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小気味良い音を立てて食材が刻まれるのを耳にしながら、スザクとクロヴィスは捌き終わった魚を干す作業をしていた。山ほどの魚が次々にロープに縛り付けられ、心地よい風が吹く度にゆらゆらと揺れている。 普通であればこれらは虫の格好の餌食なのだが、以前ルルーシュが言っていたようにハエなどの虫は食料に集ることはなかった。ゴミと認識されるものには集っているためいないわけではないが、食料とこちらが認識するものには近寄らないのだ。もしこれらの食材に虫が集るような光景が日常だったら、潔癖症なところがあるルルーシュなら不衛生だと毎日神経質に騒いでいたかもしれない。こうして穏やかな気持で、干された魚が揺れる姿が見れるのは、やはりここが特殊な場所だからだろう。 そんなルルーシュはといえば、現在軽快な動きで包丁を動かしていた。 日が真上に登ってしばらく経った頃、ようやく目を覚まし、寝過ごしたとバツの悪そうな顔をしながら起きてきたルルーシュは、葡萄の処理は終わり、魚の処理も残り僅かなのを見て、ならば遅くなってしまったが昼食は豪華にしてやろうと、現在張り切って料理を作っている。 そんなに頑張ったら疲れるよ。と思っても、単純作業をひたすら繰り返し疲れきっていた二人は、ルルーシュがテキパキと料理をつくる姿を見たことで、いくらかやる気が戻ってきていた。 これが終われば美味しい昼食が待っている。 それだけでもテンションはグングンと上がる。 なにより、先程までぐったりと死んだように眠っていたルルーシュがこうして元気よく動く姿はほっとする。だからついついスザクとクロヴィスは視線をチラチラとルルーシュの方へ向け、くるくると忙しそうに動き回る姿を見て、知らず笑みを浮かべてしまう。 ルルーシュは起きてすぐに未処理だった大きな魚を1匹確保しており、それを手際よく捌いた後、小骨をしっかりと取ると、ある程度細かく刻み、その後薬味らしきものを混ぜてから再び包丁を手にしたので、何をするんだろうとスザクは小首を傾げた。 「ルルーシュ、まだ刻むの?」 「ああ、なめろうと同じぐらい細かく刻むつもりだ」 そう言いながら包丁でまな板の上の魚をさらに細かく刻んでいく。 たたたたたたた、と、軽快な音があたりに響く。 そして薬味らしき山菜も追加で混ぜていく。 どうやら臭み消しらしい。 「なめろう?」 「なめろうは生魚を細かく刻んだものに味噌なんかを混ぜたものだが、今回は別の用途で使う」 簡単にいえば、魚肉のミンチだとルルーシュは説明した。 すり鉢があればすり身にしたらしいが、残念ながらすり鉢もその代わりになるものもない。 「僕がやるよ。貸して」 魚は結構量がある。それを全て細かくなんて、疲れるに違いないと、スザクは魚を干すのはクロヴィスに任せ、ルルーシュから包丁を奪った。 「そうか?悪いな。できるだけ細かく刻んでくれ」 「わかったよ」 今ルルーシュがやっていたように、見よう見まねで包丁を動かす。 その姿を横目にルルーシュは残していたパンの端を取り出すと、細かく砕き始めた。 細かな魚肉、パンの端を乾燥させて作ったパン粉、わけぎは玉ねぎ代わりだろうか。たまごもある。・・・どこか見覚えのある材料ばかりだ。 「・・・ねえルルーシュ。今日のお昼って、何?」 「ああ、ハンバーグだ」 「ハンバーグ!?」 スザクは端から見てわかるほどキラキラとした笑顔で思わず立ち上がった。 クロヴィスの方は、ハンバーグ?と首を傾げている。 皇族はステーキを食べることはあっても、ひき肉を使ったハンバーグは口にしないらしい。どんな料理か全くわからないようだった。 「あれ?でも魚?」 「魚肉ハンバーグだ。・・・作るのは初めてだし、この魚との相性は解らないが・・・まあ、ものは試しだ。それに、お前好きだろ?ハンバーグ」 「うん、大好き!やったー!」 うきうきとした表情でスザクは軽快に包丁を動かし始めた。 スザクは腕力があるので、まな板を傷つけないよう加減をしながら細かくしていく。ルルーシュのOKが出た魚肉は細かく刻んだわけぎと混ぜる。パン粉も入れて、たまごはつなぎに。骨が刺さっても気づかないルルーシュにこれらを捏ねさせる訳にはいかないと、これもスザクが買って出る。 魚干しに飽きていたから良い気晴らしだし、クロヴィスも休憩がてら覗きに来て、三人で談笑しながらの昼食作り。 サラダを作り、スープを作り。 ハンバーグも見るからに美味しそうに焼けて、そこにたっぷりのソースが掛けられた。 こうして三人だけで行動するのももう少しで終わりなのかと思うと、やっぱり彼らを受け入れるのを止めない?と言いたくなってしまうのだが・・・藤堂とセシルが来るのなら、拒絶するわけにもいかない。 でも今の状況も惜しい。 思わず眉間に皺を寄せ悩んでいると、名前を呼ばれた。 「・・・え?何?」 「大丈夫かお前。朝から動きまわって疲れたのか?・・・それとも、美味しくなかったか?」 眉知りを下げ不安そうにこちらを見ていたのはルルーシュ。 スザクは慌てて頭を振った。 「ううん、すっごく美味しいよ。魚でもこんなに美味しいハンバーグが作れるなんてびっくりした」 「本当なら、お前の好きなデミグラスソースを作れればよかったんだが・・・」 この環境下では難しい。 だから今ある調味料で作ったきのこ入り和風ソースをかけていた。 「ううん。こんなに美味しいハンバーグ、十分すぎるぐらいだよ。魚肉だから和風ソースもすごくあってる」 醤油も魚から作ってるから相性いいんだね。 「うん、いつもと同じ魚とは思えない美味しさだね」 初めて食べたけれど、とても美味しいよ。 ニコニコと笑顔で言われる言葉に嘘はなく、スザクとクロヴィスの口にあったことでルルーシュはほっと胸をなでおろした。 その様子に、スザクとクロヴィスは思わず顔を見合わせた。 こんなに美味しいのに何を不安がっているのだろう? 「それならいいんだ。なにせ初めて魚で作ったから、不安だったんだ。改善点はいくつかあるが、まあ臭みも上手く消せたし、次はもう少し上手く作れるだろう。それより、昼からの予定だが、スザクは引き続き竹を集めてくれないか?」 温泉の囲い、仮設の男性用住居。 テーブルに椅子、食器の追加。 女性が増えるのだから、トイレの増設も視野に入れておくべきだろう。 そうなると、今ある量では到底足りない。 「うん、わかった」 「兄さんは木の実を拾いに行って下さい」 「木の実を?」 今は藤堂たちが来た時の資材集めじゃないのかね? 「この島では、どんぐり、栗、くるみ類はいくら拾っても、翌日には大漁に落ちています。ですが1日に拾える量に限りがありますから」 人数が増えるのだから、木の実の在庫は欲しいんです。 食料に困らない場所ではあるが、主食としているパンや麺類は木の実を砕いた粉末で作っているため、どうしても消費が多い。 予め拾っておけば、夜に人海戦術で処理することも可能。 ラクシャータとセシルが来たら、手作業で行っているこれらを効率化させる方法も話し合うべきだろう。 「・・・僕が竹集め、クロさんが木の実、で、君は?」 スザクは嫌な予感を憶え、若干低い声で尋ねた。 「俺は海に」 「駄目!」 ルルーシュが全部言い切る前にスザクは却下した。 即答が気に入らないとルルーシュは眉を寄せ、スザクを睨むが、一人で行くなんて絶対に駄目だからねという意志も込めてスザクも睨む。 「ルルーシュ、一人で海に行くのは私も止めさせてもらうよ。それに、魚はこれだけ捕れたのだから、海に行く用事など無いだろう?」 ほら二人共、睨み合うのはやめなさい。 一瞬で険悪な空気になった二人を、クロヴィスは諌め始めた。 最初は喧嘩をする二人に慌てたものだが、今はもう慣れたものだ。普段はとても仲がいいのだが、この二人は考え方が基本的に違うため、時折こうして激しく衝突する。 大体はルルーシュが単独行動するのを、スザクが頭ごなしに否定するのが原因だった。ルルーシュがもう少し単独行動の危険性を考え、スザクもルルーシュの事が心配だとしてもすぐに否定するのではなく、もう少しいい方を変えるだけで回避できるものは多いのだが、二人共自分に非はないと思っているため反省しない。 そしてどちらも頑固で引かないため、いつまでも険悪な状態でにらみ合いを続けてしまうのだ。 そんな二人の仲裁はクロヴィスの役目だった。 ルルーシュの行動理由を明確にし、スザクに理解させる。 それで大抵の喧嘩が治まることは学習済みだ。 「・・・別に危険なことをするわけではありませんよ。人数が増えれば塩の消費量も増えるので、どうすれば効率よく塩を採取できるか少し考えたかっただけです」 今は竹を割った容器に海水を満たし、天日干しで採取している。3人ならそれでも十分な塩が手に入るが、これから来る人数を考えれば、間違いなく足りなくなる。容器を増やすのも確かに手ではあるが、もっと効率のいい方法を考えたかったのだ。 海辺に塩田を作るのが手っ取り早いと思っている。 ならば、塩田を何処に作るかも含めて現地を見ながら考えたかったのだ。 そもそも、塩田というものがあることは知っているが、それがどういうものかは詳しくは知らない。以前読んだ本や写真などで得た知識を組み合わせ、塩田の仕組みもこの機会にじっくりと考えてみたい。 生きる上では塩は必須。 だからこれも今後の生活に重要なことなのだ。 「・・・それでも駄目」 「危険なことなどしないさ」 そもそも、組み上げなどを藤堂たちとやるのであれば、事前にやっておくことはそう多くはないのだ。竹や弦は必要だがそれらを採取するスザクの手伝いはルルーシュには出来ない。そもそも手伝いをさせてもらえない。木の実は一人で十分。ならば藤堂たちが来た後の行動予定をたてるため、まずは塩田の計画を、と考えていたのだ。 「君、この前海岸に行っただけなのに、足くじいたの忘れてない?・・・今も松葉杖、付いてるんだよ?」 痛覚がない以上、回復したかどうかルルーシュに判断はできない。 念には念をと、腫れが引いた今も足を固定し松葉杖を使っていた。 「・・・それは・・・大丈夫だ」 だから、そこを言われるとルルーシュは弱いが、注意さえすれば問題ないと、ルルーシュは目を逸らしながら訴えた。 目をそらした時点でルルーシュの負けは決まっていて、クロヴィスは美味しそうにお茶を啜った。 「何処が大丈夫だよ!わかった、僕、今から弦を取ってくるから、今日はルルーシュはここでロープ作りしてて。明日三人で海に行こう」 決定だからね。 スザクは絶対に引かないからと、強い口調でいった。 クロヴィス兄さんがこの生活で一番成長しています。死者だけど。 |