いのちのせんたく 第70話


「うお~!すっげーな!こんなので魚が取れてるぜ!」

おい、見てみろよ!
玉城が引っ張りあげた罠を手にバタバタと走ってきた。
その手には昨日、朝比奈たちが仕掛けた罠。

「ちょっと!何勝手に引き上げてるんだよ!」

玉城が川辺をふらついているのは知っていたが、まさかこちらの了承も得ずに勝手に罠を引き上げていたとは。朝比奈は怒鳴りながら玉城の方に向かっていった。

「いいじゃねーかよ、誰が引き上げてもよ。それより見てみろよこれ!」

何を言っても馬の耳に念仏。玉城は朝比奈の怒鳴りを小馬鹿にするような顔で聞き流し、扇たちに向かってニコニコ笑顔で罠を持ち上げた。その中には15cmはあるだろう川魚が2匹、罠の中でピチピチと跳ねていた。
まるまると太った川魚に、玉城同様まるで子供のように南もテンションを上げた。

「おお!すごいじゃないか!こんなに大きいのが捕まるんだな!他の罠はどうだったんだ!?まだ仕掛けてたはずだが?」
「まだ見てねーよ!一緒に見に行こうぜ南!ほら、扇も来いよ!」

まるで子供のようにはしゃいで、他の罠を確かめていこうとする玉城の姿に、朝比奈は苛立ちを隠しきれなかった。

「待てって言ってるだろ!勝手なことするなよ!それは俺達が仕掛けたんだから!」
「まあ、落ち着け朝比奈」

玉城を怒鳴りつけていた朝比奈の肩を叩き、仙波は首を横に振り、それ以上は言うなと止めた。

「ですが仙波さん!」

あれは俺達が仕掛けたのにと、朝比奈は言うのだが。

「そうだそうだ落ち着けよ。ガミガミガミガミうるせーんだよおめーはよ!」

玉城だけではなく南と扇も同意するように頷いて、笑いながらこの場所を離れた。
明らかに馬鹿にしたような態度に、朝比奈は腹立ちから足元の石を蹴り飛ばした。
地面には置き去りにされた罠があり、仙波はその罠を手に取る。

「見てみろ、なかなかいいサイズだ」
「・・・そうですね」

不貞腐れながら、朝比奈は同意を示した。
確かに良いサイズだ。
この程度の罠でこのサイズが取れるとは正直思っていなかった。
これなら2.3個設置しておけば、扇たちが食べる分には困らないだろう。

「確かに、我々が設置したものを勝手に引き上げるのは腹立たしいが、扱い方を憶えさせるいい機会だ。我々は明後日の昼前、ここを離れるのだからな」

遠くにいる扇達を見ながら言われた言葉に、確かにそうだと朝比奈は頷いた。
明後日ここを離れられる。
その思いがあれば、この程度の苛立ちはすぐに消えた。
罠の回収をすれば、どの場所にどうやって設置されていたか見ることになる。こちらが見るように言ってもどうせ反発するから、そう考えればこれは都合がいいのだ。

「この部分が弱いようだな。改良を加えたほうがいいだろう」

仙波が仕掛けの出入り口部分をいじっているので覗き見ると、どうやらその部分が折れてしまっているようだった。水流で壊れたか、暴れる魚に壊されたか、あるいは玉城が引き上げるときに壊したのかもしれないが、確かに改良したほうがいいだろう。

「ああ、この部分ならいい方法が有ります。俺が直しておきますよ」

幼いころ、よく祖父が手製の罠を作っているのを見ていたものだ。
だからこの程度の仕掛なら、どう改良すればいいか見ただけでわかる。

「そうか?では任せよう。では私は薪を集めるとするか」

少しでも食材と薪を用意していく事になっている。そのため藤堂は食材などを探しに既にここを離れていた。どうやらあちらにいる者に、こちらの拠点にある食材の種などの採集も頼まれているのだとか。あとはレモンや渋柿など、こちらでは食されないような物までいつか持っていく約束をしているらしい。

「僕はこれを直したら、あいつらに罠の仕掛け方と魚の捌き方を教えますね」

回収したのだから、仕掛け方はすぐに分かるだろう。魚は最悪捌かなくてもしっかり焼けば問題はない。だから、三人にやる気がないようなら別に教えなくても大丈夫だろうとは思っている。だが"教えようとした"ことが大事なのだと藤堂に言われていた。
あちらの者に出された条件。それをクリアするために。
やっていなくてもやったと言えばいいだけだと思うのだが、藤堂に嘘をつかせるのは心苦しいし、その辺を見ぬく事に長けた相手かもしれない。面倒な相手だが、戻ってきた藤堂が晴れやかな顔をしているので、間違いなくここより良い環境なのだろう。ならば相手の心象を悪くする行動を取るべきではない。

「あまり腹を立てないようにな」

眉間に皺を寄せ、目を細めていた朝比奈に、仙波は言った。
この生活とストレスで疲れきっていて、顔色は悪く肌は荒れ、やつれている。
それは仙波も同じで、好き勝手やっている扇たちより二人はひどい状態だった。
移動に片道6時間かかるというのだ。
明後日までに少しでも体調を整えておかなければ。

「解ってます。適当に、やっておきますよ」

川の向こうで、大漁だ大漁だとはしゃいでいる三人を忌々しげに睨みつけながら朝比奈は言った。



戦争前、玉城たちがスザク並のアウトドア派なら川にペットボトル罠とか仕掛けているかもしれないけど、東京で生まれ育った都会っ子で、罠での捕獲を初めて見て童心に還って騒いでいるという事で。そんな彼らは非常にウザいと思います。

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