いのちのせんたく 第56話


「間違いなくコーヒーね」
「まさか、この生活でコーヒーが飲めるとはな」

暖かなコーヒーを口にし、二人が感嘆の声をあげた。
自分も思ったことだが、やはり普通は無理だよね。とスザクは苦笑しながら暖かなコーヒーを口に含んだ。

「本当はルルーシュが入れたほうが美味しいんだけどね。昨日かなり無理してたから、今日は起きるの遅いと思うんだ」

未だぐっすりと寝入っているルルーシュに視線を向けながら苦笑した。

「無理してたようには見えなかったわよ?」

すごく元気だったじゃない。
確かに痛覚麻痺はしているかもしれないけれど、歩けないルルーシュを運ぼうとするスザクとの口論は、元気いっぱいという言葉が当てはまるほどで、とても心身ともに病んでいるようには見えなかった。

「ルルーシュは自分の体調がわからないんだよ。痛みだけじゃなく、疲れていることも気づかない。だけど身体は休息を必要としているからね」

だから起きれなくなるんだよ。
嘆息しながら話すスザクの様子で、昨日のルルーシュの足のことを思い出し、カレンと藤堂は眉を寄せた。
抱き上げて運んでいた時も、腕の中で暴れ、息を乱した後しばらく大人しくなったが、あれは疲労で動きを止めのではなく、呼吸が苦しいから止めたものだと説明すると。藤堂とカレンは益々眉根を寄せた。
見た目では解らないが、間違いなくルルーシュの身体には何かしら異常が起きていることを再び認識した二人を横目に、スザクはカップに残っていたコーヒーを一気飲み干すと、立ち上がった。

「僕はそろそろ動きますね。ああ、ルルーシュは連れて行きますから」

そういうと、スザクはルルーシュが寝ている竹の箱を持ち上げた。
いくら細身とはいえ、人ひとり寝ている物を、軽々と肩に担ぎあげたのだ。
その腕力には脱帽するしか無い。
スザクは黒の騎士団がルルーシュと接触することを警戒しているため、連れて歩くのは予想の範囲内だったが、まさか抱きかかえて運ぶのではなく、担ぎあげるとは。
しかも全く重さを感じさせないなんて。

「動くというと、何かするのかな?」

その姿に特段驚くこと無く藤堂は言った。
カレンは、きっと藤堂もこのぐらいやってのけるんだろうな、性別の差なのかしら?と、思わず眉を寄せる。
ちょっと、うらやましい。

「はい。朝食は下の川原で作るのでその用意と、海と川に仕掛けている罠の回収、あとこの周辺の見回りを・・・」
「私もいこう」
「あ、私も行く!」

藤堂とカレンも立ち上がったので、スザクはどうするか一瞬迷った。
自分がルルーシュの側を離れたら二人が何をするか・・・。
でも、今後のことを考えるなら此処での自分たちの行動を知ってもらうことも必要か。
ルルーシュを置いて、二人を連れて歩けば問題はないだろう。

「じゃあ、カレン。そこにある食器の箱、持てるかな?藤堂さんは調理道具の箱をお願いできませんか?」
「これ?うん、余裕よ」
「この箱か?判った」

二人共、ひょいと箱を担ぎあげた。
ああ、二人共持てるんだなぁと、スザクはしみじみ思った。
ルルーシュとクロヴィスは持てないんだよね、それ。
二人は常にスザクが普通じゃないんだというが、やはり二人に力がなさすぎるんだよ。と、一人納得し、二人を先導するようにスザクは川原に降りた。
川原のいつもの場所。
昨日きのこ鍋を用意していた釜戸の傍に、スザクはルルーシュを降ろした。
念のため中を覗いてみるが、移動したことにも気づくこと無く、ルルーシュがぐっすりと眠っていた。顔色も悪くないし、呼吸もしっかりしている。体温も、まずまずだ。そこまで確認して僕は立ち上がった。

「ん、ルルーシュはまだ起きなそうだ。二人共、箱はその辺りに置いてくれませんか?」
「りょうかーい」

言われたまま、かまどの近くに二人は箱を下ろした。

「で、次は?」
「川の仕掛けを回収しようか。川には4箇所罠を仕掛けているんだ」

こっちだよ。と、スザクは二人を連れ、昨日仕掛けた罠へと案内した。
小魚やサワガニ、川エビを取るための罠が1つ、魚を取るための罠が3つ。
その全てに普段以上の魚が捕獲されていた。
ひとまず大鍋に水を入れ、それらを入れる。
20cm程の魚が11匹、小魚が6匹、後はサワガニとエビ。
大鍋が狭いというように、魚たちは苦しそうに泳いでいた。

「・・・すごい取れるのね」

心底驚いたというようにカレンは言った。

「何時もはこんなに取れないよ、とれてもこの半分以下だ」

しかも昨日は日が落ちてからクロヴィスが一度回収している。
だからこの罠は昨夜遅くに仕掛け直したものなのだ。それなのに、この量。まるで人が増えたから、その分捕獲量が増えたように見えて、正直気味が悪かった。
・・・まさか、また雨、振らないよね?
そんな不安を感じるのはしかたのないことだろう。

「ふむ、だが、普段もこの罠でそれなりの量は捕獲出来ているわけか」
「ええ、大体一つの仕掛けにこのサイズが1.2匹。小魚なら5匹入ればいいほうかな。この罠だと大きなサイズは取れませんが、3人で食べるには十分な量が取れますよ」

おかげで川に入って取ることは殆どなくなりました。
それを聞いて、藤堂は引き上げてきた罠をじっくりと観察しだした。

「これを沈めるだけで、魚が入るの?」

カレンも興味が有るのか、罠を確認している。

「寄せ餌に、料理に使えなかった部位や内蔵をすり潰したものなんかを入れてるんだ」
「なるほどねぇ、考えるわね」

ただ捨てるだけの部位も、ムダにすること無く使っているからゴミも少ない。
藤堂とカレンは関心したように頷いた。

「考えたというより、ルルーシュがね、知ってたんだよこういうものの作り方」

罠に破損した箇所があったため、僕は簡単に修理をしながら答えた。

「・・・なんで知ってるのよ、そんな事」
「一時その類の物を読み漁ったって話だったけど?」

もしかして、黒の騎士団で山の中を潜伏することも想定していたのだろうか?
あるいは唯の興味本位?
どちらもあり得るから、考えるだけ無駄かと、カレンは悩むのはやめた。

「で、この魚は今捌くの?」
「ん?いや、このまま置いておく。ルルーシュがどうするか決めるから」

使わない場合、小さな魚はリリースされる事もあるし、今使うか、干すか、燻製かによって捌き方も変わる。川エビやサワガニも、今使うのか、乾燥させて保存するかどうかはルルーシュが決める。

「・・・ラクシャータさんは、そろそろ起きる時間?」
「ん~、まだ起きないんじゃないかしら?C.C.とラクシャータさんは結構遅いわよ?」

今は体内時計で言うなら6時頃。
二人が起きるのは8時近く。

「なら、海に行って戻ってくる時間、あるかな・・・」

スザクがポツリと呟いた。
普通なら聞き取れない小さな声だが、残念なことにここに居る二人もある意味・・・ルルーシュから見れば十分人外な人物で、そのつぶやきはしっかりと耳に入っていた。
ああ、自分が居ないところでルルーシュと接触させたくないわけね。
カレンはちらりと藤堂に視線を向けると、藤堂は解っているというように頷いた。

「ここから海まで走って行って、三人で罠を回収して戻れば、ルルーシュくんが起きる前に戻ってこれるんじゃないか?」

ここから海までの道も整備されているため、走るのに支障はない。
そしてここに居る三人は体育会系。
ブリタニア帝国・ナイトオブラウンズ。
黒の騎士団・零番隊隊長。
黒の騎士団・統合幕僚長。
負けられない相手だと、ここ最近は感じることのなかった闘争心がメラメラと燃え出した。

「当然、競争よね」

あの辺りにある道を真っ直ぐ走れば、海に着くのかしら?

「カレン、僕に勝てると思ってるのかな?」

地理に関してもこちらが有利なんだけど?

「最近走りこみは出来なかったからな」

まだ若者見は負けられない。
三人は強い眼差しで互いを見た後、藤堂は足元の石を一つ拾った。
言葉はなくとも、その意図を二人は察する。
スタートの合図は、藤堂が投げたその石が、地面に落ちた時。
三人は闘志を燃え上がらせ、臨戦態勢を取った。

55話
57話