いのちのせんたく 第63話


「あー、疲れた」

全然疲れたようには見えないのだが、温泉に入っているスザクは、大きな声でそう言った。だが、表面上はそう見えないだけで実は・・・?と、じっくりとその顔を確認してみると「どうしたのルルーシュ?一緒に入る?」と、ニコニコ笑顔で言ってきた。

「疲れた割には元気そうだな」

夕食用の大根の皮を剥きながら、ルルーシュは呆れたように言った。
ルルーシュの正面の席には疲れきってぐったりしているクロヴィスが眠りに落ちそうになっていて、そのセリフをクロヴィスが言うならしっくり来るのだが。
どうみてもスザクは元気いっぱいの笑顔だった。

「そう?すっごく疲れたよ?」

ものすごく機嫌の良さそうに小首を傾げているが「今からちょっと走ってくるね!」と言っても驚かないぐらいイキイキして見えるのは、気のせいなのだろうか。
いや、黒の騎士団の面々と突然会い、皇族であるクロヴィスを守り、ゼロであるルルーシュと接触をさせないように行動していたので、気疲れはしただろう。
スザクにとって、彼らは全員敵なのだから当然だ。
そんな面々と合流ポイントまで一緒に行って、帰ってきているのだ。
もしかしたら、疲れすぎておかしなテンションになっているのかもしれない。
・・・いや、きっとそうに違いない。
ならば、今日は体を温めて、なおかつ消化にいいものを用意するか。
そしてゆっくり寝て、明日からは藤堂達を迎え入れる準備を、その後C.C.たちを迎え入れる準備をしていこう。
既に彼らが来るのは決定事項。
ゼロとしての記憶が戻っていることは、C.C.とカレンだけではなく、藤堂とラクシャータ、そしてクロヴィスも知っている事だが、この奇妙な状況にいる以上、そして戻った後のことも考えて、記憶は戻っていない、そして戻さないという設定で動くことになっているが、何も知らないスザクはずっと彼らを警戒し続けることになる。

精神的な疲労の積み重なりが体にどのような悪影響をおよぼすか。
その一例を不本意ながら体験している身としては、こんな役立たずな体の人間をこの環境下で増やす訳にはいかない。
何よりスザクの高い身体能力が使い物にならなくなる可能性が高い。
そんなもったいない状況になど、させる訳にはいかない。
スザクは元気に動きまわってこそ価値がある!
さて、どうすればいいか。

「何考えこんでるの?」

ひょいっと顔を覗いてきたのは、未だ髪が濡れたままのスザクで、その表情は何処か不安そうに見えた。

「この場所に人が来るのなら、何をするべきかを考えていたんだ。それより、ちゃんと髪を拭け」

ポタポタと髪から雫をこぼし、上半身も裸のままだ。
風邪を引いたらどうするんだと注意すると、椅子に座りながら、いささか乱雑に髪をタオルで拭きはじめた。
身長も、服のサイズも左程変わらないのに、こうして見ると自分にはないしっかりとした筋肉が綺麗についている。見た目だけの無駄な筋肉じゃない、実用的な筋肉。
・・・男なら、こういう体になりたいと憧れる、理想その物だろう。
羨ましいが、スザクの鍛錬を思い出すと・・・あんなもの、真似出来るものではない。
クロヴィスは寝ているし、スザクは髪を拭くため顔を伏せているのを幸いと、ついジロジロと見ていたが、髪を粗方拭き終わり顔を上げたスザクと目があってしまい、ルルーシュは慌てて視線を手元の大根に戻した。

「・・・う~ん、寝るところに困りそうだよね」

男だけなら、全員で洞窟に入れるが、女性がいる以上それは無理だ。
ルルーシュはあれで眠るにしても、他の人たち、特にクロヴィスは何日も屋外でという訳にはいかない。箱入りの皇子様にこれ以上無理をさせれば倒れかねない。
現に今も疲れきって、椅子にもたれかかり、既に夢のなかだ。
・・・すっかり忘れそうになるが、クロヴィスはこれでも死者なのだから、死ぬことは無いかもしれないが・・・。

「テーブルと椅子も足りない。温泉も今のままでは駄目だ。目隠しを作る必要がある」
「それは藤堂さん達が来てからにしない?僕達だけで作ると大変なことになるよ?」
「まあ、そうなんだが・・・」
「とりあえずさ、材料集めに専念しようよ。そして藤堂さん達が来たら、皆で組み立てる。それが一番早く作れるんじゃないかな?」

なにせ来るのは全員元軍人で現役のテロリスト。
体を動かすのは得意だ。
ルルーシュとクロヴィスは手先は器用だが、ハッキリ言ってそういう肉体労働には向いていない。場合によっては、完全に足手まといだ。なら、彼らが来てから組み上げたほうが絶対に効率がいいはずだ。

「まず温泉の目隠しと、男性用の仮設住宅を建てる。となると、材料となる竹の切り出しと、それらを縛るためのロープを用意するべきだな。スザク、明日は竹を切ってきてくれないか」
「わかった。ロープの材料も集めるよ」

ロープは木の弦を一度煮込んでから作るため、手間はかかるのだが材料さえ集めてしまえば、暗くなってからでも加工は可能だ。

「なら、俺は明日の午前中は葡萄の収穫をしよう」
「葡萄を?」

なんで?と、スザクは不思議そうに首を傾げた。

「昨日の様子だと、やはり毎日とは言わないがお酒を飲みたいようだからな」

あれだけ味の悪いワインでも喜んでいたのだから、何日かに1回ぐらいは出せるようにしておきたい。発酵時間は普通ではあり得ない短さではあるが、それでも数日かかる。ならば先に用意して発酵させておくべきだろう。
それでなくてもワインは臭み消しに多用しているし、酢もよく使っている。
飲まないにしても、人数が増えれば使用する量は間違いなく増えるのだ。

「そうだね、料理にも使っていたんだし、人数増えるなら多めに作らないとね」

わかったとスザクは頷いた。

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