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「あれ、もう来ていたんですか?早かったですね」 聞こえてきた声は女性のものではなく、明るく元気のいい若い男の声だった。 合流するのはラクシャータたちではないのか?と、声の方に視線を向ける。 がさがさと草木をかき分けて姿を現した人物に、朝比奈と仙波は驚き立ち上がった。 帝国最強と言われる12人の騎士だけが着ることの許された、白を基調とした騎士服と、タンザナイトのような深い藍色のマントを纏ったその人物は、癖のある茶色の髪を揺らしながら近づいてきた。 神聖ブリタニア帝国ナイトオブラウンズ、ナイトオブセブン、枢木スザク。 日本最後の首相の嫡子でありながらブリタニアに膝をついた売国奴。 同族殺しの白き死神。 黒の騎士団にとっては敵でしか無い男だ。 「君も随分早かったようだな、スザクくん」 「思ったより早く着いてしまって」 爽やかな笑顔で近づいたスザクは、その手を持ち上げた。 それを見て、仙波と朝比奈、そして隠れている扇達は一瞬で顔色を無くした。 「ただ待っているのも暇だったので、この辺を見て回ってたんです。そしたらこんな大物を見つけました」 嬉しそうに言うのだが、その手にしているものは巨大な蛇。 太さも20cmは軽く超え、長さも10m近くありそうだ。 そんな蛇が左腕にぐるぐると巻き付いているにもかかわらず、スザクは平然とした顔をしていた。人を潰せるほどの力がありそうな巨大な蛇だが、スザクの腕は潰せないらしく、頭を左手で掴まれ必死になってその体をうねらせていた。 その光景があまりに異様で、朝比奈と仙波は口をぽかんと開けた状態で師弟のやり取りをただ見ていることしか出来なかった。 藤堂はというと、そんな大蛇をみてこちらも笑みを浮かべていた。 「これは大物だな。これだけ大きければ食べごたえもありそうだ」 ええ!?それだけですか藤堂さん!! まさか、さわやかな笑顔でそう応えるとは思わず、仙波と朝比奈は思わず心のなかでツッコミを入れた。 この師にしてこの弟子ありということなのだろうか。 「でも、捌くのは大変だと思うんですよ、これだけ大きいと」 「ならば私が捌こう」 「はい、お願いします」 笑顔と太陽が似合う師弟によるさわやかな会話だが、スザクの腕には大蛇。 この光景がおかしいと思っている自分がおかしいのだろうか?と錯覚しそうになったが、同じ反応を示しているものが傍にいる以上あの二人がおかしいのだ。 しばらく放心状態で二人の会話を聞いた後、ようやく藤堂に声をかけることが出来た。 「藤堂さん、どういうことです!?どうして枢木スザクがここに!」 朝比奈の問はもっともなもので、藤堂は「ああ、説明がまだだったな」と苦笑した。 敵側であるスザクと、ここで出会い平然と話をするのは驚かれて当然だ。 しかもスザクは遠目でもそれとわかるように、ラウンズの騎士服と青いマントを身に着けている。汚れが目立つはずの白い騎士服は蛇に巻き付かれている左腕以外はさほど汚れておらず、その顔に疲れも出ていないため、自分たちの状況と合わせて考えれば、それも異様に見えていることであろう。だがそれも全てルルーシュの指示だと知っている藤堂は、何事もないかのように振る舞った。 「スザクくん、仙波と朝比奈だ」 「ええ、四聖剣の方ですよね。手配書などで何度も目にしていました。はじめまして、ナイトオブラウンズ・ナイトオブセブン枢木スザクです」 皇帝の騎士という立場を強調し挨拶するスザクに、仙波と朝比奈は警戒を示した。 スザクは頭を下げた後、ちらりと視線だけを奥の森へ向け、再び藤堂へ視線を戻した。 それに気がついた藤堂は、笑顔のまま頷いた。 スザクが視線を向けた先は、藤堂たちが今来た方向。つまり扇たちがこの状況を見ている場所だった。そして藤堂が頷いたことで、ルルーシュの予想が的中したことをスザクは理解した。 藤堂たちほどの軍人がこれだけ疲労した原因。黒の騎士団の幹部三人が、後をつけてきたのだ。大荷物を抱えて歩く藤堂たちの足は遅く、彼らでもついてくることは可能ではあったが、まさか本当に追ってくるなんて。 藤堂たちはいい。 彼らが来てくれればルルーシュの負担を減らすことができる。 だが、あちらの三人は連れていくわけに行かない。 ここで引き返してもらう。 そのために、スザクが迎えに来たのだ。 「これから皆さんが向かう場所は僕達の拠点です。こちらにいる日本人は僕一人。他は全員ブリタニア人です」 スザクの嘘は顔に出やすいと、予めルルーシュが用意したセリフ。 間違いなく相手に勘違いさせる言い方だが嘘は言っていない。 日本人はスザクだけ。 ルルーシュとクロヴィスはブリタニア人。 「ブリタニア軍の拠点ということか」 仙波は唸るように言った。 「そうですね、自分のかつての上司もいますから、ブリタニア軍の拠点とも言えます」 クロヴィスは元総督。 スザクは一等兵だったから、これも嘘ではない。 2/3がブリタニア軍に関わるのだから、これも嘘とはいえない。 その答えに、仙波と朝比奈は不愉快そうに顔を歪めた。 「藤堂さん、ブリタニアの拠点に行くのはやめて、他の場所を探しましょう!」 朝比奈は最もな提案をしたが、藤堂は首を振った。 「この島では他に水源は見つけられなかった。たしかに彼らの拠点に移動するための条件はいろいろと付けられたが、そう難しいものではない」 「でも!」 ブリタニアに頭を下げるなんて!と、朝比奈は怒鳴った。 「では、自分の身の振り方をどうするかの選択は各自に任せよう。今までいた拠点に戻り、扇たちと生きるか、私の判断を信じ、スザクくんの所に行くか」 進むか、戻るか。 戻る選択をしても、藤堂はスザクと共に行く決心をしている以上、ここで別れることとなる。プライドを捨てブリタニア人のもとに行くか、扇たちのもとに戻るか。 「私は藤堂さんについていきます」 仙波はしばらく考えた後、そう言った。 「・・・俺も、ついていきます」 朝比奈も迷ったが、扇のところなど冗談じゃない、自分が着いて行くのは藤堂ただ一人だと迷いを吹っ切った。 「ありがとう、そう言ってくれると思っていた」 自身と信頼に満ちた笑みを浮かべた藤堂に、万が一の時は三人揃っていればどうとでも切り抜けられるだろうと、仙波と朝比奈は考えた。 そこまでの話が終わった時、スザクは視線だけではなく、体全体を扇たちが隠れている場所に向けた。 「・・・藤堂さん、他にも誰かいるんですか?」 先程までの穏やかで人好きのする笑みを消し、警戒するような声と、すっと細めた視線で睨みつける姿は、歴戦の軍人のものだった。その上左腕には大蛇。思わず背中に寒気が走った。 「いや、行くのは我々だけだ」 「・・・そうですか」 そう言いながら、スザクは歩みを進めた。一歩一歩地面を踏みしめるかのように扇たちが隠れている場所へと向かっていった。 「お、おい!やべえよ!あいつが来る!!」 玉城は焦ったような声を上げた。 「い、急いでここを離れるぞ!」 「くそ!まさか藤堂が裏切っていたなんて!見損なった!!」 まさかこの場所に敵であり白兜のパイロット、今では皇帝の騎士にもなった枢木スザクがいるとは思っていなかった上に、藤堂と平然と談笑する姿、そして腕に巻き付いた大蛇に目を奪われて言葉を発すること無く硬直していた三人は、自分たちの居場所がバレていることに気が付き、見つかれば殺されると慌ててこの場を後にした。 |