いのちのせんたく 第74話


汚れきっていた洞窟内を時間を掛けて清掃し、乾燥させる。
虫も湧いていたため洗った程度ではどうにもならず、洞窟の奥に乾いた枯れ草や枝、乾かしていた竹などを置き、火をつける。洞窟内に煙が行き渡り、もうもうとした白煙が入り口から外へと流れ出ているのを確認した。これで虫はいなくなるし、いくらか匂いも消えるだろうだろうから、後でもう一度きっちり清掃すれば夜までに体を休められる程度にはなるだろう。
さて次の作業だと、仙波と朝比奈は洞窟を後にした。
集めてきた様々な太さの竹はある程度纏めて蔓で縛り、先日のような大雨が来ても流されないようにと、洞窟入り口の高台に積み上げられた。竹は最悪薪の代わりになる。穴を開けずに火に焚べれば、爆竹という言葉があるように中の空気が膨張することで破裂するが、その辺は話をしておけば問題はない。
同様に薪となる枝などもできるだけ拾い集め、これらも全て洞窟入り口に積み上げた。
何を言っても聞かず、すぐに藤堂たちに丸投げする扇たちは無視し、藤堂たちは黙々と資材集めを続けた。
保存食も必要だと、今は主食を罠で捕まえた川魚にし、カエルなどを捕獲した場合は捌いた後天日干しにして乾燥させた。魚が余った場合はこれらも干しておく。だいこんやジャガイモなどの根菜類も掘り起こしておき、ここに来た当初荷物が入っていた4つの木箱のうちの1つに詰め込んだ。
今までとは違い、ここで生活するための準備とは違う何かを感じたのか、藤堂たちの動きを不審に思った扇たちは、ヒソヒソとこちらを見ながら話しているのだが、やはり手を出そうとはしてこなかった。
今は手を出されても苛立つだけだから、離れているならそのほうがいいと気持ちを切り替え、少しでも効率よく資材を集めようと三人は忙しなく動きまわった。明日は昼前に6時間かけて移動するのだからその体力を残すことも大事なので、交代で休憩を取りながら作業を続ける。
竹の水筒に入れて川で冷やしていた水で喉を潤した仙波は、大きく息を吐いた。それを、すぐ傍で薪をまとめていた朝比奈が見ており、大丈夫ですかと声をかけた。

「あまり無理はしないで、休んだらいいですよ」
「だが、もう少し集めた方がいいだろう。それが終わったら休ませてもらう」

仙波は今、林の中に落ちている木の実、主にくるみとどんぐりを拾い集めていた。食材が豊富なこの場所で小さなそれらを食べようとは思わなかったのだが、残していく者たちのことを考えればできるだけ集めておくべきだろうと藤堂が言ったので、集める役を買って出ていたのだ。
寝袋の袋に入れて運んだ木の実を、藤堂・朝比奈・仙波の飯盒にザラザラと流し入れる。発芽と虫が湧くのを防ぐため一度茹でて乾燥させる必要があるのだ。
水を入れ火にかけるとそれらを朝比奈に任せ、仙波は疲れて重くなった身体に鞭打って立ち上がった。

「朝比奈、仙波ちょっといいか?」

その時、扇が玉城達を引き連れてやってきた。
来なくていいのにと不愉快そうな顔で朝比奈は三人を睨みつけるが、その視線に慣れきってしまった三人は特に気にする素振りも見せなかった。

「何?俺たち忙しいんだけど?」

朝比奈は不愉快そうに言い捨てた。

「忙しいっつってもよ、ただ薪を縛ってるだけじゃねーかよ!」

それぐらいのことで忙しいとか言ってんじゃねーよ。
玉城は相変わらず偉そうに言い、南はそれに同意するかのように頷いた。
ああ、本当に腹が立つ。
用があるならさっさといえと不愉快さを隠すこと無く睨みつけた。

「一体何をしているんだ?薪や食料を集めているのはわかるが、急にどうしたっていうんだ?」

今までも薪や食料は毎日集めていた。だが先日から明らかにその規模が変わり、何か目的を持って集めていた。毎日を生きるためという目的とはまた違う、別の目的。ここでの生活でどこか緩んでいたものが一気に引き締まり、何かしらの任務を遂行しようとしているように見えるのだ。

「急にも何も無い。我々はここで生きるための準備を常にしている。それだけだ」

ここを出る話をする許可は得ていない。だからはぐらかすように仙波は言ったが、扇たちは不審そうな目を向けて、絶対何かあるはずだと言ってくる。
さてどうするべきか。
そう考えていると、林の奥から重そうなリュックを背負った藤堂が姿を表した。

「どうしたんだ皆集まって。何かあったのか」

先日1日戻ってこなかった藤堂はなにか吹っ切れたかのようにも見え、それがさらに扇たちの不安を煽っていた。

「いえ、我々がこうして食材や薪を集める理由を聞いてきましてな」

仙波の言葉を聞きながら藤堂は背負っていたリュックを下ろした。
中には薪やロープに使えそうな蔓、くるみなどがつめ込まれていた。

「仙波、木の実はこれで十分だろう。処理の方を頼めるだろうか」

仙波が拾ってきた分と、藤堂の分でかなりの量となる。
藤堂が十分というならこれ以上集める必要はないなと、仙波は承知と頷き腰を下ろした。その動きから、仙波がどれほど疲れているのがわかる。この体でまだ動こうとしていたのだから、藤堂が止めてくれてよかったと朝比奈は安堵の息を吐いた後、全く何もしない扇たちにますますいらだちを覚え三人を睨みつけた。
グツグツと飯盒の中の木の実を煮ている傍に藤堂も腰を下ろし、朝比奈に手渡された水で喉を潤す。その様子を三人は自分たちばかり冷たい水を飲んでという顔で睨みつけていた。

「ふむ。どうして我々が資材を調達し、食材を集めているかわからないか?」

藤堂はの問に三人は互いの顔を見たあと分からないから聞いていると口にした。

「これらの資材と食材は扇、玉城、南、お前たち三人のために用意しているものだ」

躊躇う事無く藤堂は言った。仙波と朝比奈は驚いたが、ようやくこの三人に現実を突きつけられるという思いが勝ったのか、その顔にホッとしたような笑みを浮かべた。

「俺達のためにって、どういう意味だよそりゃ!」

玉城が食って掛かるが、扇と南は気がついたのかさっと顔をこわばらせた。

「ま、待ってくれ藤堂。もしかしてここを出て行くつもりなのか!?」

扇が慌てたように前に出て玉城の言葉を遮るように聞くと、藤堂は一拍置くためか再び水筒に口を着けた。冷たい水が喉を流れ、水分を欲していた身体にはとても美味しく思えた。それだけで少し心が軽くなる気がする。

「その話は前にもしていたと思ったが?」
「ま、待ってくれ!」
「我々は十分待った。待ったが、お前たちは少しも反省しなかった」

昨日は物珍しげに罠の回収をしていたが、それだけだった。
設置にしても、捌き方にしても、教えようとすればお前たちがやればいいだろうと言ってぐーたらとだらけ始める。これはやはり最初が悪かったのだろう。確かにサバイバル訓練をしていない者たちだからと、きっと甘やかしてしまったのだ。人間甘やかされればダメになる。その後いくら言って聞かせた所で一度憶えた蜜の味は忘れない。どれほど朝比奈たちが叱りつけても、のらりくらりとかわしていれば、最終的に自分たちを死なせないためにと面倒は見てくれる。藤堂たちにはそれだけの能力があり、元軍人として民間人を守る責任があると認識してしまったのだ。
だがそんなものは所詮扇たちが勝手に抱いた幻想でしかない。

「俺たちを見捨てるつもりか!?」

なんて酷い奴らだ。
それでも軍人かよ。
そんな顔で三人は藤堂達を睨みつけた。

「勘違いをするな。見捨てたのは我々ではない、お前たち自身だ」

藤堂はいつになく低く冷たい声でそういった。
それは今まで扇たちに対して貯めていた色々な感情が初めて表に出たものだった。
重く冷たく、それでいて叱りつけるような声に、扇たちは知らず身体を震わせた。

「お、俺達が見捨てただと?どういう意味だ」
「そのままの意味だ。我々は幾度も手を伸ばしたが、それを拒み続けたのはお前たちだ。このような奇妙な場所で生き抜くのだから協力するのが当然だというのに、それを拒み続けた。我々の警告も無視し自分たちの命がかかった選択だというのに、それを軽視し、何もしなかった。つまり、お前たちは自分のいのちを守るための行動をせず、自分で自分を見捨てたということだ」
「そんな無茶な」
「無茶ではない!」

扇が横暴だと口にした言葉を、藤堂は一括して遮った。
今までとは違う藤堂の態度に、扇は顔色を無くしゴクリとつばを飲んだ。

「仙波を見ろ。我々の中で年長者である仙波でさえ、これほど疲労しているのにまだ動こうとしている。それなのに体力のある若いお前たちは何をしていた?見捨てたというならば、お前たちは今、仙波を見捨てていることになるのではないか?」

仙波は見た目より年齢は若いが、それでもこれだけ疲労している。
このサバイバル生活では無理をすることは避けなければいけないのに、あと少しでもと動こうとしていた。扇たちはそれを傍観し続けていた。手を貸したり、休んだ方がいいなどと口にせず、仙波が動くのは当然だという顔をして。
これでもし倒れたとしても、勝手に動いて勝手に倒れたのだから自分たちのせいではない、関係ないと、見て見ぬふりをするだろう。
そちらのほうがよっぽど見捨てたという言葉にあうのではないだろうか。

「我々は三人、そちらも三人。共に成人をとうに超えた日本男子だ。日本を取り戻すため戦っているのだから体だって各自で鍛えているし、怪我をしたわけでも病を抱えているわけでもない健康体だ。確かに知識や経験で我々が上だったとしても、何度も言うがこの奇妙な場所では6人全員が協力し合い、生き抜くために動く必要があった。だが、お前たちは我々が元軍人だからと自分たちは動かず、我々に召使のごとく世話をしろという態度を崩さなかったな。そのような者と共にいる意味など無い。だから我々は明日、ここを離れることにした」

これは既に決定事項だ。
何を言われようと覆ることはない。
藤堂が断言した言葉に、三人は顔を青ざめさせた。


あちらの拠点では三人のうち未成年が二人。
そのうち一人は心と体に問題を抱えている。
一人は軍人で肉体労働向きだが、残り二人ははっきりいって体力はない。
こちらよりサバイバルには不利なメンバーが集まっている。
それでも三人でしっかり生きているというのに・・・。
という思いも藤堂にはあったと思う。

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