いのちのせんたく 第36話

空から降り注ぐ雨は止む気配がなく、大きな雨粒は屋根を五月蝿く叩いていた。
さっさと用を足して外に出ようと、スザクはチャックに手をかけた。
このトイレは壁も天井も竹で作り、足場も石と竹でしっかり作っているので、多少雨漏りはしたが、中は何も問題はなかった。
穴も深く掘っているから水が溢れる心配もない。
そろそろお昼時、ということは丸一日降っているということか。スザクは扉代わりの簾をめくり外にでると、雨水が溢れている手洗い用の容器へ向かった。容器からは入りきらなかった雨水が溢れだしている。
手を洗うと、急ぎ近くに居たクロヴィスの元へ移動した。
トイレに来る道はぬかるんでいて危険だったため、念のため三人一緒に用を足しにやって来ていたのだ。大はともかく小はそのへんでもいいじゃないかと思うのだが、トイレが有るのだからトイレに行くと言って聞かない人がいるのだから困る。
竹と御座で作った簡易傘をクロヴィスが2本持っていたので、それを受け取った時、ルルーシュが見えない事に気がついた。何処だろうと辺りを見回すと、クロヴィスが「ルルーシュならここだよ」と、下を指差した。丁度クロヴィスの影になっていた場所にしゃがみ込んで草むらに手を伸ばしていた。真剣な顔で葉の形や茎を調べてから、丁寧に摘み取っている。

「山菜採り?」
「ああ、戻ってたのか。生で食べれる野菜が少ないからな。少し増やそうかと思ったんだ」

簡単に摘んだそれらの野草を手に立ち上がるルルーシュの後ろを見て、スザクは目を瞬いた。

「どうしたんだスザク、何か居るのか?」

ルルーシュとクロヴィスは、その視線の先を探ると、そこにはウサギが居た。

「ウサギか。大きいな」

そのウサギは丸々と太っていて、おどろくほど大きい。ペットショップなどで見かけるウサギの5倍以上はあった。

「やっぱりウサギだよね。でも大きすぎない!?」
「ウサギというのはもっとこう、小さなものだと思うのだが?」

こう、このぐらいと、クロヴィスが手で大きさを示し、スザクもそのぐらいですよねと頷いた。山にいるウサギでも、ここまで大きくはないはずだ。

「おそらくこれはフレミッシュジャイアントと呼ばれる種だろう。体重も10kgを超えるそうだ」
「10kg!?たしかにこれだけ大きければ10kgありそうだね・・・で、どうするルルーシュ、捕まえる?」

それはつまり食用にするの?ということだろう。あの洞窟前で捌いたら後処理が大変じゃないだろうか。出来れば川の水が利用できる時に捌きたい。食料も肉に関しては余裕があるから、無理に増やす必要もない。

「いや、今はやめておこう。天候が回復してからなら、一度捕まえてみてもいいな」
「え?駄目なの?」
「食べたかったのか?」
「うん」

心底残念だと言いたげな表情で答えるので、ルルーシュは思わず苦笑した。スザクの食事量と、ウサギ肉の熟成の時間も考えれば、まあ、残すことはないか。非常食の入れ替えのため、大半を干してしもいい。
カエルや蛇を保存するより、こういう大きな肉の方がいいし、ベーコンやハムを作ってもいいな。そうだ。燻製や干す以外の保存食が欲しい。
足の早い内臓はすぐ食べる必要があるから晩はモツ料理か。煮るよりも、シンプルに塩を振って焼いて食べる方が美味しいだろう。
晩と、明日の朝からのメニューの予定変更をひと通り頭の中で終えたルルーシュは、よし。と頷いた。

「捕まえよう」

ウサギの革もこの生活では貴重だ。考えれば考えるほど、今逃すのは惜しい。
ルルーシュの言葉に、スザクは嬉しそうに、やった!と声を上げた。

「それにしても逃げる気配がないな」
「つまり人に慣れているということかな?」
「どうでしょうね?その辺りは、考えても仕方が無いですよ」
「だよね。じゃあ僕がウサギ運ぶよ」

傘をクロヴィスに渡すと、雨に濡れた大きなウサギを軽々と抱え上げた。




「ほう、いいところに居たな。しかも大人しい。これはあれか、監視者が食べ物の無い私達にお恵みをくれたと見るべきか」

さすがにあの食料では心もとないと判断したC.C.は、不老不死だから病気になっても必ず完治するという自分の体質を利用し、この大雨の中、一人で森を歩いていた。朝から歩きまわり、いくつかの野草類をどうにか集め、いい加減戻るかといったところで驚くほど大きなウサギを発見した。
逃げる様子もないそのウサギは、抱き上げると人間の子供ほどの大きさだった。重さもおそらく10kgを超えているだろう。抱き上げても耳や顔を動かす程度で逃げる気配は全くない。
暴れられたら面倒だから有り難いが、私達への食料として此処に置かれた事がそれだけでも解り、お前も災難だったな、と私は嘆息した。

「しかし、こんな大きい物は流石に捌いたことがないぞ。・・・まあいい、全員でかかればなんとかなるだろう」

C.C.はそれでなくても雨に濡れ、体が冷えきってしまい、動くのも辛い状態だったのだが、それでもその重く、異様に大人しいウサギを抱きかかえたまま拠点へと戻った。

「あ!C.C.!アンタ何処に・・・って、ええ!?なにそれ!?ウサギなの?」

洞窟の中から外を伺っていたカレンは、高台にある森からC.C.が姿を現したので雨にぬれるのも構わず駆け寄り、、叱りつけるように口を開いたが、その手にしていた巨大な物体に一瞬で目を奪われた。その言葉に、洞窟内に居た者達も入口から顔を出し、此方を伺った。
冷えて動きにくくなった体をぎこちなく動かし、C.C.は無言のままウサギを抱え坂道を登った。全身ずぶ濡れで、顔も唇も青ざめていた。

「はあ、はあ。流石にっ、限界だ。誰か、こいつを捌いてしまえ。まずはっ・・はあ、はあ、腹を捌いて血抜き。その後吊るして毛皮を剥いでから、各部位を切り分けろ。内臓類は食べるなら今日中だ。食べないなら処分しろ。私は、寝る。もう、無理だ」

洞窟の入口の平らな場所にウサギを置き、後ろからついてきたカレンにそう告げると、私はふらつく足で洞窟の奥へ向かった。キツイ。ぬかるむ足場であの重さはきつすぎる。精も根も尽き果てたし、これは暫くの間、動けないかもしれないと、まるで人事のように思った。体ががくがくと震えていて、食い縛っていたから気が付かなかったが、歯の根もあわなくなっていて、ガチガチと歯が音をたてた。

「なんて無責任なんだ。捕ってきたのはお前なのだから、お前がちゃんと始末しろ」

洞窟奥で様子を見ていたヴィレッタが、そう偉そうに命令をしてきた。
まるで自分たちの従者に対し、命令しているような口調は腹立たしい。

「ならお前たちは食うなよ?私はあれを捕獲し運んだ。カレンたちが捌き、食べれるようにする。皆働いて食べ物を口にしてるんだ。誰のお陰で餓死せずに住んでいるか、少しは考えろヴィレッタ」

これ以上は相手をする気力もない。今にも意識が飛びそうだ。
心配そうな顔で着いてきたラクシャータがバスタオルで私の髪を拭きだした。
私は震える手で濡れて汚れた衣服を脱ぎ捨て、倒れるように毛布にくるまり、そのまま意識を失った。

「すごいわC.C.さん。よくこれだけのもの、この悪路で運んできたわ」

セシルは心配そうにC.C.を見ながらそう言った。
ラクシャータは、そうね。と眉間にしわをよせ、C.C.の髪や体を拭きながら脈や熱を測っていた。C.C.は文句も言わず、ピクリとも動かないため、意識を手放したことはすぐに解った。ラクシャータが見ていているなら大丈夫だろう。

「カエルとかも彼女が取ってきてくれてたし、本当に頭が上がりません。あ、鞄に山菜が沢山入ってますよ」

カレンがC.C.が放り投げた鞄を開いてそう言うと、ラクシャータはC.C.の衣服を集めながら眉を寄せた。

「この雨の中一人で食料を探しに行っていたのね。なんて無茶なことを。足を滑らせて川に落ちたら死ぬのによ。しかもこんなにずぶ濡れになって」

泥とウサギの毛で汚れたそれらを、桶に溜めた雨水で洗いながら、その声に怒りをにじませつぶやいた。
衣服に血が滲んだ跡もある。あちこち引っ掛けて破れているのも、こうして洗うとよく分かる。病気になったら取り返しがつかないに、彼女はここにいる全員を生かすため、いつも一人で無茶をしているのだ。何も言わず、何も見返りを求めず。

「一番そういうことはしなそうなのにな。・・・本来なら軍人である私が」
「いいんですよ千葉さん。C.C.はこういう環境での生活の経験もあるらしくて、知識はありますから、危険なことはしませんよ」

カレンはウサギを抑えながらそう千葉に笑いかけた。
今の状況だけでも十分危険なのだ。それを解っているから、笑い声は尻すぼみとなっていった。

「今はこのウサギをC.C.の指示通り捌きましょう」
「そうだな。せっかく取ってきてくれたんだ。無駄にする訳にはいかない。よし、私がやろう。このサイズは捌いたことはないが、山に潜伏していた折に山ウサギは捌いたことはある」

そう言うと、千葉はナイフを手にウサギに近づいた。

「私はC.C.を見るから手伝えないわ。呼吸はしっかりしてるけど、体温が低すぎるのよ。あまり楽観視出来る状態じゃないからね」
「はい、よろしくお願いします」
「お任せします」
「お願いね、ラクシャータ」

三人の声に任せといてと手を振りながら、洗った衣服を手にラクシャータは洞窟の奥へ戻った。




どうにか雨を凌げそうな場所を見つけ、木の根元に腰を下ろし、水を吸って湿った毛布に包まりって暖を取っていた扇は、のろのろと顔を上げた。
水は雨水を飯盒に集めることでどうにかなるが、食料も火もなく、何より寒い。早く雨が上がってくれなければ死んでしまう。早く降り止んでくれ。
藤堂たちと合流させてくれ。
空腹で今はそればかりを考えていた。
夜になっても一睡もできず、目の前にどっしりと据わっている毛むくじゃらの物体をじっと見つめながら扇は顔を歪めた。
人間の子供ほどの大きさのウサギが見える。
雨の中佇むウサギはの体毛は濡れているように見えた。
そもそも、こんな大きなウサギなど居るはずがない。
とうとう幻覚まで。ああ、おれはどうなるんだろう。
このまま気が狂ってしまうんじゃないだろうか。
ザアザアと鳴り止むことのない雨音が、更に精神を追い詰めていくのかもしれない。風の音、雨が草木に当たる音。ああ、煩い。南も玉城もよくこんな場所で眠れるものだ。
ああ、誰か助けてくれ。藤堂たちもどうしてあんな場所に言ってしまったんだ。此方に来てくれれば、こんなに苦しまなくて済んだのに。

「ふあ~ぁ。ったくうるっせーなこの雨。あんまり眠れねーじゃねーか」

いままで熟睡していた玉城はそう言いながら、大きなあくびをした。それだけ眠れれば十分だし、図疎い神経をしているなと扇は玉城をの横目で見た後再びウサギに視線を向けた。
・・・まだいる。
玉城はつられてそちらを見、大きな声を上げた。

「お!おい!巨大ウサギだ新種のウサギだぜ!しっかしでけーな!」
「え!?玉城にも見えるのか!?」
「はあ!?何言ってんだよ?見えるに決まってんだろ」
「うっさいな・・・何なんだ・・・って、何だこの生き物は!!」
「南にも見えてる・・・ということは、本当にいるのか!?幻覚じゃなく!?」
「はあ?お前何言ってんだよ?それより捕まえよーぜ!あれだけ大きけりゃ腹いっぱい食えるぞ!」
「いや待て玉城。俺達は今火がないんだぞ」

南は慌てて玉城を制した。

「生でいいじゃねーか。魚や牛だって生で食えるんだから、ウサギだって食えるだろ」
「馬鹿、牛は大丈夫でも豚は駄目だろう?ウサギが大丈夫とは言えないじゃないか」

扇の思考が鈍く、反応が薄いため、南がそう言って玉城を止めた。

「でもよー、逃すのはもったいねーぞ。じゃあ肉は諦めて毛皮だけでも取ろうぜ!」

玉城がそう口にした途端、それまで大人しくそこにいたウサギは、立ち上がると、森の奥へ走り去った。

「ああ~~~!もったいねえ!」

心底残念だという声が辺りに響き渡った。




「ウサギ、大きいですね」
「山うさぎの倍以上ありますな。この島の固有種かもしれません」
「ふむ。あれだけ大きければ当分この天候でも食料に困らなくなるな」
「毛皮も取れますから、ぜひ捕獲しましょう」
「そうだな。では」
「あ、僕が行きますよ。大人しそうだから、一人で十分でしょ」

朝比奈は藤堂にそう言うと、屋根の下から外に出、雨の降る中いつの間にかこの岩場に迷い込んできたウサギにゆっくりと近づいた。耳をぴくぴくと動かし、様子をうかがうだけで逃げる様子のないウサギはあっさりと捕獲できた。

「重いですね。それに全然逃げませんよ。どこかで飼育されてたのかな」
「もしそうだとしてもこの非常時だ。可愛そうだがその命、我々が頂こう」
「そうですな。では捌きますか」
「捌くのは任せてください。祖父が猟師だったから子供の頃はよく祖父の持山でウサギを捕って食べたんですよ。扱いには慣れてる・・・とはいえこのサイズは初めてだけど」

朝比奈はそう言うと、上着を脱ぎ、シャツの袖をまくった。





仙波は手先が器用で、若いころ近くに住んでいた職人の色々な加工技術を見て真似をしていた。
朝比奈は祖父が狩猟をしていて、幼い頃よく山に連れて行かれてたため狩猟関係に強い。
という適当設定を入れてみました。
これで扇たちから離れれば、この三人も快適無人島生活が可能です。

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