いのちのせんたく

「ルルーシュ、起きられそう？」

仮眠室の簾を持ち上げそっと中を伺うと、ぐったりと横になったまま動かないルルーシュが視線だけ向けてきた。不愉快そうに睨みつけている姿だけで何を言いたいかは嫌でもわかる。
そしてその状態で指一つ動かさないのだから、どんな状況かも一目瞭然だ。
これはダメそうだなと、スザクは眉尻を下げた。
どうやらルルーシュの体は無理をしすぎてストライキを起こしたらしい。
今までは体に問題はなく精神がという状況は何度もあったが、その逆は無かったのにとスザクは動けない様子のルルーシュの頭を撫でた。

「吐き気とかはないの？具合が悪いとか」

痛み関係は絶望的だが、それ以外で何かしらのサインを体が出している可能性はある。だからこうして尋ねるのだが、このルルーシュが何か異変に気づいていたとしても素直に答えるはずがない。
困ったな、どうやって口を割らせればいいだろうか。
そう思いながら黒髪を梳いていると、困り顔で頭を撫でられることが腹立たしいのか、ギロリと不愉快そうな顔で睨まれたため、慌ててて手を引く。

「・・・くそ、なんで・・・」

なんで、体に力が入らないんだ。
弱々しい声で文句を言うが、口を開くのも大変らしい。
言葉はどんどん尻すぼみになり、ルルーシュは喋るのを途中で放棄した。
怒った顔を維持するのも辛いのか、疲れたように瞼を閉じた。
いままでにない症状と感覚が麻痺した体。
最悪の想像ならいくらでもできるが、この状況を一番不安に思っているのはルルーシュだ。だからスザクもクロヴィスも努めて平静を装い、ルルーシュに接していた。
肉体面だけではなく精神面にも爆弾を抱えているのだから、ここで精神まで不安定になってしまったら、それこそ手がつけられなくなる。
だから「休めばすぐ良くなるよ」と、当たり前にように口にした。

眠ったのか、まだ起きているのか。
静かに両目を閉じ、動かなくなったルルーシュを見ながら何が原因なのかを考える。
少なくとも、昨日昼寝をさせた時は元気だった。
波打ち際に打ち上げられていた大量の昆布を干し終わったころには起きてきて、そのまま歩いて拠点に戻ってきた。
夜もいつも通り過し、スザクとルルーシュはロープを、クロヴィスは竹で食器を作成していた。特に問題らしきものは思いつかないのだが、今朝目を覚ますとルルーシュの体が思うように動かなくなっていたのだ。まるで電池の切れたおもちゃのようだ。
思考はいつも通りらしいが、体だけがおかしくなっている。
傍でルルーシュの様子を見ながら竹の加工をしていたクロヴィスは、スザクの横にやってきてルルーシュの顔を覗き込んだ。そしてそっとルルーシュの額のタオルを取ると、水を張った鍋でそれを洗って絞り、再び額に置いた。
普段はろくに体温が上がらないルルーシュだったが、今日は朝から熱かった。
つまり、熱が出たことで体が限界だと判断し、ルルーシュの意志を無視してストライキを起こしたのだとクロヴィスは考えていた。

「おそらく、今まで溜まっていた疲れが一気に出たのだろうね」

どれだけ快適な空間を目指して整えていても、所詮はサバイバル生活。
屋外での活動も多いし、最近は足をくじいたことで足を固定し時には松葉杖をつきながら動いたため、普段以上に体力は消耗したはずだ。だから肉体的な疲労が予想以上に溜まっていた可能性はある。
スザクや藤堂たちに対し気疲れもしただろう。
彼らはルルーシュが既に記憶が回復していることも知っているのだから。
普通の体であれば、動けなくなるほど疲れがたまる前に本人が気づいて休むが、ルルーシュにはそれがない。昼寝をさせることである程度は疲労度を測れるが、それも万能ではないのだということが解った。
咳はないから風邪ではないと思いたいが、咳や鼻水はウイルスや異物を外に出そうとする働きだから、その働きさえ麻痺している可能性がある。寒気や頭痛も感じないだろうし、発熱以外の判断材料を手に入れることはできないのだ。
野菜を煮たもので軽く食事を取り、救急セットに入っていた解熱剤も飲ませたから後は様子を見ているしか出来なかった。こういう時には医療に明るいという噂のラクシャータがいてくれれば少しは安心できるのに。

「明日までに下がってくれればいいんだけど・・・」

なにせ明日の朝には藤堂と合流するため、待ち合わせ場所に行かなければならないのだ。こんな状態のルルーシュを置いてなんて行けない。

「・・・問題ない」
「問題しか無いよ」
「問題しか見えないんだがね」

起きていたらしいルルーシュのつぶやきに、二人は呆れたように返した。

薬が効き始めたのか、着ている服がぐっしょりと濡れるほどの汗をかく頃には、ルルーシュはぐっすりと寝入っていた。本来なら着替えさせたいところだが、今起こすわけにもいかない。頭だけは冷やしておこうと、ルルーシュの様子を伺いながらぬるくなった水を捨てて冷たい川の水を汲んでいた。
スザクはルルーシュが気になるようだが、昨日の夜にルルーシュに頼まれていた倒木の切り出しをするため今はここにはいない。川の水で満たされ重くなった片手鍋を手に、ルルーシュの元へ戻ろうとしたが、すぐに足を止め振り返った。

「最近はどこに行っていたんだい？ユーフェミア」

クロヴィスの視線の先には人などいない。美しい川のせせらぎが視界に入るだけだった。だが、クロヴィスはそこに誰かがいるかのように話しかけた。

「ルルーシュが寝込んでしまっていてね、熱も酷いから早く戻らなければならないのだよ。ああ、間違ってもあの子に接触してはいけないよ？」

君の存在は、あのこのトラウマをえぐり、症状を悪化させてしまうからね。

『解っています、クロヴィスお兄さま』

私はそこまで信用できませんか？
ぷんぷんと可愛いその頬を膨らませ、既にこの世にはいない妹は口を尖らせていた。
以前ルルーシュを人形のような状態にした原因は自分だとユーフェミアは理解していた。だから今、体を壊し寝ているルルーシュに接触する気など無い。ルルーシュが回復するのであればいくらでも接触するが、その逆ならば離れるしか無い。
今は。

「それで、今度は何をする気なのかな？」

妹はなにか用事があって来たはずだと判断し、話すよう促すとユーフェミアは花も綻ぶような美しい笑みを浮かべ、手を叩いた。

『私、わかっちゃったんです』
「わかった？何がだね？」
彼女のその発言には嫌な思い出しか無いクロヴィスは顔を引きつらせた。

※ルルーシュの発熱ですが普段の体調不良では微熱。今回は38度を超えた高熱です。
その辺を書き忘れてたことに後々気がついたのでここで補足。

スザクの体力が1000だとしたら。
クロヴィスは100。
ルルーシュも100。
だけど体を壊しているから上限は100でも50までしか回復しない。
その上体力ゲージの減りが普通の人よりも早く、気づいたら体力は0を超えマイナスになっている。
そしてマイナスが積み重なった結果、体が勝手にドクターストップをかけた。
すごろくで言うなら「1回休み」を引いた。
そんなイメージ。

とりあえず数日前に足を挫いたけど、藤堂たちが来る前にもう1回ぐらい動けなくなってもらおうかなと何となく思っただけ。改めて考えるとルルーシュの寝込み率と怪我率は非常に高いですね。ますます二人は過保護になりそうです。
ごめんねルルーシュ。
今回は悪意しか無いんだ。
今回も、か。
こちら側で書くネタが何も思い浮かばなかったんだ。

幽霊ユーフェミアの存在すっかり忘れてたので、思い出したついでに再登場。