いのちのせんたく 第64話


心地よい風の吹く青空のもと、まずは川に入り洗濯を始めた。
普段使っていた毛布と寝袋、バスタオル。
ここには洗剤となるものはないため、水洗いしか出来ないが、それでも洗わないよりはマシだろう。連日使っている時は特に気にならなかったのだが、こことは全く違う環境の中に1日いて、清潔な毛布やバスタオルを使い、身も心も洗われた思いでここに戻ると、今までなんとも思っていなかった毛布や寝袋から不快な悪臭がして、これでは玉城たちのことを言えないなと思わず苦笑した。
考えてみれば、ここに来てからは衣服を洗うことはあったが、寝袋を日干ししたり毛布を洗ったりはしていなかったのだから、当然の状態なのだ。
寝袋を洗うのは躊躇われたので、表面をできるだけ綺麗に拭き取り、竹を何本か使い物干し場を用意し、そこに干した。
温泉を混ぜた温かい川の水は、何時もより綺麗に汚れが落ちるような気がする。
しばらくすると、目を覚ました仙波がこちらに気付き、毛布類を手にやってきた。

「おはようございます」
「ああ、おはよう」

毛布を洗う手を止め、仙波と挨拶を交わす。
仙波は寝起きだというのに、既に疲れきった表情をしていて、それでもどうにか笑顔で毛布類を地面に下ろした。その動きも、どこか辛そうに見える。
1日、明るく元気な彼らといたことで、この生活に麻痺していた感覚が正常となったのだろうか。それとも心に余裕が出来たからなのだろうか。
彼らの体調も精神状態も、いまなら正確に把握できる。
そして、自分がどう動けばいいかも、自ずと分かる。

「仙波、洗濯は私がしておこう」

藤堂の申し出に、仙波は驚き顔を上げた。

「そんな、中佐の手を煩わせるなど。自分のことですから大丈夫です」
「いや、ついでだから任せてくれ。それよりも、頼みがある」
「頼み、ですか?」

藤堂は念のため辺りに視線を向けた。
朝比奈を含め、この拠点で寝起きしている者はまだ夢のなかだ。
仙波は、藤堂が扇達を確認したことで、ここを出る話なのだとすぐに悟った。

「我々が移動する場所が見つかった」
「本当ですか中佐」

落ち着いた声で話す藤堂に、仙波は声を抑え確認すると、藤堂は頷いた。

「その場所には既に他の者が暮らしているが、我々も受け入れてくれることになった」
「そうでしたか」

仙波は、心底安堵したというように大きく息を吐いた。
これで扇たちと離れられる。
それだけで仙波の顔色が良くなったようにも見えた。

「ただし、ここを出る際に幾つか条件をだされてな」
「条件、ですか」

その言葉に、仙波は真剣な表情で藤堂を見た。

「そう難しいものではないが、一つは扇たちのことだ」
「あやつらの?」

仙波は、不愉快そうに顔を歪めた。

「彼らがここで生活できる環境を整えることを条件に出されている」
「なぜそんな・・・」

それができれば、そもそもここまで荒れていない。
どれほど彼らに言い聞かせても、結局行動するのは最初だけで、すぐにだらけた生活に戻ってしまう。忠告を真摯に聞き入れ、協力してここで生き抜こうと行動する相手でないかこそ、このような状態になったのだ。
だが、そのことは承知のうえで、藤堂はその条件を満たす約束をした。
子供たちがあれだけしっかり生きているのに、大人である自分が何もせずに扇達を見捨てるのは恥だと思ったのもあるが、ルルーシュに愚痴を聞いてもらったことで、いろいろアドバイスも貰い、考え方も改めることが出来、ルルーシュが提示した条件を満たせるだとうと思えたのだ。
藤堂が腕を組み、扇達が眠る方へ視線を向けると、仙波もそちらに視線を向けた。

「我々がいなくなれば、扇達が生存できる確率は間違いなく低くなる。それを知っていながら、我々が扇達を置いていくことを向こうでは気にしている。かといって、扇達を連れていくわけにも行かない。だから、我々が居る間に、扇たちでもある程度の食料を確保できる状態を作る約束をした」
「ですが、あやつらは・・・」
「2日だ仙波」
「2日?」
「今日を含め2日でそれらを用意し、3日目の朝ここを発つ」

明確に示された日数に、仙波は喜びと困惑の表情で藤堂を見た。
残り2日で条件を満たせるとは思えないのだ。

「なにも完璧に生存できるようにするという話ではない。あちらに移った後も定期的に扇たちの様子を見に来ることになるだろう」

頼れる人間がいることも、扇達が何もしない理由の一つ。
自分たちのほうが立場が上なのだという驕りもある。
あの大雨で一度反省はしたが、すぐにまただらけ始めた彼らには、完全に助けのない状態で放り出し、自分たちだけで生きなければいけない事を、協力し生き延びなければならないことをしっかりと考えさせ、行動を起こさせなければならない。
これは賭けでもある。
考えを改め、3人で生き抜く道を選ぶか。
自棄になり、我々を探しだし争う道を選ぶか。
今のまま変わらず野垂れ死ぬか。
どのような選択をするのかは彼ら次第だが、生き抜くための道を明確に示しておくことで、彼らが反省し、この場所で生きる道を選べるようにするのだ。

「ですがそれは・・・」
「そのあたりのことは、あちらに行ってから話し合うことになっている。今考えるべきは別のことだ」

藤堂が指差した先には、昨日朝比奈と藤堂が切り出してきた竹の残りが無造作に置かれていた。

「昨日設置した罠には魚が2匹かかっていた。ならば、あの罠を複数用意しておけば、扇たちでも魚を取ることは可能だろう」

罠を仕掛けた所は比較的安全な場所だから、設置方法には心配ない。そして罠の作りは簡単なものだから、予備を幾つか作っておき、念のため竹を切り出して積み上げておけば、それを加工し自分たちで作ることも出来るだろう。

「恥ずかしい話だが、どうも細かい作業が苦手でな。済まないがあの竹で罠を出来るだけ作成して欲しい。罠だけじゃなく、水筒などの道具も用意したいのだが」

このような作業は藤堂よりも仙波のほうが遥かに上手く、そして手が早い。
だから洗濯を藤堂が引き受けることで、より多くの道具を仙波が作り、この場に残そうという考えなのだ。

「そういうことでしたか、分かりました。罠は私が作りましょう。朝比奈にこのことは?」
「昨日、竹を取りに行った時に話をしている。今日は扇たちを連れて山菜関係を探しに行くと言っていた」

そうでしたかと、仙波は頷いた。

「既に結論は出た。我々がここに要られる時間は限られている以上、作業を分担しなければ提示された条件を満たすのは難しいだろう。だから、洗濯は私がするから、作業を始めてくれないか」
「わかりました。では、お願い致します」

先程よりも明るい表情となった仙波は、そういうと竹を置いていた場所へ歩き出した。
芋の場所も既に教えている。蛇やカエルもいざとなれば自分たちで捕獲するだろう。あとはいくつかの山菜類の見分け方を教えれば、ある程度条件はクリアできる。
自分たちは解放戦線時代、木の皮や草の根をも口にし、生き残ったのだ。人は追い詰められれば、そういうものを食べてでも生きる事は出来る。なによりこれだけ食材が豊富な場所なのだから、よほどのことがなければ飢え死にすることはない。
本来であれば、良い年をした大人三人のために生きる道具を用意すること自体おかしな話なのだが、ルルーシュが不安を感じ、扇達も呼び寄せようなどと言い出さないようにするために、環境を整えるのだと考えるようにしている。そう考えるだけで苛立ちが減るのだから、何事も気の持ちようなのだと改めて気付かされる。

「さて、さっさと洗ってしまおうか」

この後は薪を集めたり、カエルなどを見かけたらそれらを捕獲し保存食を作るのだ。
忙しくなるなと思いながらも、藤堂の顔は晴れ晴れとしていた。

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