いのちのせんたく 第61話


6時間かけて、本来の拠点である川原へと戻ると、そこには共に暮らしている面々が揃っていた。ピリピリとした張り詰めた空気と、その中心にいる朝比奈と玉城の険悪な雰囲気から、いつも通り言い争いをしていることがわかり、思わず苦笑してしまう。
今までなら、この光景を見るだけで深い溜息が出て、自然と眉間に深いシワが刻まれたものだ。そして、何もせず口だけ達者な扇たちへの不満を心のなかで並べ立てていたが、今日は不思議とそんな気持ちは沸かなかった。
精神的に余裕ができたせいか、ここで暮らす期日が残り3日と決またせいか。
いやこれは、疲労による頭痛などの慢性的な体調不良、ストレスや、考えないようにしていたあらゆる不安が、無くなったことが大きいだろう。
あの場所に半日ほどいただけだというのにと、また苦笑してしまう。
喧々囂々と言い合いをしていた仙波達がこちらに気づき、仙波と朝比奈は小走りに駆け寄ってきた。
その顔色はお世辞にも良いとはいえず、疲れきっているのがひと目で判った。
きっと、昨日までの私もこうだったのだろう。


「藤堂さん!良かった、心配したんですよ!」
「ご無事でしたか。いや、よかった」

二人はホッとした安堵の表情を浮かべた。
それだけで、随分と心配をかけてしまったことがわかる。

「心配かけてしまってすまない。少し遠くまで行き過ぎてしまい、日が昇るのを待っていたんだ」

明かりを持たずに薄暗い森のなかを歩くのは危険だと、二人はよく知っている。
だから納得したと言うように頷いてくれた。
川の近くまで歩みを進めてから、背負っていたリュックを降ろす。
ずっしりと思いその荷物に、玉城達も興味を示したらしく、こちらの様子を伺っていた。

「遠出したおかげで、食料を沢山取ってこれた」

中身を見て、朝比奈と仙波は歓喜の声を上げた。
リュックの中には、あちらの拠点を出るときに渡された食材が入っていた。〆た鶏が2羽と、日持ちのする大根などの根菜だ。
そんなにいらないと言ったのだが、男6人なのだから、沢山あっても困らないだろうとルルーシュに言われてしまえば、ありがたく受け取るしか無かった。

「すごい!鶏まで」

ニワトリを取り出し、朝比奈が嬉しそうな声を上げた。

「その鶏がなかなか捕まらなくて、深追いしすぎてしまってな」

その答えに、仙波たちはなるほどと頷いた。
実際には、柵の中にいたニワトリを追っただけだから、簡単に捕獲出来たのだが。カレンとスザクが捕獲競争をはじめてしまい、それに気がついたルルーシュが怒鳴り、二人を叱りつけていた姿を思い出し思わず苦笑すると、朝比奈と仙波が心配そうな顔でこちらを伺っていた。

「お疲れでしょう。休まれたほうがいい」
「これの調理は俺達がやります。藤堂さんは休んでください」

ここ最近は厳しい表情しかしていなかったのに、今は自分でもわかるほど穏やかな表情をしている。それを二人は疲労のためだと思ったようだ。

「ああ、すまない」

藤堂は現状をもう一度把握し直すためにも、二人の好意に甘え荷物を預けた。
そして改めて周りを見回してみる。
薄汚い身なりをした扇達。
荒れて汚れ放題の川原。
いたるところに魚の骨や食べかすなどのゴミが散乱し、腐敗している。
扇たちはこちらをのぞき見て入るが、何もしなくてもこの食料にありつけると考えているのか、再びごろりと川原に寝そべっていた。
その姿に思わずため息を吐いてしまう。
与えられた環境はに大きな差はないというのに、あちらとはあまりに違いすぎた。
さて、残りはもう3日しかない。
やるべきことを確実にこなさなければ時間は足りない。

「仙波、済まないがこちらの処理を任せていいだろうか・・・朝比奈には手伝ってほしいことがある」
「私はかまいませんが」

処理するのはこれからの食事分と、鶏肉だけ。
この程度、一人で処理できます。と仙波は頷いた。

「何をするんですか、藤堂さん」

荷物持ちが欲しくてな。と、藤堂は朝比奈を連れて竹林へ向かった。
そして幾つもの竹を切り出して川原に運ぶと、朝比奈と鶏を捌き終えた仙波と共に幾つか簡単な罠を作成をし、それらを川に設置した。
竹林に行った際、3日後ここを離れることを朝比奈には伝えたため、朝比奈の機嫌は急上昇し、表面的には普段と変わらないのだが、その声には明るさが戻っていた。
そして、それらを設置する際に川岸を調べて歩き、温泉が湧き出ている所を見つけた。
クロヴィスの予想通り、あちらの川原とは若干場所は違うが、こちらの川原にも温泉が湧き出ている場所があったのだ。
どうして今まで気づかなかったんだろうと、魚を取る際に何度もこの辺りの水辺は歩いたのにと、朝比奈は嬉しいような悔しいような複雑な顔をしていた。
罠を仕掛けた後、三人で温泉に入れるよう石をどけ、土を掘り、人一人が入れる風呂を作り終わった頃には、日が傾いていた。

「おおー!温泉じゃねーか!さっさと入ろうぜ!!」

今まで遠くで傍観していた玉城たちは、完成したと知るや近づいてきた。

「はあ?何言ってるんだよ。お前たちが使えるわけ無いだろ。手伝いもしないで」

喧嘩腰とはいえ、当然とも言える言葉を朝比奈は投げかけるが、玉城たちはキクミミなど持たず、ふざけるなと文句をいう。

「お前たちだけで使うってのか?ずりーだろうが!」
「そう言う問題じゃ・・・」
「朝比奈、止めないか。玉城もだ。ここは我々が作ったのだから、我々が先に入る。お前たちがその後使うのは構わないが、汚い使い方をするようなら今後使わせないから、そのつもりで居るように」

ゆっくりと言い聞かせると、怒鳴り合いになると構えていた玉城たちは、しばらく戸惑った後「仕方ねーな、理解ったよ」と言って、こちらの入浴が終わるのを待つ事になった。
その反応を見て、なるほど、こういうことかと藤堂は納得した。
恥ずかしい話だが、昨夜少し酔った藤堂は、ルルーシュに散々愚痴を言っていた。酔いに任せて今まで溜まりに溜まっていたものを、全て吐き出した気がする。ラクシャータとカレンも、ルルーシュに溜まっていた苛立ちを吐き出していた。そしてルルーシュはそれらを聞いた後、いくつかアドバイスをしたのだ。
その結果、こうして彼らの扱い方がなんとなく理解ったのだが、いまさらだなと思わず苦笑する。
彼らを上手く扱うには、精神的な余裕と、寛容な心が必要だ。
3日という短期間だからこそ付きあおうと思えるが、長期間となったら無理だろう。

「藤堂さんから入ってください」

朝比奈にバスタオルを渡され、藤堂は頷いた。
まずは風呂に入り、夕食を取り、眠るまでの間罠でも作ろう。
扇達が我々無しで生きられる準備をしていかなければならない。
なんにせよ動くのは明日からだ。
少し熱めの温泉に浸かりながら、藤堂は今夜すべき事を頭の中で整理した。

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