いのちのせんたく 第31話


ぽつり。

額に何かが当たったことに気が付きスザクは空を見上げた。
先ほどまで雲1つない青空だったはずなのに、いつの間にかドス黒い雨雲が空を覆っていた。しかもこれは雷雲だ。

「うわ、まずいっ」

天気が変わらないなんて、今朝考えたせいなのかな?
こんなことなら、早朝にすべての罠を回収してしまうんだった。
ルルーシュが気になって、半分残したのは失敗だったか。
スザクは慌てて回収した罠を一纏めにすると、ここに来るまでに採取したものを入れたリュックを背負い、拠点めがけて全力で走った。この雲は不味い。拠点から海までの道は既に整備が終わっているので、走るのに何も支障はない。このペースなら数分でたどり着けるだろう。早く荷物を洞窟へ運ばないと雨量によっては川が増水する可能性が高い。ルルーシュとクロヴィスだけで全てを運べるとは思えない。なにせ、川の中に竹筒に入れて冷やしている食材もあるのだから。本降りになる前にたどり着かなければと、ただひたすらに走り続けた。




ぽつり、ぽつり。

川原の石に、丸い濡れたような点を見つけ、ルルーシュは首を傾げた。上を見上げると、少し前まで青空だったはずなのに、雷雲が空一面に広がっていた。不思議なことに、それだけ厚い雲が空を覆っているというのに、周囲の明るさは全く変わっていない。隠れているはずの太陽の光が、雲の存在など無視して地上に降り注いでいるのだ。だが今考えるべきはそんなことではない。問題はこの雷雲、つまり雨だ。

「常識はずれにも程があるだろう」

これは不味い。ルルーシュは辺りを見回したが、先程まで居たクロヴィスの姿が見えなかった。
仕方が無い。この雲では大雨になると考えていいだろう。川原は危険だ。ルルーシュは念のため用意していた籠を4つ全て並べると、川原に設置している物置用の大きな箱を開き、置いたままにしている道具をその籠の中へと移動していった。川の中で冷やしている鶏油や食材も忘れずに引き上げる。さすがに一人では全部持っていく時間はないかもしれない。必ず回収しておきたいものだけでも先に移動するべきだな。
そう考えながら優先順位をつけて籠へ入れていると、森の奥から鍬を持ったクロヴィスが小走りでやって来た。

「ルルーシュ、雨だ。ほら、見てご覧。雨が降ってきたようだよ。ここは天気が変わらないと思ったのに、雨が降るんだね」

クロヴィスが嬉しそうな顔でそう言ってきたので、何を呑気なことをと、ルルーシュは手を止めること無く、クロヴィスに話しかけた。

「そんな悠長なことを言っている暇はありません。川が増水する恐れがあり危険です。急いで洞窟の中にこの荷物を運んで下さい。籠は使うので、中身だけを洞窟の奥の方へ出して下さいね」

ルルーシュが真剣な声音でそう言い、荷物を入れ終わった籠を指差すので、クロヴィスは雨の何が危険か全く理解できなかったが、ルルーシュがこう言うのだからきっと何かあるのだろうと、用意された籠2つを抱えて洞窟へ戻った。
丁度、朝食を終えたばかりで、幸い調理器具はスザクが洞窟に戻してくれているため、ここに置きっぱなしにしている物しか今はない。昼食時でなくて良かった。
ルルーシュは、詰め終わった籠2つを手に持とうと思ったが、スザクとクロヴィスの怒る顔が何故か頭をよぎり、とりあえず運ぶのはクロヴィスに任せて、テーブルや椅子など、流されかねないものを、川から離れた場所の、少しでも高い場所へ運ぶ事にした。竹で組み上げたそれらは、見た目通り軽い。
クロヴィスは戻ってくると、空いた籠を置き、中の入った籠を持って再び洞窟へ戻っていった。
テーブルに念のため椅子を縛り付け、1つにまとめてから樹の幹に縛り付ける。 そこまで作業を終えた時、ぽつり、ぽつりだった雨脚が次第に強くなってきた。
不味いな。スザクがまだ戻っていないのに。まあ、アイツの事だ。安全な場所・・・それこそ木の上にでも避難するから大丈夫だろう。ルルーシュは箱の側へ戻ると、箱に入っていた残りのものを全て籠へ詰め込んだ。よし、これを運べば終わりだ。
その時、遠くからタタタタタ、と軽快な足音と共にスザクが駆けて来ていた。

「よかった、間に合ったー」

珍しく息を切らせたスザクに、ルルーシュは苦笑した。川が氾濫すれば洞窟に戻れなくなると、慌てて走ってきたのだろう。もともと野山を遊び場にしていたスザクだ。この状況での雨の危険はさすがに理解しているか。

「スザク、その荷物はそのまま洞窟へ運んでくれ。洞窟の外にある道具類もできるだけ中へ運び入れてくれないか?」

洞窟は、三人で眠るには広すぎるほどスペースが有る。保存食などは出来るだけ洞窟の中、入口付近に保管しているが、薪などは外に保管している。それらは出来るだけ濡らさないほうがいいだろう。

「わかった。あ、ルルーシュ、その籠頂戴。腕に通してくれないかな?」

纏めてくる暇がなかったのだろう、両手いっぱい、肩にも沢山罠を引っ掛けているスザクが、そういう言うので、ルルーシュは流石に首を横に振った。

「それだけも十分重いだろう。このぐらい俺でも」
「駄目。運ぶのは僕の役目だよ。まだ腕の傷だって完治してないんだからね。ほら、いそがないと本降りになっちゃうよ」

スザクは絶対に引かないという目をしていて、ルルーシュは諦めてその腕に籠を2つ通した。

「ルルーシュもすぐ来るんだよ」

スザクはそう言うと、洞窟へ走っていった。
あれだけ持ってこの早さ。相変わらず信じられない体力だ。
そう思っている間にも雨脚は強くなっていく。ルルーシュは急いで手ごろな岩をいくつも拾うと、次々箱の中へ入れていった。強風にも耐えれるようにと、二重底の構造にし、底に石を敷き詰めているため、さすがに持ち運べない。念のため石を追加し、蓋の上にも石を載せ、流されないようにする。まあ、竹で作った程度の箱だから、増水した時点で壊れるか。ある程度石を載せ終わった頃、スザクが何やら籠を抱えて戻ってきた。そして、此方の様子を伺ったあと、すぐに温泉に向かい、服を脱ぎだした。

「お前、今から入るのか!?」
「まだ大丈夫だよ。さすがに、こんな生臭いままで居たくないからね。ルルーシュは先に戻って。僕は危なくなったら走って戻るから」

籠には着替えと石鹸類。スザクはスポンジに石鹸をつけ、そう言いながら手早く体を洗っていく。
海に仕掛けた罠を担いで持ってきたのだ。確かにスザクからは磯の香りがしていた。

「わかった。急いで戻ってこいよ」
「うん、すぐだから、ルルーシュこそ急いで。ちゃんとタオルで拭くんだよ。ああ、着替えもした方がいいかな?」

ガシガシと体を洗いながらスザクがそういうので、ルルーシュは「お前は何時から俺の親になったんだ」と、笑いながら足早に洞窟を目指した。



スザクが洞窟へ戻ってきた頃、突然滝のような雨が降り注いできて、スザクは「これは間違いなく増水しそうだね」と、言った。幸いまだ雷は鳴っていなかったが、先程までの雲を無視した明るさは無くなり、辺りは薄暗くなった。
洞窟の中では、ルルーシュがクロヴィスに手伝ってもらいながら長い竹を組み合わせ、紐で固定し何やら枠のようなものを作っていた。濡れても構わないような荷物の入った箱を選ぶと、それを重石代わりに竹を括りつけ、それらをスザクに頼んで洞窟の前へ設置し、枠の上に御座を何枚かかぶせ、その御座を枠に固定させた。あっという間に簡易屋根の完成だ。
何枚も御座を重ねた効果か、雨水が漏れることはなかった。その簡易屋根をあと2つほど作成し、洞窟の入口から普段使っている釜戸まで屋根を伸ばした。これで少なくても今は釜戸が使えるようになった。
洞窟の幅に合わせて作ったため、屋根のスペースは広い。テーブルと椅子を置いても余裕がある広さだった。とはいえ、今は幸い風はないが、何時吹くかわからないため、この屋根もいつまで使えるかはわからない。
今のうちに昼食を作るべきだと、ルルーシュは今使う食材を籠に入れ、鍋を片手に釜戸へ向かった。スザクは乾いている薪を運び、ルルーシュが下ごしらえをしている間に焚き火を用意し、クロヴィスは川原や洞窟の外から運んできた物を整理し、洞窟内に置いていた籠や箱などに片付けていった。雨がどれだけの時間降るかわからない以上、洞窟内は綺麗にしておきたいと思ったからだ。ルルーシュはそんなクロヴィスをチラチラと伺いながら下ごしらえをしていて、スザクは思わず苦笑した。

「そんなに気になる?クロさんの事」
「え?ああ。あの人は皇族だからな。まさか俺達が何かを言う前に自分から率先して片付けなどすると思わなかったんだ。しかもちゃんと考えて片付けている」
「ホントだね。僕も殿下がこんなに自分の手で何かをする人だなんて思ってなかったよ。てっきり毎日パーティー三昧で、やるとしたら趣味の芸術だけ。政治もろくに出来ず、遊び呆けている人だって思ってた。人を見かけで判断しちゃ駄目だね」

いや、その想像は間違っていないぞ。
実際生前はそんな生活を送り、政治を軽視し、軍部も放置し、エリア11は荒れ放題だった。何がクロヴィスを変えたかは知らないが、死んだ後何か会ったと見るべきだ。馬鹿は死んでも治らないというが、クロヴィスは馬鹿ではなかったということか。
ザアザアと大きな音を立てて降り注ぐ雨を眺めながら、ルルーシュは生きている間に変わってくれていたらと考えたのだが、既に終わった過去を考えるなんてらしくない感傷だなと、思わず苦笑した。
スザクと、片付けを終えたクロヴィスは久々に見る雨であり、この島で初めての天候を眺めようと、椅子を引っ張りだし、川辺りがよく見える位置に陣取ると、楽しげな表情でそれらを見ていた。

「いいですかクロさん。雨の日の川はとても危険なんです。ですから、たとえ小雨でも、川からは離れるようにして下さい」
「そんなに危険なのかい?そうはとても見えないんだが」

自然の脅威に対する知識など無縁で育ったクロヴィスらしい質問に、スザクは丁寧に説明していく。死者だということに囚われすぎて、こんな状態のクロヴィスを一人で歩き回らせる危険にルルーシュは今更気がついた。
この周辺はスザクが探索を終えていて、野生動物は鶏、ウサギ、鹿、狸、狐、イタチ、リスぐらいしか確認はされていない。あと蛇もいるが、今のところ毒のない蛇しか見ていないそうだ。足あとの類いはよく見るが、確かに大きくても鹿の足跡だけだった。とはいえ、熊などが居ないとは言い切れないので過信はしてはいけないのだが。
フライパンを取り出し、今朝作ったばかりの鶏油を引いてから野菜を炒め始めると、音と香りに反応して二人は此方に視線を向けた。

「ルルーシュ、お腹すいた」
「今作ってるだろう。少し待て」

何故か毎回行われるようになったこのやり取りに、クロヴィスは苦笑した。
スザクはいそいそと、洞窟内に片付けていたテーブルを屋根の下へと運び、椅子を並べた。

「お昼は何?」
「メインは魚だ。今お前が取ってきた中に大きなクロダイがあったから、塩を振り、昆布と一緒に竹の葉にくるんで、蒸し焼きにしている」

いつの間に捌いたのか、クロダイは笹に包まれ、焚き火の側で蒸し焼きにされていた。魚をさばいたということは、魚を洗ったりしたということか。

「ねえルルーシュ、洗う水とか用意してなかったよね。どうしようか?」
「ん?何を言ってるんだ?これだけ勢い良く降っているじゃないか?」

そう言うと、あっという間に完成した野菜炒めを大皿に盛り付け、テーブルに置き、使い終わったフライパンを屋根から一番雨水が落ちてくる場所に出し、勢い良く流れる水を使い洗い始めた。

「川がなければ、雨水をためて飲料にするところだよな。そうなると、今日まで水は手にはいらないのか。まあ、草や竹、海水を使う手もあるが」

もしやるとしたら海水を満たした大鍋の中に小さな容器を入れ、蓋をし火にかける。蓋には仕掛けを施し、水蒸気を中央に溜め、小さな容器に落ちるようにするなど、手間がかかるからあまりやりたくはないな。
もし川がなかった場合は竹を使っただろう。時間はかかるが、確実に真水は手に入る。

「そうだね、川があってよかったよ」

水が簡単に手に入るかどうかで、このサバイバル生活の難易度は全く違うものになっただろう。こんなに気楽な生活が出来るのも、やはり水が楽に手に入る環境だったことが大きい。

「本当だな。お前がすぐに川を見つけてくれて助かったよ」

卵などを加えたドングリの粉を捏ね、厚めに引き伸ばしたその生地を油を引いたフライパンで焼く。焼いたものには、今朝作ったポテトサラダの残りと、生のまま食べられる野草を一緒に挟めてサンドイッチに。
まあ今日の昼はこれで十分だろう。火が何時まで使えるか解らなかったから、焼き魚と野菜炒めを先に作ったが、風は一向に吹く気配はなく、すべての調理を無事終えることが出来そうだ。
それにしても雲が薄れる気配はない。いつまで降り続くかが問題だな。
ようやくあの胡散臭い青空という天候に変化はあったが、やはり不自然な天気だ。
考えても無駄かと、料理の間に作ったスープもテーブルに並べた。
蒸し焼きにしていた魚も開けてみると、ホクホクと湯気を上げ、竹の香りと、美味しそうな魚の匂いが辺り一面に漂った。

「よし、食事にしよう」

ルルーシュのその言葉に、スザクとクロヴィスは笑顔で頷いた。

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