いのちのせんたく 第28話

朝。
鳥のさえずりが聞こえてきて、ルルーシュは目を覚ました。
目は覚めたが、まだ眠い。こんな感覚は久しぶりだなと、再び毛布の中へ顔を埋めた。 ある時を境に、食欲だけではなく、睡眠欲も激減し、何日も眠らない日もあった。最初のうちは薬を使い無理やり眠ることもあったが、眠らなくても何も辛くなかったし、思考が鈍ることもなかったので、猫の手も借りたいほど忙しい時だ、眠らなくていいならその分他の作業ができるじゃないか。使えるものは何でも使うべきだ。それが自分自身なら尚更だ。これだけ優秀な脳は擦り切れるまで使わなければもったいない。そう思い、眠るのをやめて8日目に意識を無くした。
意識が戻った時目の前にいたのはC.C.で「お前、丸一日人形のようだったぞ?」と言われ、最初は何を言っているのか解らなかったが、何度も同じような状態になった事で、ようやく自分の中で何かが壊れていることに気がついた。C.C.には「今更気がついたのか、相変わらず自分のことには鈍感なんだな」と呆れたような、どこかホッとしたような口調で言われた。
あの頃から、人間の三大欲求の一つである睡眠欲が完全に麻痺していた。
再び意識をなくさないために、限脳は休ませる必要があると判断し、体の状態がわからない以上、睡眠薬を飲むことは止め、ベッドに横になり、静かに目を閉じる事にした。何度も、C.C.が人形と表現した状態になりながら、それでも2時間ほど睡眠が取れることがわかった。

「食欲も無い、睡眠欲も無い、性欲は・・・まあ、ルルーシュだから仕方が無い。お前、このまま行けば本当に・・・」

C.C.は事あるごとにそう言っていたが、ゼロは無。何もない存在なのだから、そうなったとしたら好都合じゃないのか?と答えていた。
ああ、でもこうやって<眠い>という本来あるべき欲求を感じるのは悪くない。
うつらうつらと心地よい微睡みの中を漂っていると、すぐ横にあった何かがごそごそ動き出し、そこから無くなった。それと同時に体の上にあったらしい重みも消えた。

「ルルーシュ、起きてるの?」

そう優しく、穏やかな声をかけられ、ああ、そういえばスザクが側で寝ていたんだなと思い出した。まだ抱きしめたままだったのか。体温を維持するためとはいえ、こんな風に抱きしめてくるなんて、たとえ友人だとしても普通有り得ないだろう。C.C.といい、俺は抱きまくら扱いなのか?そう思いながらも、久々のこの感覚から抜け出したくなくて、その声には答えず、更に毛布の中へと潜り込んだ。
それからどれぐらい経ったのかは判らないが、次に目を覚ました時にはスザクの姿はなく、体の上に、自分の毛布とラウンズのマントだけではなく、スザクの毛布と開いた状態の寝袋も掛けられていることに気がついた。
夜はスザクの体温で。スザクがいない間はこれだけのものを使わなければ、この体は体温が維持できていないらしい。
多少体温が低くても問題はないだろうに、スザクとクロヴィスはどうも過保護すぎるなと思わず苦笑した。
心配してくれるのは嬉しいのだが、二人の優しさを感じる度に、二人は俺の敵で、俺は二人にとって憎むべき仇なのだということを忘れそうになってしまう。
本来憎み合う仲だというのにな。
すでに睡眠欲は完全に消えていたので、寝床から出ると、ラウンズのマントを肩にかけ、側で眠るクロヴィスを起こさないよう洞窟を出た。
外は相変わらずの晴天で、さわやかな風が吹いている。ここに来てから1度も雨が降っていないのだが、意識のない間に振ったのだろうか。・・・いや、多分天気は変わらなかったのだろうな。この島は、自然に出来た島ではない。明らかに何者かの意志で創りだされたものだ。まさに箱庭だな。
誰の仕業かは知らないが、必ず出口を見つけてみせる。
だが、それを見つけたとして、ぬるま湯の中にいるようなこの島から離れることは出来るのだろうか。再び修羅の道を歩むことが出来るのだろうか。ナナリーが俺の手を離れてしまった今、敵であるスザクが、この手で殺したクロヴィスが傍にいるこの環境から抜け出せるのだろうか。まるで美味しい匂いに誘われ、罠にハマり抜け出すことのできなくなった虫の気分だ。
そう思いながら、道具置き場へと移動し、箒を手にとった。まずは掃除からだ。日時計を確認すると、いつもより1時間ほど長く寝ていたようだった。自堕落な生活は嫌いだが、たまにはこういう日があってもいいだろう。
掃除を終えたら、寝袋と毛布を干す。その後は朝食の材料を持って河原へ。顔を洗った後、鶏の柵へ向かい、昨日とは違う場所に卵があれば今朝産まれたものだから、それは収穫する。その頃にはスザクが戻ってきているだろうから、朝食の準備を始める。
今日一日の行動を考えながら、ルルーシュは箒を動かした。




朝。
何かが動く気配を感じて、スザクは目を覚ました。
それは、この腕に抱きしめて眠っていたルルーシュで、しばらくするともぞもぞと、毛布の中へ潜っていった。
こんな行動をしたのは初めてじゃないだろうか?既に頭しか見えないその人をじっと見ていたが、その後動く気配はない。起きているような気もするし、寝ているような気もする。
無意識の行動だとは思うけど、昨夜眠った時からルルーシュはスザクの服の裾を掴んだままだった。
どうしようか。そろそろ起きる時間ではあるが、動いたらルルーシュが起きてしまいそうで動けない。こうなると、腕枕は失敗だったと後悔したが、今更仕方が無い。さらりと流れる黒髪に手を滑らせ、何度か撫でてみるが反応はない。そっと頬をなでてみるが、やはり反応はない。眠っているんだろうか?それとも感覚がないため気づいていないのだろうか。どちらにせよ、この様子なら動いてもわからないだろうと、スザクは体を起こした。腕に乗せていた頭もそっと降ろし、服を掴む指もゆっくりと外す。反応なし。これなら大丈夫だろう。
完全に体を離し、寒いだろうと自分が使っていた毛布と、くるまっていた寝袋のチャックを完全に開き、それも一緒に上にかける。これで少しは暖かければいいんだけど。そう思っていると、流石に毛布2枚にラウンズマントと寝袋は重かったのか、ルルーシュがもぞもぞと反応した。

「ルルーシュ、起きてるの?」

そう声をかけるが返事はなく、もぞもぞと毛布の中へとさらに潜り込み、頭も見えなくなった。
寒いのだろうか?感覚はおかしくなっていても、実は脳が認識しないだけで、体は寒さを感じている?真偽は解らないが、そのまま動かなくなったルルーシュを残し、スザクは洞窟を出た。
いつも通り気持ちがいいほどの青空が広がっていて、風が心地いい。ああ、今日もいい天気だなと、思わず顔がほころぶ。全身を伸ばすよう軽くストレッチしてから、河原へ向かい顔を洗った。
まずは鶏の確認。柵は壊されていないし、獣は入り込んでいない。そもそも鶏を襲う獣は居るのだろうか?判らないが、まあ、何事もないならそれでいい。スザクはその足で海岸へ向かった。海の罠を回収したら川の罠。今日は起きるのが少し遅かったから探索は後にしよう。きっと海から戻った頃には、ルルーシュが朝食の準備を始めている。しばらくすればクロヴィスも起きて手伝い始めるだろう。きっと二人でおいしい朝食を用意してくれるに違いない。そう思うと、自然とスザクの足は小走りになった。
この場所には不思議な力が満たされいる。ざわざわと何かがうごめいているような気配を感じることがある。それが何かはわからない。敵意や悪意は感じないが、じっと誰かに見られているような気がする。もしかしたらこの気配も死者のもので、死者がこの島の者たちを観察しているのかもしれない。あるいはもっと別の存在か。
この島の奇妙な生態系や、変わらない天気にも関係していることなのかもしれないが、考えたところで答えは出ない。害がないなら今はいい。たとえどんなに奇妙な場所でも、生きる術が用意されている。この島の謎も、帰る方法も、いつかきっとルルーシュが見つけてくれるだろう。
投網を設置した場所まで来ると、網の先端部分を手にとった。

「さて、なにか捕れたかな?」

スザクはそう言うと、重みを増した網を力いっぱい引っ張った。




朝。
目を覚まし、寝ぼけた頭で辺りを確認すると、既に二人は起きているらしくそこには自分一人だった。
いつものその光景に、クロヴィスはあくびを一つした後洞窟を出た。
外は既に明るく、今日も1日が始まったのだなと、高台の上から周囲を見渡した。
まずクロヴィスの目に映ったのは、芸術家の心を引くことのない青空だった。
天気の変化もなく、空には雲ひとつ無い。風は常に同じ方向に、同じ強さに吹き、気温に変化もない。
作られた自然、作られた天候、作られた風。
どうしてこんな場所が出来上がり、生者と死者がこの地に集まったのかは解らないが、ルルーシュの言うとおり、これは本来有り得ない場所だ。生者の二人には普通に感じられる風景かもしれないが、死者から見れば異様としか言えない場所。まるで神が創りだした、捕獲した人間を飼育するために整えられた不自然な箱庭。
視線を下に向けると、河原の釜戸で朝食の準備を始めているルルーシュの姿が見えた。 8年前に死んだと言われていた異母弟。再会出来たと思ったら、今度は自分が死んでしまった。二度と話すことも、触れ合うことも出来なかったはずの存在の片割れ。まさかこんな状態で共に過ごすことが出来るなんて、思いもしなかった。
従者一人居ない上に、屋外での生活など想像さえしたことはなかったが、少しでも頼りになる兄だと思われたくて、なれない作業も喜んでやった。お陰で今まで知ることのなかったことを知り、出来なかったことが出来るようになった。死んでからいろいろな経験をすることになるとはな。クロヴィスは苦笑しながら今の生活を思い浮かべた。
この場所には戦争が、争いがない。ルルーシュを惑わす存在は、今のところ無い。
その種は至る所に撒かれてはいるが、幸い今まで此方に誰も来ることはなかった。
だからこそ、この箱庭にいる間、ルルーシュは穏やかな感情を取り戻していた。それはもしかしたら、スザクがいるからかもしれないが、この地にいる間は、生存し、脱出方法を探す以外することもない。つまり誰かを殺すことも、誰かに殺されることもない、暗殺の心配はなく、誰かを傷つける必要もない場所。ルルーシュにとっては生まれて初めて訪れた安全な土地といえる。
だが、その不穏な種が何時芽吹くかわからない以上、早めに手を打たなければならない。黒の騎士団の一部が合流しようとしているという情報をユフィは残していった。
それも、ルルーシュにとって必要な人物であるC.C.がその中に入っているというのだ。
漂っている間に見ていた、問題のある者達は置いていくメンバーに入っていることも確認済みだ。ならば、ぜひとも彼らは此方に引き込みたい。
可能だろうか、この私に。皇族という立場を無くした唯のクロヴィスに。
生きている間には決して自分の命を危険に晒すような事はしなかった。周りを屈強な兵士が固め、優秀な参謀があらゆる策を練ってくれる。危険な賭けをし、大切な物を失うリスクを犯すことなど無かった。どんな願いも、どんな命令も即座に聞き届けられた。それは皇族という生まれゆえ。

「さて、私のような人間に、どこまで出来るかは解らないが、可愛い弟のためだ。既に死んでいるこの身。決死の覚悟というものをしてみるかな」

自分が使っていた寝袋などを干し、クロヴィスはルルーシュのいる河原へと足を向けた。





ユーフェミアは一時?スザルルクロ組から離れました。
そしてユーフェミアの情報というチートを使い、クロヴィスにも合流フラグが立ちます。
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