡を落とした掌をルルーシュの顔の当てたので、スザクはルルーシュの頭に手を伸ばし、その泡を洗い流した。ルルーシュは相変わらず何も反応せず、されるがままの状態で、昨日と何も変わっていないように見えた。
白磁の肌に未だに残る痣は痛々しく、腕の傷は一昨日よりは良くなっているが、やはり治りが遅いように思える。本来痛いはずのその傷に、ルルーシュは一切の反応を示さない。その上、今はまるで人形のように自我を持たず、暗い眼をただ開けて呼吸をしているいるだけ。痛々しいその姿に思わず眉を顰めたスザクを見て「ここまでの状態になったら、回復には時間がかかるんだよ」と、クロヴィスは苦笑しながら言った。

「ということは、初めてじゃないんですよね?今までどうしていたんだろう」
「ルルーシュの側には頼りになる共犯者殿がいたからね」

クロヴィスはそれ以上話を進めるつもりはないのか、口を閉ざした。共犯者、つまりC.C.のことかと、スザクは眉根を寄せた。彼女はこの状態のルルーシュの世話もしていたのか。そもそもこの状態にルルーシュがなる原因はC.C.なんじゃないか?それなのに、彼の側にいたなんて図々しいにも程がある。クロヴィスがルルーシュの濡れた前髪を掻き上げると、温泉で温まったせいか、昨日一日青かった顔に赤みがさしていて、思わずほっと安堵の息が漏れた。そんなスザクを見ていたクロヴィスは苦笑するしか無かった。 疲れた時の昼寝用にと、川辺には人が一人横になれる程度の大きさの、竹で作った小さな小屋があり、何度もこれから温泉に入れるのだからと、ラウンズのマントを羽織らせただけの状態のルルーシュをそこに寝かせて毛布を掛けた。温泉に入ったからなのか、体が温まったからなのか判らないが、ルルーシュは横になるとすぐに眠りについた。その様子を確認してから、クロヴィスとスザクは、朝食の準備に取り掛かった。

「ルルーシュがこの状態なので、今日は罠の回収だけで、海に仕掛けるのは止めました。多く取れても、処理しきれませんから」
「そうだね、食材を無駄にしてしまうと、ルルーシュが怖いからね」

なにより無駄を嫌うルルーシュだ。食材も綺麗に使いきるし、いくら野草が豊富だとはいえ無尽蔵ではないのだからと、保存の出来ない食材のストックは持たないようにしている。当たり前だが、ここには冷蔵庫がないので、竹の筒と、冷たい川の水を利用して油などは保存しているが、スザクがいれば、欲しい材料を前日に言っておくだけで、当日の朝には大体揃うので、多く摂る必要もない。ただ、海の仕掛けに関しては取れない日もあるだろうからと、保存食を作る事も考えて多めにとってはいたので、暫くの間は、今日取ってきた分や、ルルーシュが作っていた干物や燻製、すぐ近くで捕れる場所で取れる川魚やカエルなどの食材で様子を見るべきだと判断したのだ。海の魚がなくなっても、食材は豊富なのだから、無理をする必要もない。
昨日も魚に塩を振ってから焼いて、芋と大根と山菜、昆布を一緒に煮た物を食べた。魚はともかく、煮物は正直いって美味しくはなかった。やはり野生の品種だけあり、固いし、アクがかなりあり、これなら素直に芋と大根を焼いて食べたほうが良かったかなと思いながらも、ルルーシュに怒られたくはないのできっちり完食していた。ルルーシュには小骨を取った魚を卵でとじたものを食べさせた。半分ほど食べてくれたが、それ以上食べてくれなかったので、残った物を食べてみたが、魚の臭みが出ている上に、味付けをすることを忘れていたため、美味しくはなかった。

「とりあえず、料理、してみますか」

今のルルーシュには、できるだけ柔らかく、少量で、栄養価のあるものを与えたい。そうなると焼くより煮る方がいい。煮ることは簡単だが。昨日の失敗もある、やはり問題は味付けだ。灰汁は出来るだけ取るようにするが、ハーブの類いはよく解らない。ワインや酢の使い所も解らない。使えるとしたら、昆布類と塩。

「ルルーシュが作っていたものを見よう見まねでやってみるしか無いだろうね」

クロヴィスは楽しげにそういった。
作った料理はやはり不味く、僕たちはなかなか箸が進まなかったが、ルルーシュは昨日と同じぐらい食べていた。もしかしたら味覚も麻痺しているのかもしれないねと、クロヴィスが困ったようにつぶやいていた。






わずかに浮上した重い意識を、冷たく暗い水底のような場所から無理やり引きずりあげた。夢か現実かわからない感覚の中で鉛のように重い瞼を持ち上げると、目の前に有り得ない物が見えて、ああ、これも夢かとそう思った。
視界の中にいるのは、無防備なままぐっすりと眠る童顔の、かつて友人だった男。こんな姿を見るのは、幼いころ一緒の布団に寝て以来か。偽りの友人という関係となった今では、もう見ることの出来ない姿だなと、泥の中を泳いでいるかのように重苦しい意識の中でそう考えていると、背中に何か温かいものが当たった。
寝返りをうつように、体の向きをどうにか変えると、スザクとは逆側に、自分がこの手で撃ち殺した腹違いの兄の寝顔が見えた。気持ちよさそうに眠るその姿に、ああ、これはきっと心の中にあったのだろう願いを、夢という形で見ているのだろうと、納得した。
銃を向けられ、怯えている兄の頭に銃口を向け、引き金を引いた。
恨まれる覚えはあるが、こんな風に自分を殺した仇である俺の側で、穏やかに眠っているなんてあるはずがない。ルルーシュは仰向けに横になり、そのまま天井へと視線を向けた。何も見えないはずの空間に、手を伸ばしながら、ああ、やはりこれは夢なのだと思った。





・ルルーシュ・
 *暫くの間行動不能になりました。
 *会話が成立しなくなりました。
 *腕の怪我と痣は治っていません。

・スザク・
 *ルルーシュを心配している。
 *料理がまずくてだんだんテンションが下がってきた。
 →ルルーシュへの過保護度が上がった。
 →クロヴィスへの信頼度が上がった。

・クロヴィス・
 *ルルーシュを心配している。
 *料理がまずくてだんだんテンションが下がってきた。
 →ルルーシュへの過保護度が上がった。
 →ルルーシュへのブラコン度が上がった


クロヴィスは心配して離れないだろうし、スザクも気になって探索はしないで、二人揃ってルルーシュを世話する流れになってしまいました。
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