いのちのせんたく 第35話

「お早うございます。雨、全然止まないですね」

朝、雨音でよく眠れなかったのか、珍しく一番に起きていたクロヴィスにスザクはそう声を掛けた。
雷は昨日の夜中には収まったのだが、雨脚は衰えること無く今もなお降り続いている。幸いというべきか風は全くなかったため、昨夜作った屋根がまだちゃんとそのまま残っていた。釜戸も濡れずに済んでいるようだ。その屋根の下に椅子を置き、外を眺めていたクロヴィスの横にスザクも椅子を置くと、同じように外を眺めた。

「お早う。止むときはきっと降った時のように何の前触れもなく止むのだろうね。雷が鳴らなくなった時もそうだったように思う」
「そういえばそうですね。早く止んでくれないかな。雨はやっぱり気温が低くなるから、ルルーシュの体調が心配です。風邪、引かなきゃいいけど」

そう口にしながら、スザクはちらりとルルーシュが眠っている場所へ視線を向けた。
まだ朝日が登ったばかりの時間帯というのもあるが、雨も降っているためいつも以上に肌寒い。
ルルーシュはぐっすり眠っていたので、いつも通りスザクが使っていた毛布類をその上に掛けてきたから多分大丈夫だろうが、日中もこの気温なら、彼には厚着をさせ、焚き火の側にいてもらおう。まあ、雨が降っているから今日もここでく家具作りだろうから問題はないか。
ここ数日、ルルーシュの体調は安定していなかった。
微熱が続く日もあれば、体温が低すぎる日もある。
そのせいで青白い顔色でふらふらとしている事があるのだが、本人はそのことに気づいていないから質が悪い。
明らかに顔色が悪いのに、平然と動き回る。
おそらく限界が来て、倒れるまで気づかないのだろう。自分たちが一緒だからよかったが、彼一人で此処に来ていたら・・・。
その考えに思わず背筋が震えた。
今朝は顔色は悪くなかったし、体温も若干低かったのは気になるが、昨日より体調は良いと思う。
これはベッドの効果もあるのかもしれない。
昨日完成させたベッドは3人並んで寝ても十分な広さと強度があり、やはり地面の上に寝るよりも寝心地が良く、地面に熱を吸収されないせいか、いつもより暖かく感じた。
洞窟の入口も、昨日までは簾を覆っていただけだったが、竹を並べて板状に縛り、組み合わせて固定し、取り外し可能な壁を設置した。
そして人が通る場所にだけ簾を掛けた。
まだ簡易的なものだが、それでも以前よりずっと外の音は聞こえなくなり、風も入らないことで暖かさが増した。
当然これらを作り設置したのはルルーシュなのだが、これだけのことを考え、物を作成しても、やはりルルーシュの中では自分はこの島では役立たずの無能だと思っていて、その事がスザクには不思議でならなかった。

「あまり考えこんではいけないよ、スザク。焦っても良いことは何も無いからね」

思わず厳しい表情になっていたスザクを気遣うクロヴィスの言葉に「そうですね」と、ニコリと笑顔で返事をした。いくら言い聞かせ、説得してもあの頑固者は理解しない。考えるだけ無駄だ。

「ところでクロさん、何か飲みますか?」

たんぽコーヒー・どんぐりコーヒーだけではなく、ハーブティーの材料も揃ったため、朝の一杯を楽しむにしても、選択肢が増えていた。
ルルーシュが入れるより味は落ちるが、肌寒いため今は温かいものは飲みたい。
スザクは慣れた手つきで釜戸に薪を放り込み、火を入れた。
若干湿度のせいで火の着きは悪かったが、すぐにぱちぱちと音を立てて真っ赤な炎が上がった。薪のいちを調整し、釜戸の上に水を入れた鍋をかける。

「そうだね、コーヒーがいいかな」
「じゃあ、どんぐりコーヒーを入れますね」

スザクは洞窟内に戻ると、すでに炒ってあるドングリが入った容器を持ち、外に出た。

「雨が止んだら、河原の整備が必要かもしれません」

淹れたての熱いコーヒーをすすりながら、スザクはそう口にした。
ルルーシュの予想通り川は増水しても、高台には影響のない水位を維持し続けていて、それ以上上に行く気配はない。
お陰で高台に設置しているトイレも使用可能だった。
だが、河原は全部水の底のため、釜戸や温泉は駄目になっているだろうし、河原の周りを綺麗に清掃し直す必要もある。

「そうだね。私はまず温泉を使えるようにしたいと思うよ。流石に雨水で体を洗うのは寒そうだ」

今までは晴天続きで暖かく、川に入っても海に入っても風邪をひく危険性は低かったのだが、この肌寒い中で同じことをすれば、スザクはともかくルルーシュとクロヴィスは体調を崩す可能性は高いだろう。

「そうですね。濡らしたタオルで体を拭くだけでも違いますよ?用意しますか?」
「いや、今日止むかもしれないし、今はやめておこう。それでなくても雨で洗濯物が乾きにくいからね」

溜めた雨水で洗濯をしたものを釜戸付近に干し乾かしていても湿度が高いせいか時間がかった。何よりタオルは無く、厚手のバスタオルが人数分あるだけなので、洗った後乾くのにもかなり時間が掛かるのだ。

「タオル、欲しいですね。汗を拭くのにも使うから、人数分じゃなく10枚ぐらい見つからないかな」
「それで言うなら、私は着替えがほしいかな。この生活で白い服は駄目だね。こんなに汚れの落ちないものだと思わなかったよ」
「そうですね、着替えがあるのは嬉しいけど、白は洗うの大変ですよね」

クロヴィスの服の上下と、スザクの上は白いので、ルルーシュが毎日苦労しながら汚れを落としていた。ルルーシュの服は黒だから目立たないので、ちょっと羨ましい。
黒とは言わないが、目立ちにくい色の服が良かった。

「新しい服が手に入るとしたら、厚手の服がほしいな。ルルーシュにはあるものを重ね着させているけど、どれも生地が薄いから。セーターとかは洗うのにも困るけど、パーカーとかトレーナーとか、枝にも引っかかりにくいタイプで、上から着れるもの欲しいな。あと、欲を言えば布団一式。寝袋より絶対らくだと思うんですよね」

ベッドも出来たから丁度いいし、寝袋より温かいと思う。ルルーシュの分だけでも手に入ればと思うが、いくらなんでも無理ですよねと、スザクは苦笑した。

「こうやって考えると、布で出来たものが欲しくなるね」
「そうですね。布は流石に今は作れませんから」
「・・・俺は布より金属のものがほしいけどな」

声の方を振り向くと、ゆっくりとした足取りでルルーシュが洞窟から出てきた。

「おはよう、ルルーシュ。コーヒー飲む?」
「ああ、済まないな」

スザクは、自分が座っていた椅子をルルーシュへ進めると、コーヒーを入れるため釜戸へ移動した。
ルルーシュは雨水で顔を洗った後、スザクが座っていた椅子に座ると、手に持っていたラウンズのマントを膝にかけ、河原へと視線を向けた。予想していたより増水はしていないことに安堵し、隣でコーヒーを口にするクロヴィスへ視線を向けた。

「珍しいですね、俺より早いなんて」

日時計は今は使えないため時間は解らないが、少なくてもまだクロヴィスが起きる時間ではないはずだった。

「どうもこの雨の音が気になってしまってね。あまり眠れなかったんだよ。まあ、まだ雨も止まないのだし、眠くなったら横にならせてもらうよ」
「そうしてください」
「はい、ルルーシュ。熱いからね」

入れたばかりの熱いコーヒーを持って、スザクが近づいてきたので、その手にあったマグカップを受け取った。

「ありがとう、スザク」

スザクはニコリと笑うと、洞窟から椅子を出し、ルルーシュの横に座った。

「で?金属のものでなにが欲しいのさ?」
「ん?ああ、斧とノコギリ、そしてカンナが欲しい。金属のヤスリと金槌もいいな。ノコギリは大きなものと、片手で扱えるものとあれば尚いい」
「ああ、今はナイフと彫刻刀とノミでどうにか加工しているけど、ノコギリがあれば大分楽になるよね」

スザクはナイフ一本で竹も木の枝もあっさりと切り落とすが、ルルーシュとクロヴィスにはそんな芸当はできず、色々な道具を駆使して切断していた。だが、ノコギリがあればそれ一本で済む話なのだ。
邪魔な枝を切り落とすのにも使えるし、大きなノコギリと斧があれば、木も切り倒せる。

「兄さんの焼き窯を作るとしたら、そこに入れる薪も用意しなければいけない。今のように拾ったり、スザクが剪定した程度の枝では足りないから」
「たしかにそうだね。ちゃんとした薪が必要になるから、確かに斧は欲しいところだね」

未だに納得できる土が無いのか、それともこの環境に慣れる事、そしてルルーシュの体調を優先したからなのか、未だに焼き窯は作られていなかった。
ルルーシュは自分の手の中にある木で出来たマグカップをじっと見つめた。
ヤスリが無いから荒削りではあるが、やはりこうして食器があるだけでもかなり気分は変わる。心にも余裕が出来るきもする。早くクロヴィスが陶芸を始められる環境を作りたい。そのためにはまず何をすればいいだろうか。
そう考えながら視線を川へ向け、あっと声を出した。

「・・・どうしたのルルーシュ?なんか見えるの?」
「・・・なあ、あれ、何に見える?」

ルルーシュが指さした方、川の上流へ視線を向けると、何やら大きなものがゆっくりと流れてくるのが視界に入った。

「見てくる。ルルーシュはここに居て、絶対動かないでね。クロさんはルルーシュ見張っててください」
「なっ!一人で行くのは危ないだろう!俺も」
「駄目!ルルーシュが川に流されないか気になって集中できなくなるから絶対ダメ!」

君は無駄に行動力が有り過ぎるんだから、着いてきたら駄目だよ!
スザクはそう念を押すと、ものすごい速さで洞窟内からロープを取り、川原付近の高台へ駈け出した。ルルーシュは一人では無理だと追いかけようとしたが、クロヴィスに腕を掴まれてしまった。

「ここはスザクに任せよう、ルルーシュ」
「ですが、万が一スザクに何かあったら!」
「落ち着きなさい。スザクなら大丈夫だから」

ハラハラとしながらスザクを見ていると、流れてくるものよりはるか下流で足を止め、そのロープに何やら縛り付けた後、流れてくるものめがけてロープを器用に投げた。
上手くロープが引っかかったらしく、スザクはそれを手繰り寄せた後、かなりの大きさのある四角い箱のようなものを抱えて洞窟まで戻ってきたので、無事に戻ってきたことにルルーシュとクロヴィスはほっと息を吐いた。
軽々と運んできたその箱は、スザクが肩から下ろすとドスンと重量感のある音を立てた。この重量で・・・浮いていたのか?そのことにルルーシュは眉を寄せた。

「なんだろうねこれ」
「それよりまず、体を拭け。着替えも用意しているから、釜戸の火で暖まれ。まずはそれからだ」

濡れた体のまま箱を開けようとしたスザクにバスタオルと着替えを渡し、拒否は許さないという声でルルーシュにそう命令されてしまうと、スザクは従うより他に無く、大人しく着替えて、タオルで濡れた髪を拭いた。
そしてその後、流れてきた木の箱を開けることとなった。その箱は今までで一番大きなもので、人一人楽に入れるほどの大きさだった。

「よいしょっと」

相変わらずの馬鹿力で、難なく釘で封じられていた箱を開けたスザクは、中を見て目を見開いた。

「は!?えええええ!?」
「・・・っ!都合がいいとか、そういうレベルの話ではなくなったな」
「まるで今の話を聞いていた誰かからの贈り物だね。でなければこんな物、流れてくるはずがない」

そしてその誰かは、私達にこれらを贈ることに決めたらしい。
三人は眉根を寄せて、深刻な表情で箱の中へ視線を向けていた。
たった今、会話の中に出てきたものが殆ど入っているのだ。

「・・・つまり願ったから流れてきたと?馬鹿な!あり得ないだろう!!」
「その割に、今まで結構この手の話はしていたけど、手に入ったのってクロさんが来たときの着替えと、鍬、そして今回ぐらいだよね」

3人で、あれがほしい、これがあればという話は頻繁に話されているのに、今回とどんな差があるのだろうか。
衣類は今回全員色付きで、白以外の着替えは前々から欲しかったので有り難いと思う。しかも厚手だ。タオルも嬉しい。
問題はそれ以外だ。

「入っていたナイフは今使ってるのよりも工作によさそうだよね。包丁も今あるのより大きなものと小さなものか」
「ペティナイフと出刃包丁だな。・・・これは草刈り鎌か。雑草処理が楽になるな。ノコギリは大きなものと片手でも扱えるもの、そして糸鋸か」
「あの会話を基準にしてこれが送られたのだとしたら、入っていないものと入っていたものに、何か違いでもあるのかな?」

流石に元死者とはいえ、この状況は納得出来ないのかクロヴィスは眉を寄せながらそう口にした。
あの会話のモノ全部なら、スザクが口にした布団一式も入っているはずなのだが、流石にそれは入っていなかったのだ。
替わりに、今回の話では入っていなかったものが含まれている。

「・・・この島にあり、自分たちで用意できるものは駄目だが、どうあがいても入手困難でかつ生活の上で必要だと会話を聞いた誰かが判断したもの、あるいはあったら俺達が楽になるのではと判断されたもの、ということか?だがそんな会話、今回が初めてではないぞ!」
「なんか気持ち悪いなあ・・・覗かれてるってことだよね、誰かに」

スザクはきょろきょろと辺りを見回しながらそう言った。
24時間監視されていたルルーシュとしては、自分もそういう監視側だっただろうとスザクに突っ込みたくはなったが、記憶が無い設定のため口には出来なかった。
これはクロヴィスも同じである。
自分がやられる側に回って初めてそれがどれだけ不愉快な行為か気づく。
人間とはそういう生き物だ。

「まあいい、考えても無駄だ。有りがたく使わせてもらおう。スザク、工具を奥へ移動してくれないか?兄さん、この衣類を片付けましょう」

短い時間で色々考えすぎて頭が痛くなったルルーシュはこめかみを押さえながら二人にそう言った。




スザルルクロ組は色々道具を手に入れた。
厚手の黒のロングパーカー2枚と、3人分の着替えが2セット。
タオル20枚。
草刈り鎌1本、ノコギリ3種、ノコギリ替刃、斧、カンナ、鉄のヤスリと金槌、ナイフが2本、包丁が2本。
医療用具は包帯やガーゼ、消毒の類と抗生物質など。

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