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何やら話し声が聞こえたような気がして、スザクはそちらへ足を向けた。 この方角はぶどう園か。 「そうだね、あの子がいるかどうかで随分と変わるようだね」 それはクロヴィスの声。 良かった見つけたと、スザクは安堵の息を吐いた。 クロヴィスの気配は探りにくい。 日が落ちている時は割りと解りやすいのだが、太陽が高いとどうにも見つけ難いのだ。 クロヴィスが幽霊だからかもしれない。 クロヴィスの独り言にはユーフェミアのことで慣れていたスザクは、もしかしてユフィが戻ってきたのかな?と思いながら、ぶどう園へ足を進めた。 だが、そこに居たのはクロヴィスだけではなく、スザクの捕獲対象であるC.C.と、嘗ての師藤堂、クラスメイトだったカレン、そしてロイドの学友ラクシャータ。 全員が黒の騎士団だった。 しまった。 藤堂はともかくC.C.達がこの地にいることを知っていたのに油断していた。 危険なのは野生動物ではなく彼らだったのに。 舌打ちと同時にスザクはクロヴィスの元へと一陣の風のごとく駆け寄り、C.C.たちとの間に体を割りこませた。 一瞬と言っていいほどの早さでクロヴィスをその背に庇ったスザクに、皆驚きの視線を向けた。速いというのもあるが、クロヴィスの話では結構な日数ここに居るはずなのに、身奇麗にしているし何より元気だなという思いの方が大きかった。 憔悴している自分たちとは大違いだ。 「殿下、お下がりください。この者達は危険です」 クロヴィスを殺害したゼロの部下。 ブリタニアの敵。 つまりクロヴィスとルルーシュに害をなすもの。 何よりゼロの正体を知るC.C.とカレンはルルーシュに会わせる訳にはいかない。 ・・・ルルーシュの記憶が戻っているかもしれないから、尚更だ。 戻っていないなら、彼女たちと会うことで戻る可能性がある。 苦笑しながらも、スザクとクロヴィスの世話を焼くルルーシュの姿が脳裏に浮かぶ。 その彼が、あのゼロに戻るということ。 それは、認められない。 奪われて、たまるか。 殺気を隠すこと無く睨みつけてくるスザクに、さてどうしようかとC.C.は表情を消してスザクを見、藤堂は表情を引き締めた。 カレンは威嚇するように鋭く睨みつけ、ラクシャータをその背にかばっている。 「スザク、彼らをここに連れてきたのは私だ」 「え!?」 背後で苦笑しながら言われた言葉に、スザクは一瞬聞き間違いか?と思ったが、どうやら聞き間違いではなかったらしい。 クロヴィスはもう一度ゆっくりと「私が、ここに連れてきたんだ」と口にした。 「ええ!?ですが殿下!この者達は!」 「黒の騎士団。ブリタニアに歯向かうテロリストで、私を殺したゼロという名の仮面の男の部下達だね」 「殿下、どうしてそれを!?」 スザクは視線を4人から外すこと無く、背に庇っているクロヴィスに訪ねた。 ゼロが現れたのはクロヴィスの死後。 黒の騎士団は更に後だ。 死者であるクロヴィスが知るはずがない。 スザクの焦るような声と表情を後ろから見ていたクロヴィスは、話したと思ったんだが。と前置きしてから口を開いた。 「私は、こうして実体を持つまで世界で何が起きているのかを感じていた。だから知っているんだよ、全てをね」 忘れたかな? その言葉に、スザクは思わず身を固くした。 そうだ、確かに以前クロヴィスはそんな話をしていた。 今のユフィのように、精神だけの状態で漂っていたと。 そして、全てを感じていたと。 ルルーシュがゼロであることも、その体と心に深い傷を抱え込んでいることも、全て知っていた。 だから当然黒の騎士団が何なのか、彼らがどのような人物か全て知っているのだ。 知っていながら連れてきた? なぜ? スザクは困惑しながらも警戒を緩めることはなかった。 「彼らは随分と大変な目に会っていたらしい。だから新たな拠点を探していて、それならばと連れてきたんだ」 だからといって敵対勢力を連れてくる答えにはならない。 全て知っているのであれば、ルルーシュがクロヴィスを殺害した犯人であるゼロで、その記憶を父である皇帝に改竄されていることも、C.C.とカレンはルルーシュがゼロだと知っていることも全て理解しているはずだ。 スザクは認められないというように首を振った。 「彼らは危険です」 「心配はないよ、彼らとは契約を交わしたから」 「契約・・・?」 スザクは訝しげにクロヴィスに訪ねた。 「C.C.とカレンはルルーシュの友人なのは知っているね」 「・・・はい」 ルルーシュの、ゼロの共犯者と、ゼロの親衛隊長。 「彼女たちには、ルルーシュが記憶喪失になっていることを伝えている」 ギアスによる記憶改竄。 「ルルーシュはブラックリベリオンにおいてその体と心に深い傷を負ったね?そしてそれは今も癒えること無くルルーシュを蝕んでいる。元々あの子の心には深い傷が多数あったから、とうとう限界が来てしまったんだろうね。あの子の心も体も壊れてしまった。・・・あの子が今の安定した状態でいるためには、過去の記憶を、トラウマを思い出させてはいけないと説明し、彼らはその内容に納得している」 「・・・だからといって、彼女たちがルルーシュの記憶を揺さぶらないとは限りません・・・記憶を戻そうとする可能性は高い」 いくら言葉を重ねても、信用など出来ない。 黒の騎士団はゼロが居なければ唯の烏合の衆。 ブリタニアと戦えるのはゼロがいるからこそ。 どのような手を使ってでも取り戻そうとするはずだ。 「枢木スザク」 C.C.が静かな声で名を呼んだ。 ここでこの男を納得させることが出来なければ、ルルーシュの元へたどり着くことはできない。心と体を壊し不安定なあの男の側に行くため、スザクと話をすることにした。 「ルルーシュが壊れていることを、私が誰よりも知っている」 「・・・」 その言葉に、スザクはすっと目を細めた。 魔女の言葉には惑わされないようにしなければ。 「いま安定しているのであれば、私はルルーシュに過去を思い出させるつもりはない。反対に、この地にいる間は忘れ去った記憶が戻らないよう手を打とう」 「・・・どういう意味だ」 「そのままの意味だよ。ルルーシュを廃人にも狂人にもするつもりはない」 「廃人・・・?」 その言葉に、スザク達は眉を寄せた。 此処から先は魔女だけが知る情報なのだ。 「王の力に目覚めた者の大半は、成長を続ける力に飲み込まれ、その心を病み、やがて自滅する」 C.C.は感情を込めずそう告げた。 その言葉に、スザクは目を細める。 「お前は長身で白髪の、サングラスを掛けた東洋人の男を知っているはずだ。名を、マオという」 その特徴を持つ男を確かに知っていた。 何故かスザクの幼いころ犯した大罪・・・父殺しを知っていたあの男。 ナナリーを誘拐し爆弾を仕掛け、ルルーシュを挑発していた人物。 「マオも持っていたんだよ、王の力を。そして、その力に負け、その心を完全に壊し、狂ってしまった」 「狂って・・・?」 「枢木スザク、私を飛行機に乗せるには、お前ならどうする?」 「は?」 質問の意図がわからず、スザクは思わず顔をしかめながら頓狂な声を上げた。 「私を国外に連れ出すため、飛行機に乗せるとしたら、お前はどうする?」 C.C.は言い方を変え、同じ質問を投げかけた。 「・・・変装させて、偽造パスポートをもたせるか、密航させるか・・・僕なら飛行機より漁船に乗せるかな」 「普通はそうだろうな。でもマオは違う」 「・・・なら、どうすると?」 「私の体をチェーンソーでバラバラに切り刻み、バッグに詰め、荷物として持ち込む」 「は!?」 「え!?」 「・・・異常ね」 「例え話にしても質が悪い」 C.C.の言葉に、皆有り得ないだろうと顔を歪めた。 だが、彼女の表情は真剣なもので、冗談や作り話をしているようには見えなかった。 「実際に、逃げる彼女の手足を銃で打ち抜き、チェーンソーを持ち出し、刻もうとしていた事は私も知っているよ」 クロヴィスもまた、真剣な声でそう告げた。 つまり幽霊として世界を感じていた時に知った情報ということ。 クロヴィスが彼女の質の悪い嘘に付き合う理由はない。 ならば真実なのか? 「嘘・・・本気で、そのマオって奴、アンタを切り刻んで運ぶ気だったの!?」 カレンが驚きの声を上げC.C.を見た。 そんなことをしては死んでしまう。 C.C.が不老不死だと知らない面々は、その異常な行動に顔を歪めた。 確かに狂人だ。 「ああ。私を国外に連れ出すにはそれしか方法がないと思い込んでいたんだよ。あの時ゼロが機転を利かせて救いに来なければ、私は全身バラバラにされ、バッグに詰め込まれて空の上だ」 「な・・・何よそれ。そいつ、異常なんてレベルじゃないわよ」 カレンは寒気がすると言いたげに、腕をさすりながらそう言った。 |