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ぽつり。 冷たいものが額に当たり、藤堂は額に手を触れた。指先に透明な液体がつき、これは水かと、思わず藤堂は空を見上げると、そこには今まであったはずの青空はなく、替わりに暗く重く、そして厚い雲が空一面を覆っていた。 「いつの間に」 いや、考えている暇はない。 今まで変わることのない天気に油断していた。 藤堂は思わず舌打ちをすると、急ぎ拠点へ戻るため、今来た道を引き返した。 あの雨雲は、雷雲だ。 そして、間違いなく大雨を降らせるだろう。 今、自分たちの拠点は河原なのだ。急いで撤収し、あの高台にある洞窟へ避難しなければ危険だ。 氾濫した川と荒れた海がどの程度この地に影響を及ぼすか想像はできない。 まだ降らないでくれ。藤堂は心の中で神に祈りながら、足を進めた。 ぽつり、ぽつり。 「ん?」 手に冷たいものが当たり、朝比奈は思わず空を見上げた。そんな朝比奈に気がついた仙波もつられて空を見上げる。 数分前まで青空だったはずなのに、いつの間にか雨雲が広がっていた。そんな二人の様子に、渋々ながら魚の取り方を教えられていた三人も空を見上げた。 「うわ!雨だ!雨が降るぞ!やばいんじゃねーか!?」 「とりあえず川から上がろう」 「ああ、急ごう!」 服を脱ぎ、川へ入っていた三人は、慌てて岸へと上がった。バスタオルで体を拭く暇もないと言いたげに、すぐに衣服を身に纏い始める。 「どうすんだよ!雨が降っても雨宿りできる場所なんてねーぞ!!」 衣服を身にまといながら、睨みつけるような視線を朝比奈と仙波の方へ向け、怒鳴りつけるように玉城はいった。この態度に腹を立てた仙波は眉を寄せ、険しい顔でじろりと玉城を睨みつける。殺気の籠もったその視線に、玉城は気圧され、口を閉ざした。 「雨をしのげる場所はあっただろうが!お前たちがあの洞窟内を汚すから使えなくなっただけで!そのことを忘れたという気か!!」 普段であれば朝比奈が怒鳴るところだ。だが、先に仙波が怒鳴ったことで、玉城はあっさりと口をつぐんだ。 「そうかもしれないが、今それを言っても仕方が無いじゃないか。あの場所は今使えないのだし、どうすればいいんだ?この空ではすぐに止むとは思えないし・・・」 扇がそう仙波に訪ねてくるので、仙波も朝比奈も呆れてしまった。 他力本願にも程がある。此方に聞けば全て答えが返ってくると思っているのだろうか。指示には従わないくせに、問題が起きたらこうやって、自分で考えようともせず、全て此方に頼るのだ。これで幹部だと言うのだから本当に呆れてしまう。人の上に立ち、人に指示を出す立場にいていい人間ではない。 確かに自分たちも最終的には藤堂の指示を仰ぐが、全てを藤堂に丸投げするような真似はしない。 此方の顔色を伺うように、眉尻を下げ見つめてくる扇に、朝比奈は情けないと思いながらも口を開いた。 「どうするも何も、洞窟へ行くしか無いでしょ。あれをやらかしたの誰だっけ?やらかした人がまず責任をとって清掃してきなよ」 「清掃ってあれをか!?」 最初は、再び使用できるようにと、藤堂、朝比奈、仙波の三人は、扇たちが汚した後を片付け、清掃し、乾燥させるという作業をしていたのだが、そのことに目ざとく気がついた扇たちは、すぐにそこを汚した。最近はそこを平然とトイレ呼ばわりする始末だ。 「こういう事態を想定して行動していた俺達の苦労を常に無駄にしてたの誰だっけ!?いいから早く片付けてこいよ!せめて雨止どり出来る程度に!」 「なら、皆でやるべきだろ!?なんで俺達だけで・・・」 「汚した犯人だからだよ!いいから行けよ!」 朝比奈に怒鳴りつけられ、流石にこの天気では急がなければいけないと判断した扇は、玉城と南を連れて、荷物を持って洞窟へと向かった。 「へん!俺達が片付けるんだから、俺達だけで使うからな!!」 玉城はそう言いのこして、走っていった。 後に残された仙波と朝比奈は、深い深い溜息を付いた後、荷物をまとめ始めた。 「どうします?正直言ってあんな臭い洞窟入りたくないですよ。大体、あんなんじゃ座れないですしね」 「同感だ。だがこの辺りで雨をしのげるのはあそこだけだろう」 その仙波の言葉に、朝比奈はきょろきょろとあたりを見回した。せめて雨宿りの出来る木でもあればいいのだが、残念ながらそれに適したものはこの辺りにはなかった。だが、朝比奈は少し思いついた事があった。 「・・・そうでもないですよ。ほら、あの奥に岩でできた高台があるじゃないですか。あそこにこの前切ってきた竹と、そこに生えている弦とかを使って、枠を組んで、屋根みたいなの設置できないかな?」 何かに使えるかもしれないと、先日朝比奈が切り出してきた竹がかなりの量河原に放置されていた。大小様々な岩が不自然に集まっている高台へそれらを運び、一番高い場所にある岩へ並べて重石を乗せるだけでも雨はしのげるかもしれない。 仙波は朝比奈の言葉に、完成するまでは体が濡れてしまうが可能だろうと判断し、まずは荷物をそちらへ移動してから、竹を運び始めた。そもそもあの三人が洞窟へ入れてくれるとも思えない。どうせ濡れるのであれば離れたいものだ。 仙波が岩場で屋根を汲み上げている間に、朝比奈は薪になりそうな枝が完全に雨で濡れてしまう前にできるだけ回収し、岩場へ運んだ。ファイアースターターは持って行かれてしまったので、河原の焚き火の火をこちらへ移動し、どうにか火も維持することも出来た。 「こんなことなら、前もって用意するんだったか」 「用意してもあいつらに壊されるだけですよ。薪と荷物は運び終わったかので、僕はここを支えますね」 「ああ、頼む。まずは焚き火だけでも濡れないようにしなければな」 同じぐらいの長さに切りそろえた竹を弦で縛り、板状にする。それを立てかけたり、重ねたり、さらに縛り付けたりと、手際よく作業をこなしている間に、雨脚は強くなってきた。 「藤堂さん、戻ってこれますかね」 「万が一無理でも、あのお方なら何も問題ないだろう」 「まあそうですね」 ようやく組み上がった竹の屋根は、大人三人が横になっても余裕がある広さだった。まだ竹はあるので、すべての面を囲めるようにすることも可能だ。二人は屋根の下へ潜り込むと、濡れた体をタオルで拭いた。湿った薪も乾かすように焚き火の側に置いてから、二人はようやく一息ついた。 「雨水確保した方がいいですよね」 幸い扇たちは、薪と芋、そしてヤカンを入れていた箱を置いていっていたので、それは此方で回収していた。朝比奈はヤカンを取り出し、雨水が入るよう外へと置いた。芋もあるので、火さえあれば食料もしばらくはどうにかなるだろう。本降りになり始めたた時、森から一人の影が河原へ出てきたのを朝比奈が見つけ、屋根の下から出ると、大きく手を振り、叫んだ。 「藤堂さん、ここです!」 その声に気がついた藤堂は、朝比奈の姿に気が付き、高台に向かって走ってきた。 「よかった、間に合ったようだな」 「ええ、これで安心です」 藤堂が走ってくるのを見ていた二人は、戻ってきた藤堂に一礼すると、すぐに屋根の下へ潜り込んだ。すぐにバスタオルで三人共体をふき、焚き火であたたまる。念のためにと、今のうちにいくつかさつまいもも焼き始めた。 「まさか雨が降るとはな」 「本当ですね。さっきまであんなに天気が良かったのに」 「この天候の変化は不自然すぎると思いませんか」 その仙波の言葉に、藤堂も朝比奈も頷いた。不自然な青空が続いたと思ったら今度は不自然な雨雲と雨。やはりこの島は自然のものではないのかもしれない。考えてもしかたのないことだと、藤堂は持っていたリュックを開いた。先日探索中に見つけたこのリュックは、藤堂が持ち歩き、探索中に見つけた食料を入れて持ち帰るようにしていた。今日はカエルが豊富に居たのでリュックには5匹入っていた。それに加えウサギも見つけたので捕獲し、入れていた。横からリュックを覗いた朝比奈は、予想以上に藤堂が捕まえてきていたことに驚きと喜びの声を上げた。 「これで食料は大丈夫ですね。水は雨水で十分ですし。それに、この竹の屋根も雨漏りしませんし洞窟に行なくて正解でしたね」 さすが仙波さんですよね。と、朝比奈は手放しでこの竹で作られた囲いを褒めた。仙波は手先が器用で、若い頃は大工仕事も経験しており、こういう日曜大工的なことは得意だった。 「そうだな、これならば強風が吹かない限り数日降っていても大丈夫だろう。問題は薪か」 「それは高台にあるものを拾うしか無いですよね。焚き火の側で今みたいに乾かすしか無いですよ」 その時は体が濡れてしまうが仕方が無いだろう。火を絶やす訳にはいかないのだから。だが、あの河原にためていた薪を朝比奈が持ってきていたので当面問題はなかった。 「そういえば、扇たちはどうした?」 藤堂は、この場所には二人しか居ないことに今更ながら気がつき、そう尋ねた。 「洞窟です。掃除してこいって言ったら、自分たちだけで使うと言ったので、仙波さんがここを作ってくれたんです」 「この高台に竹で屋根を作るというのは朝比奈の案です。まあ、あの洞窟には行きたくはありませんでしたから、よく思いついてくれたものです」 その二人の言葉で、そういえばあの洞窟は扇たちのせいで使用できなかったなと、藤堂は思い出した。そんなことも失念するとは、よほどこの天候の変化に慌てていたということだろう。確かにあの洞窟へは正直入りたくない。仙波が急遽作ったというこの場所で十分だ。扇たちも子供ではないのだし、近々我々と別れるのだから、今こうして別れているのもまたいいだろう。藤堂はそう考えることとし、今のうちにカエルとウサギを捌いてしまおうとナイフを取り出した。 「くっせえええええええええ」 「うっ」 「いいから手を動かせ、げほ、ごほっ」 扇たちは洞窟へ着くと、その床に自分たちがばらまいたものの始末を始めたが、あまりの匂いに鼻が曲がりそうになっていた。だが、少しでもそれらのものを外に出し、匂いを減らさなければならない。 「何でここをトイレにしたんだよ!」 「最初にそうしたのはお前だろう玉城!」 「それはそうだけどよ、だって、あいつらがここを使うって言うからよ」 「でも、外で眠るより、最初からこの洞窟で寝起きしたほうが良かったんじゃないのか?ここなら静かだったし」 「それをやったら、誰が夜中に焚き火見るんだよ」 「交代で起きて見ればよかっただろ。朝比奈たちもそう言ってたじゃないか」 「お前だってあの時は全員河原でって賛成してただろ。今さら何言ってんだよ」 「お前と扇がそう言うから」 「俺達のせいだってのか!?」 「そうは言っていないが・・・」 「大体な、朝比奈たちがうるさすぎたんだよ。雨が降ったら川が汚染されるから穴をほって埋めろとかぐちぐちと。だから雨が降っても大丈夫なようにここにしてたんだよ」 そんな言い合いを始めた玉城と南を横目に、扇は石や木の枝を使い、汚れを掻き出していった。川の汚染など考えている暇は今はない。こんな場所に座れるとは思えないが、少しでも匂いを減らさなければ息ができない。なんでこんな事になってしまったのだろう。 朝比奈たちが来て、手を貸してくれないだろうか。彼らならきっとてきぱきと片付けてくれるに違いない。ふと視線を河原に向けると、朝比奈と仙波は荷物を持って洞窟とは逆方向の高台へ移動してく。高台では仙波が何やら作業をし、朝比奈が河原と高台を何往復もして、どうやら竹を運んでいるようだった。 「おい、二人共見てみろ。朝比奈達は高台へ行くようだぞ」 その奥義の言葉に口論をしていた二人は扇の指さした方へ視線を向けた。 「あんなところで雨がしのげるわけねーじゃん」 「玉城があんなことを言ったから、来るのをやめたんじゃないか?」 「へっ、いいんだよほっとけ。雨に打たれて風邪を引けばいいんだよ、あんな奴ら。俺達にだけ嫌な仕事押し付けるような奴らなんだからよ」 「・・・まあそうだな。文句ばかりで正直うるさいと思っていたところだ。雨の間だけでも離れられるのは嬉しいかな」 その言葉に二人も同意を示し、さっさとここを片付けようと手を動かし始めた。 食料も、焚き火も、水の用意でさえまだしていなかったことに気がついたのは本降りになってからだった。 騎士団男組はとにかく衛生面に難有り。 藤堂たちがいるのに、どんどん環境が悪化しています。 扇たちは雨が止むまで座ることも出来ず、火もなく、水は雨水をそのまま飲み、食料もないという過酷な状況に突入。 |