いのちのせんたく 第79話


人が歩いた痕跡が僅かに残る森の中を歩き続けた。
木々が鬱蒼と生い茂り、背丈の高い草が足に絡みつくような場所で、木箱を2つ担いで歩くのは想像通り大変でだった。藤堂と朝比奈が担ぎ、仙波がその補助をしながら先へ先へと歩みを進めた。

「中佐」

仙波が辺りを警戒しながら小声で藤堂に声をかけた。

「ああ、そうだ仙波。これからは中佐ではなく藤堂と呼んでくれないか」

真剣な声で話しかけた仙波へ返答はせず、藤堂は思い出したかのように口にした。藤堂が相手の話を無視し別の話題を振るなど今までにないことで、仙波は一瞬驚き声を無くしたが、すぐに平静を取り戻した。

「では藤堂さんと、今後呼ばせていただきます」

「ああ、すまないな。休憩場所まであと少しだ。朝比奈も辛いだろうが頑張ってくれ」
後ろで荷物を担いでいる朝比奈に声をかけると「はい、藤堂さん」と返事が返ってきた。

「後ろの連中は気にしなくていい、手は打っている」

大声で交わされた会話の後、藤堂は仙波にだけ聞こえる声でそう答えた。




「おい、もう少しで休憩だってよ」

先頭を歩く玉城が嬉しそうに言った。

「・・・っ、まさかこんな遠いとはな・・・」

額からダラダラと流れる汗を拭い、肩で息をしながら重くなった足を前に進めた。
背の高い草が足に絡みつき歩くのを邪魔するし、あちらこちらから伸びている枝が体にあたって痛い。あんな荷物を担いでいくのだから移動場所は近場だと考えていたが、こんな悪路を長時間歩くなんて予想外だった。今日も何時もと変わらない過ごしやすい気候のはずなのに、全身から汗が吹き出すほど暑く、のどが渇いて仕方がない。念のため持ってきていた水筒の水を口に含みながら、なんで俺たちがこんな目にと悪態をついていた。

「目印を忘れるなよ、玉城」

最後尾を歩く南は、ナイフで木の表面を大きく傷つけながら言った。

「わかってるって」

玉城もナイフで木を傷つける。
こうして目印を付けることで、今までの拠点へも戻れるようにするのだ

「でも休憩ってことは、まだ先があるのか」

南はうんざりとした顔で言った。

「でもよ、俺達を置いて移動するってことはよ、今のところよりずっといい場所を見つけたってことだろ!?」

行くのは大変でも、その後は楽なんだろうから頑張ろうぜと玉城は前向きだった。
欲しい物資は確かに全部手にしたが、やはり日々の生活をする事を考えれば、藤堂たちと離れるより共に行動するほうがいい。拠点に出来る場所などそうないのだから、今までの場所と新しい場所の位置を把握してしまえば、こっちのものだ。
こちらの意志を無視して別行動するなんて、そんな勝手な事を認めるつもりはない。

「・・・自分たちだけ快適な場所に行こうなんて狡いからな。・・・俺達にも、そこに行く権利がある」

当然の権利だと、玉城と南も同意した。
だから目的地にたどり着くまでは、後をつけていることを気づかれてはいけない。
それまでの辛抱だと励まし合い、前を歩く三人の背中を追いかけていく。

「それにしてもよ、元軍人だとか中佐だとか言って、偉っそうな顔をしていたくせに、俺達の尾行にも気づかないなんて間抜けだよな~」

本当はあいつら無能なんじゃねーのか?
気づかれてはいけないと考えているはずなのに、草木のざわめきや荒い息遣いで互いの声が聞き取りにくいせいで、ついつい大きな声で話される会話。
その声は、当然先行して歩く藤堂たちの耳に届いていた。




辿り着いた先は見晴らしの良い岩場で、藤堂は「ここで休憩をする」と荷物をおろした。
仙波に担がせる訳にはいかないと頑張っていた朝比奈は、流れ落ちる汗を拭いながら疲れたとその場に腰を下ろし、その側に仙波も腰を下ろした。
藤堂の方はまだ余裕があるが、朝比奈と仙波はもう限界が近い。
リュックを降ろし水筒を取り出すと、その場に座り込んだ二人に渡した。二人は礼をいうと、既にぬるくなった水を喉に流し込んでいく。藤堂も喉を潤しながら辺りをキョロキョロと見回した。誰かを探すような素振りに、朝比奈と仙波は顔を見合わせる。

「藤堂さん、何を探しているんですか」

朝比奈は立ち上がると、何かあるのだろうか?と辺りを見回した。
そして、ありえないものを見つけて思わず目を瞬かせた。

「と、藤堂さんあれ」

慌てて指差したその場所には、本来あるはずのないものがあった。

「ああ、それはそのままにしておいてくれ」
「そのまま・・・」

そういって、朝比奈と仙波は再び顔を合わせた後、再びそれを見た。
そこには、ぱちぱちと音をたて、赤々と炎が揺れていた。
そう、人の気配のないこの場所に焚き火が用意されていたのだ。
そうだ、藤堂はラクシャータたちと合流する話をしていた。
彼女たちがここにいるのだろうか。
それにしては人の気配はない。
朝比奈と仙波は、扇たちはともかく他に誰かいないかと辺りを見回した。



藤堂達は移動を始めた。
楽してダラダラサバイバル生活を手放すのは惜しいと、扇たちがついてきた。
だが藤堂達は付けられていることに気づいていた。

・・・結論:追跡と尾行  落第点。

玉城「今のところよりずっといい場所を見つけた」 ←正解
扇「自分たちだけ快適な場所に行こうとしている」 ←正解

・・・結論:推理力? 及第点。

扇たちが探偵だったら、即ターゲットに見つかるだろうなとか思いながら書いてました。
それにしても仙波が、中佐じゃなく藤堂さんって呼ぶのは違和感しかない。

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