いのちのせんたく 第53話


ぐつぐつと火にかけた鍋から美味しい匂いが辺り一面に漂ってきて、食器を用意する手を止め、思わずくんくんと匂いを嗅いでしまう。
何時もであれば行儀が悪いと怒る人は、無言のまま釜戸の前の椅子に座り、追加の料理を作っていた。一心不乱に料理を作る事で、冷静さを取り戻そうとしているようにも見えるが、実際は違う。
なぜならその表情はいつになくイキイキとしていたからだ。
本来であれば大食漢のスザクと、ほどほどに食べるクロヴィス、少食のルルーシュという3人だから、具沢山のきのこ鍋と新鮮野菜のサラダというメニューだった。
だが、突然4人も増えたのだ。
その内一人は体格のいい元軍人男性藤堂、一人は体力自慢のエースパイロットカレン。食事を出せと空腹を訴えたC.C.と、ラクシャータ。
4人共どこかやつれているようにも見えた。
きっと腹を空かせているに違いない!
倍は用意しなければ!
料理を作るしか役に立てないと思い込んでいることもあり、ルルーシュは美味しい料理で全員の胃を満たしてくれるフハハハハ!という勢いで手を動かしていた。
ちなみに、完成していたきのこ鍋は一度温め直し、すでにテーブルの上だ。
風呂から上がり、腰にバスタオルを巻きつけた姿の藤堂とクロヴィスが川原に設置していたテーブルと椅子を運んできて、クロヴィスの作業用の椅子も設置すると丁度7人の席が用意出来た。
食器の用意も終わり、席について待っててくれというルルーシュの言葉に従い全員が椅子に座り、この洞窟周辺をキョロキョロと見回しては、アレがある、あれもだ、羨ましい!という話で盛り上がる。

「・・・ねえルルーシュ、何作ってるの?」

敵である黒の騎士団の面々に囲まれている情況に馴染めず、スザクはルルーシュの側に行くとそう尋ねた。

「汁物はきのこ鍋があるから、魚の煮付けを作っているんだ」

クロヴィスが先ほど川に仕掛けていた罠に沢山魚が掛かっていたと持ってきたため、それを早速使っていた。
煮付けの様子を見ながら、他の料理を作り始める。
予め茹でておいたジャガイモと薄切りにしたベーコン、そして鶏油と塩と醤油、ワインでジャーマンポテトを作る。胡椒と玉ねぎがないのが残念だが、代用品としてノビル(ネギ科の野草)を刻んで加えている。
これを大皿に盛り付ける。
今朝作ったマヨネーズも取り出す。こちらは腐らないように念のため竹の筒に入れて川の水で冷やしていた。
多めに茹でていたジャガイモの残りを潰し、輪切りにしたキュウリ、ゆでたまごも刻んで混ぜ、そしてマヨネーズと塩、ワインビネガーで味付け。
これでポテトサラダも完成。
ジャガイモの料理が2つ重なるのは痛いが仕方がない。
大根と生野菜のサラダも用意する。
ドレッシングは柚子を使ったさっぱり系だ。
魚の煮付けもその間に完成し、それらをテーブルに置いた。
すぐに使える材料だけで作ったからとはいえ、根菜ばかりで纏まりも無い献立に若干後悔しながらも、皆一様にキラキラとした瞳で料理を見ていたので、まあいいかという気分になった。

「よし。足りないようなら追加で作るから、遠慮せずに食べてくれ」

ルルーシュの許可が出たことで「美味しそう!」「いただきます」と言った後、早速箸をつけていた。

「・・・っ!!おいしい!!」

ポテトサラダを口にしたカレンは驚きの声を上げた。
こんな場所でマトモな料理が食べれるなんて!
ってゆで卵が入ってるし、しかもそっちに入ってるのベーコンよね!?

「このきのこ鍋・・・肉は何だ?凄く柔らかくて美味いな」

きのこ鍋に舌鼓を打ちながら、C.C.は至福の表情でパクパクと箸を進めた。
彼女たちもウサギは手に入れていたが、熟成もさせず、ただ焼いたり煮たりしただけなので、非常に固い食感になっていたのだ。
だが、理想的な熟成を終え、しっかりと筋切りをし、長時間煮込んだこちらのウサギはとても柔らかく、噛むとじゅわっと肉汁が溢れだした。

「この煮付け、いい味だ」

藤堂は表情を和らげ口元に笑みを浮かべると、旨いと言いながら箸を進めた。
海の魚ではなく川魚で作ったから心配だったが、どうやら上手く出来たらしい。
唯一心配だった魚の煮付けも好評でルルーシュは胸をなでおろした。
見る見る料理は減っていき、ルルーシュは、流石俺!完璧だ!と自画自賛していた。
全員長時間歩いていたのだろう、だいぶ汗をかいているようだったのでどれも濃い目の味付けにしてあり、そのせいか「お米がほしい!」という声がスザクとカレンの口から上がっていた。藤堂とC.C.も同意するように頷く。

「私はお米よりお酒が欲しいわ」

ジャーマンポテトに箸をつけたラクシャータはしみじみ言った。

「お酒ですか。一応料理に使っているワインはありますが」

そのジャーマンポテトにも使ったんですよ?
機嫌よくにこやかに言ったルルーシュの言葉に、ラクシャータ、C.C.が食いついた。
よくみると藤堂も反応している。

「出せ、ルーシュ!」

C.C.は身を乗り出して言った。

「ワイン・・・あのぶどうから作ったわけね」

此処に来るまでに見たぶどう畑を思い出し、ラクシャータは眼を細めた。

「ですが、味は」
「味なんてどうでもいい。アルコールをよこせ」

会話には入ってこないが、藤堂にまで強い視線を向けられ、まあそろそろ新しいワインをつくろうと思っていたから処分してもらおうかと、ルルーシュはワインを提供した。

「美味しい料理にお酒・・・本当にここって、私達が居た場所と同じなのかしら」

ラクシャータが眉を寄せながらそう言った。
確かに味はお世辞にも良くないが、それでも此処でワインが飲めるだけすごいことなのだ。C.C.も藤堂も満足気にちびちびと飲んでいる。
今日は月も綺麗で・・・いや、これは何時もか。温泉で月見酒と洒落こみたかったようだが「飲酒して風呂?駄目に決まっている!」と、説教をするルルーシュが地味に怖かったためそれは早々に諦めた。
おいしい食事と、味はともかくアルコールを口にし、皆いい気分で食卓を囲んで話す内容はといえばやはり今後の話だった。

「・・・というわけで、彼らをこの場所へ案内したのだよ」

藤堂たちを連れてきたクロヴィスは、ルルーシュとスザクに向けて簡潔に説明をした。
彼女たちの生活の一端を、ここに来た当初見ていたスザクは、なんとなく彼女たちの生活が想像できたが、そこから多少改善されたとはいえ、ここに来た当初のあのサバイバル生活のまま今日まで来たという事実に驚いた。
更に詳しい状況・・・特に男性陣の話を聞いて、今の生活に慣れてしまっているルルーシュとスザクは思わず顔をひきつらせた。
かなりオブラートに包んだ説明だったが、食事時には聞きたくない内容だ。
だから自分の記憶より皆・・・不老不死のC.C.を除き皆が痩せているのはそういう理由かと納得はできた。
毎日毎日顔を合わせば喧嘩をするという険悪な空気の中、その日その日の食料を集めるのが精一杯な生活。
肉体よりも先に精神が悲鳴を上げていた。
ルルーシュからしてみれば、それだけの人数の大人・・・それも体力自慢ばかりが揃っているのに、どうしてそんなに余裕が無いんだと、不思議で仕方がないのだが、役立たずがどれほど環境に悪影響を与えるのかを240通り考えた時点でさじを投げた。
玉城達が一緒だったら、自分ならさっさと見捨てているという結論しか出ない。
ここにこない連中の対策を考えても仕方がない。
考えるべきは、これから来る人間への対策だ。

「では、此処にカレンたち4人の他に、あと4人来るということですね?」

8人か、多いな。
人手は欲しかったが、8人も増えるとなると住む場所に困るなとルルーシュは顎に手を当て眉を寄せた。
1人2人ならこの洞窟で十分だが8人では寝る場所がない。
しかも女性が加わるのだ。
幸いノコギリを手に入れたから、家を立てるべきだろう。

「黒の騎士団が7人、ブリタニア軍が1人ということだが」

クロヴィスがC.C.たちに視線を向けると、それで合っていると皆頷いた。
ということはブリタニア側はルルーシュを入れ4人、黒の騎士団は7人か。
パワーバランスが悪い。
黒の騎士団側がブリタニア軍側をちゃんと扱うかどうかが今後の鍵か?
本来であれば、俺が黒の騎士団を抑えるのがベストなんだが、それは出来ない。
唯の学生である自分にどこまでできるか・・・。

「ブリタニアの軍人はセシルさんなんだ。ルルーシュ覚えてるかな?前にクラブハウスまで僕を呼びに来た軍の女性なんだけど・・・」
「ああ、あの人か。スザクと同じ部署の上司だったか?」

あの優しそうな女性か。
彼女なら、黒の騎士団の中に入っても上手くやってくれるだろう。
・・・まて、確か料理の腕は壊滅的だとスザクが言っていた覚えがある。
ならば女性が来たとしても、料理は俺が作るべきだな!
ラクシャータは知らないが、カレンとC.C.は料理ができない、あるいはしないから、恐らく問題なく食事の担当にはなれるだろう。
人数が増えれば、食材を集める手も増えるということ。
ならば、食事面は問題ない。
となると、やはり住む場所と、どう共同生活を送らせるかだな。
そこまで考えてルルーシュはようやく思考を巡らせるのをやめた。

「セシルさんなんだけど、彼女たちの話を信じるなら、かなり大変な目にあっているみたいなんだ」

スザクは眉尻を下げ、俯きながらそう言った。
差別はスザクも散々受けてきた。
以前、純血派の人間が指揮する部隊に回された時は酷いものだった。
日本人は奴隷以下、家畜以下という思考。
そんな思考を抱いている人間は、同じブリタニア人でも自分より地位の低い人間に対し手酷い差別をすることもよくあった。
今はその差別をセシルが受けているなら、早く助け出したいと思う。
ルルーシュと黒の騎士団を接触させたくはないが、この場所が知られた以上スザクが拒絶しても、こっそり何処かで落ち合ってルルーシュを連れ去る可能性もあるのだ。
ならば全員受け入れたうえでルルーシュを守る。
スザクはそういう結論を出し、彼らの受け入れを容認していた。
その姿をルルーシュが信じられない思いで見たが、その視線をスザクは勘違いしたらしく、ルルーシュを安心させるように笑いかけた。

「やっぱり怖い?カレンは同じ生徒会の人間だからいいけど、他の人は元軍人のテロリストだからね。君が怖いと思うのは仕方のないことだよ?」

あくまでもゼロとしての記憶のない一般市民であるならば、ブリタニアの敵であるテロリストは恐怖の対象でしか無いはず。だからこその言葉だった。

「まあ、そうだな。怖くないといえば嘘になるが、黒の騎士団にはカレンがいるし、此処にはお前も居る。どうにかなるだろ?」

頼りにしているよ。
そう綺麗に微笑みながら言われてしまい、スザクは思わず頬に朱を上らせた。

「そうだね、まかせて。君のことは僕が守るよ」

そしてニッコリと向日葵のような明るい笑顔を向ける。
その姿を見て気に入らないと眼を眇めたのはC.C.。
なにせこの状態ではルルーシュとは初対面なのだ。
この裏切り属性の男からルルーシュを取り戻すことが出来ない。

「・・・そこでだ、一つ提案がある」

機嫌の悪そうな低い声でC.C.が言った。

「この場所はあくまでもルルーシュ・枢木・クロヴィスが拠点としている場所で、私達はそこに混ぜてもらう身だ。いわば居候のようなもの。枢木は軍人でクロヴィスは元総督という地位があるからいいが、ルルーシュは一般人にすぎない。私達はともかく他のものが来た場合、ルルーシュが粗雑に扱われる可能性は否定出来ない」

何か意見を言ったところで、学生が、子供が、一般人がという理由で邪険に扱われる可能性があるとC.C.は心配しているのだ。
ルルーシュは黒の騎士団から見れば総司令であるゼロ。
そしてブリタニア軍から見れば守るべき皇族なのだ。
それを知らないものから見れば、ルルーシュは唯の悪知恵が働く小生意気なガキと見られかねない。
それでなくても壊れたこの男の精神的負担を増やす訳にはいかない。
それはここに居る皆が思っていることだった。

「だから、この拠点でのトップ・・・リーダーはルルーシュとして、ルルーシュの言うことを聞くことを前提に此処に置いてもらう、というのはどうだろうか?」

52話
54話