いのちのせんたく 第32 話

ゴロゴロと雷鳴が響き渡り、時折強い光が空から降り注いだ。幸い雷は海の方へ落ちているらしく、その光は遠い。風も全く無いため、身動きがとれないことと、湿気が酷いことを除けば問題はないなと、魚をさばきながらルルーシュは結論を出していた。
海と川に仕掛けていた罠には、いつもの倍以上の魚が掛かっていて、早くに捌いて焼くなり燻製にしなければ腐ってしまう。
今は三人がかりでひたすら捌いているところだった。食事を終えたテーブルの上に御座を敷、その上に開いた魚が所狭しと並べられている。
小魚は夜に食べてしまうが、大きな魚は出来るだけ燻製にすることにした。燻製器を監視できる者が今は3人もいるから何も問題はない。

「明日には上がっていればいいけど、何日か振りそうだよね」

小魚を中心に捌いていたスザクは、空を見上げながら心配そうにそうつぶやいた。
既に川の水位はかなり上がっており、河原で使っていた釜戸類は既に水に浸かっている。水位は15cm~20cmといったところか。幸い高台にまでは水は上がっていなかったが、このペースで降られればどうなるか分からない。

「スザク、俺達が心配しても何も変わりはしない。幸い食料は魚だけでもこれだけあるし、芋や林檎などの備蓄もある。だから数日降っても大丈夫だよ。俺の予想で言うなら、水位は高台までは届かないだろう。おそらくそういう作りなんだよこの河原は」
「そういう作り?」
「前々から不自然だとは思っていたんだが、河原の周りも、海の周りも全面高台になっていただろう?しかも一定の高さで。まるで人工的に整備されたような、増水対策のための高台だ。この島も天気も自然の物とは言いがたい。となれば、この雨は計算の上で降らせているもので、川は増水したとしても高台を超える可能性は低いという事になる。・・・まあ、非現実的な考え方だし、常識を疑われそうな理由だけどな」

瞬激しく光り、海へと落ちた雷へ視線を向けながら、疲れたような表情でそう言った。
そんな非科学的な結論に達するまで、どれだけ思考を巡らせたかは解らないが、非現実、非科学、非常識というものを鼻で笑うタイプであるルルーシュが、それらを肯定したことに、スザクは驚いた。
それに気がついたのだろうルルーシュは、困ったように笑いながら、視線を海からスザクへ移動させた。

「俺だって、普段であればこんな馬鹿げた結論など出さないさ。この短時間でこれだけ増水しているんだ。明日の朝には高台を超えている可能性はある。そうなれば柵の中で放し飼いにしている鶏は全滅するし、森の中へ川の水が流れるのだから、天気が回復した時にどれだけ荒れているか、考えただけでも恐ろしいよ。でもな、この島はどう考えても普通では無い。考えても見ろ、これだけ屋外で生魚をいじっているんだぞ?ハエの一匹も寄ってこない自然などありえるのか?虫が居ないわけではない、腐敗したものに集まっている姿はよく見かけるからな。だが、おかしな事に俺たちが不快に思うような行動は取らない」

ルルーシュのその言葉に、スザクはあたりを見回した。確かにハエ一匹寄ってこない。そうだ、ハエだけではない、蚊やアブなども寄ってこないし、何より夜に焚き火をしていても、蛾など光に集まる虫でさえ集まってこないのだ。この島に居ないわけではない。探索中や、ルルーシュの言うように腐敗したもの、植物や木に集まる姿は何度も目にしている。
軍の野外訓練でも虫には悩まされたものだ。だが、同じ屋外なのに此方ではそれが一切ないのだ。集めた薪にさえ虫はつかない。改めてこの土地の異常さを実感し、スザクは不安げに眉を寄せた。

「考えるだけ無駄だ。兄さんがここにいる時点で常識など通じない。それこそ、ここが死者の国で、俺達は実はもう死んでいると言われても不思議ではないのだからな」

開いた魚にを紐を通し吊るせるように加工し、塩水に漬けていたクロヴィスは苦笑した。そうだ、今ここで一緒にいるのは死んだはずの人間なのだ。本人もそれを自覚している。だが今は生者と全く変わらぬ生活を送っているのだ。

「それもそうか。無駄に悩んだせいでお腹すいちゃったよ」

ルルーシュがそう結論を出したのなら自分がいくら考えても意味は無いなと、あっさりと考えることを放棄したスザクは溜め息とともにそう口にした。

「お前は腹が減った、ばっかりだな・・・仕方が無い、林檎でも焼くか」

脳の疲れならやはり甘いモノだろう。
そう言うと、ルルーシュは席を立ち、雨水と石鹸で手を洗った。ぱちぱちと薪が爆ぜる釜戸へ近寄ると、笹の葉に林檎をくるんでから火の側に置く。ここで捕れる林檎は、熟しても酸っぱいままだったので、火を通してから食べるようにしていた。火を通すことで甘くなるので、なかなか糖分の手にはいらないこの生活では貴重な食材の1つだ。ちなみに、ここで取れるさくらんぼも酸っぱいため、主にジャムとソース用に収穫している。

「ああ、そうだ。魚の処理が終わったら、少し手伝ってくれないか?」
「何を?」
「竹を少し処理しようかと思っているんだ。兄さんも手伝ってくれませんか?」
「ああ、構わないよ。何を作るんだい?」
「ベッドを作ろうかと思うんです。いい加減床に寝るのは止めたいですからね」
「ベッド?作れるの?」
「椅子やテーブルを作って強度の確認をしたから問題はないはずだ。とは言え1人に1つに作るのではなく、大きなものを1つ作ろうと思う」

3つ作ると場所を取られるからな。
そう言いながら、雨が降ってきたために洞窟内へ避難させた竹へ視線を向けた。
ルルーシュが加工しやすいと言うサイズの竹がそこには山積みされていた。このサイズを見かけると、スザクは必ず切り出して、洞窟の横へ積み上げていたので、気がついたらここまでたまってしまったのだ。場所を圧迫しているこの山を処理して洞窟内に場所を作ることも目的なのだろう。
スザクとクロヴィスはルルーシュの言葉に笑顔で了承した。



歩き回れないので、雨の間は燻製作りと家具作りに専念するスザルルクロ組。
此方の拠点はどんどん住み心地が良くなっていきます。
ここまで書いてようやく、せっかく立てた合流フラグを折ったことに気が付きました。
多分、明日が合流予定だったはず。大雨と雷のため、藤堂たちの再会は数日ずれ込みます。
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